ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
目次
- 1.「有利な契約」なはずなのに、なぜ会社は疲弊するのか?
- 2.契約書とは「オペレーション設計図」でもある
- 3.秘密情報管理 ― 条文は立派、体制はゼロ
- 4.検査期間 ― 3日以内に本当にできるのか?
- 5.中小受託取引適正化法(取適法;旧下請法)という“絶対ルール”
- 6.紙の約束手形廃止と契約条項の見直し
- 7.支払条件とキャッシュフロー
- 8.契約書サマリーシートの導入
- 9.契約書は経営の問題
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.「有利な契約」なはずなのに、なぜ会社は疲弊するのか?
契約書のチェックというと、多くの人がこう考えます。
- 自社に有利か?
- 損害賠償は限定されているか?
- 解約条項は押さえられているか?
もちろん重要です。
しかし、実務の現場で本当に会社を苦しめるのは、
そこではありません。
今回のテーマは、
契約書は単に法的に有利か不利かだけでなく、
自社のオペレーションで実行可能かどうかを見極めよ
という話です。
契約交渉に勝った。
法務もOKを出した。
条件も悪くない。
それでも、半年後、1年後にこうなることがあります。
- 検査が回らない
- 情報管理が形骸化する
- キャッシュが足りない
- 現場が契約を嫌がる
なぜか。
答えはシンプルです。
契約書が現場に落ちていないから。
契約書は紙の上の約束です。
しかし会社は、紙では動きません。
会社を動かしているのは、
- 人員体制
- 業務フロー
- 決済構造
- 情報管理体制
です。
この4つと噛み合っていない契約は、
どれだけ有利でも、会社を疲弊させます。
2.契約書とは「オペレーション設計図」でもある
契約書を「法的文書」とだけ捉えると失敗します。
契約書とは、
会社のオペレーションを拘束する設計図
です。
例えば:
- 検査は3日以内
- 書面通知必須
- ISO基準準拠
- 手形120日サイト
これらはすべて、
「現場の行動」を強制します。
つまり契約書は、
法務文書ではなく、業務フロー決定書
なのです。
3.秘密情報管理 ― 条文は立派、体制はゼロ
典型例です。
受領した秘密情報はISO27001等の国際基準に準拠し厳格に管理する。
ISO認証を取得していますか?
していないのに受け入れていませんか?
あるいは、
秘密情報を書面で受領した場合、施錠可能な保管庫で管理する。
実際には:
- 鍵付きキャビネットがない
- 書類は机上保管
- 持ち帰り黙認
これも、契約違反となり得ます。
問題は条文の文言通りに
その体制が会社に存在するかどうか
です。
4.検査期間 ― 3日以内に本当にできるのか?
条文例:
納品後3日以内に検査し、通知なき場合は合格とみなす。
よくある条文です。
では質問です。
検査担当者は何人ですか?
同時期に:
- A社
- B社
- C社
- D社
から納品が重なったら?
検査漏れが出た瞬間、「みなし合格」です。
後から不具合が出ても、契約上は合格扱い。
これは法務の問題ではありません。
業務設計の問題です。
5.中小受託取引適正化法(取適法;旧下請法)という“絶対ルール”
ここで法令視点です。
中小受託取引適正化法(取適法;旧下請法)では、
- 受領後60日以内の支払い義務
- 不当な返品禁止
- 不当な減額禁止
が定められています。
つまり、取適法の対象となり得る取引においては、
- 長すぎる支払サイト
- 実質的な検査引き延ばし
- 恣意的な不合格判定
は、違法リスクを伴います。
オペレーション上無理があるだけでなく、
そもそも法律違反ではないか?
という二重チェックが必要です。
6.紙の約束手形廃止と契約条項の見直し
2027年3月末をもって、
紙の約束手形・小切手は全面廃止予定です。
つまり、
「手形払い」と書いた契約が、機能しなくなる。
可能性があります。
今後は:
- 電子記録債権(でんさい)
- 銀行振込
への移行が必須です。
ここで重要なのは、
契約書の支払条項をどう書き換えるか。
例:
支払方法は銀行振込または電子記録債権によるものとする。
制度変更に耐えられる条文か?
これが2026年特有のチェックポイントです。
7.支払条件とキャッシュフロー
支払条件は経営問題です。
例えば:
- 翌々月末手形
- サイト120日
売上は立つ。入金は4か月後。
運転資金は?
