ビジネス法務

【契約書のトリセツ】「初期費用0円」の契約をどう見るか ― 経営者のための総額思考

ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。

目次

本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。


1.その「保守契約」、本当に保守ですか?

ある日、こんな提案を受けたとします。

「ホームページ制作、初期費用は0円です。
月額2万円の保守契約でお願いします。3年契約です。」

初期費用ゼロ。
月2万円。
一見、合理的に見えます。

しかしここで一度、立ち止まってください。

それは本当に「保守契約」でしょうか。
それとも、別の意味を持つ契約でしょうか。


2.制作費を月額に組み込んだ長期回収型スキームの可能性がある

結論から言うと、この形の多くは、

制作費を月額に組み込んで長期的に回収する設計

になっています。

本来であれば、

  • 制作費:55万円(一括)
  • 保守費:月5,000円〜1万円(内容による)

という分離構造が考えられます。

ところが、

  • 初期費用0円
  • 月額2万円 × 36か月

と設計すると、

2万円 × 36か月 = 72万円
消費税を含めると約80万円。

結果として、

制作費相当額を月額に組み込み、長期で分割回収する構造

になっている可能性があります。

なお、こうした設計自体が違法というわけではありません。
問題は、その構造を理解しないまま契約することです。


3.「初期費用ゼロ」に安心してしまう

なぜこのスキームが広がるのでしょうか。

理由は単純です。

人は、

  • 55万円一括
    よりも
  • 月2万円

の方を心理的に軽く感じます。

これはアンカリング効果です。

最初に提示された月額が基準になり、
総額72万円という数字が意識から薄れます。

しかし経営判断で重要なのは、

月額ではなく総額

です。


4.保守の中身を具体的に見る

月2万円が妥当かどうかは、
保守の内