借入?
ファクタリング?
ここで重要なのが、
実質的な手元資金
= 営業キャッシュフロー − 決済手数料等
売上高が増えても、
- 手数料
- 金利
- 資金調達コスト
で利益は削られます。
契約条項は、資金繰りを直撃します。
8.契約書サマリーシートの導入
法務と現場の溝を埋める具体策。
それが、
契約書サマリーシートの作成・展開
です。
ここで大事なのは、すべての契約でやる必要はないということです。
対象にすべきなのは、例えば次のような契約です。
- 重要な取引先との基本契約
- 長期継続的な契約
- 違反すると高額な損害賠償につながる契約
- 情報漏えい・検査・支払条件など、オペレーション負荷が高い契約
こうした「回し続ける契約」に対して、契約書をそのまま回覧するのではなく、現場用に翻訳するのです。
なぜサマリーが必要なのか
契約書は条文で書かれています。
しかし、現場は条文で動いていません。
現場が必要としているのは、
- 誰が
- いつまでに
- 何を
- どうやって
やるのか、です。
条文は「義務」を定義します。
サマリーシートは「行動」を定義します。
ここを分けて考えなければ、契約は現場に落ちません。
サマリーシートの具体例
例えば、A社との取引基本契約で、次のような条文があったとします。
- 納品後3日以内に検査
- 不適合があれば書面通知
- 秘密情報は施錠管理
- 再委託には事前承諾が必要
これを条文のまま共有しても、現場は動けません。
そこで、次のように翻訳します。
【A社契約サマリー(現場運用版)】
■ 検査
・担当部署:品質管理部
・期限:納品日を含め3営業日以内
・不合格時:当日中に法務部へ報告 → 法務部が書面通知作成
■ 情報管理
・書面資料:鍵付きキャビネット保管
・電子データ:「A社専用フォルダ」に保存
・外部持出し:部長承認制
■ 再委託
・事前に営業部長へ相談
・法務部確認後に先方へ承諾依頼
こうして初めて、契約は「会社の業務フロー」になります。
秘密保持義務との関係
ここで注意が必要です。
契約内容そのものが秘密保持義務の対象となっている場合があります。
そのため、
- 全社員に共有するのか
- 管理職のみに限定するのか
- 部署ごとに分解して展開するのか
という設計が必要です。
例えば、
- 検査条項のみ品質管理部へ共有
- 支払条件は経理部のみ共有
- 全体像は管理職限定
という方法も考えられます。
重要なのは、
契約違反を防ぐための共有であって、
不必要な拡散をすることではない
というバランスです。
サマリーは「要約」ではなく「翻訳」
ここが本質です。
サマリーシートは、条文を短くするためのものではありません。
条文をオペレーション言語に翻訳すること
が目的です。
法務は「義務」を読む。
現場は「行動」を読む。
この翻訳を怠ると、
- 法務は守ったつもり
- 現場は知らなかった
という最悪の構図になります。
経営層の役割
どの契約をサマリー化するのか。
誰まで共有するのか。
誰を責任者にするのか。
これを決めるのは現場ではありません。
経営層の仕事です。
契約書を読むだけでは足りません。
契約を組織に落とし込めるかどうか。
そこまでできて初めて、契約は「機能する」ものになります。
9.契約書は経営の問題
契約書は、
- 法務だけの仕事ではない
- 現場だけの仕事でもない
俯瞰できるのは経営層です。
- キャッシュフロー
- 人員配置
- 法令リスク
- 制度変更
これらを統合して判断する。
特に中小ベンチャー企業では、
経営層が契約書を読めるかどうか
で会社の未来が変わります。

【音声解説】
本記事の内容は、
音声配信『契約書に強くなる!ラジオ』でも解説しています。
▽ 音声はこちら(stand.fm)
【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
現場で実際に使える判断基準を前提に、契約実務を整理しています。
【ご質問受付中】
「この場合はどう考える?」「ここが気になる」
といったご質問がありましたら、お気軽にお寄せください。
本ブログや音声配信(『契約書に強くなる!ラジオ』)で取り上げます。
また、契約書の作成・見直し、契約実務の整理、
セミナー・講座のご相談(オンライン可)にも対応しています。
上部の「問い合わせフォーム」よりご連絡ください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。










この記事へのコメントはありません。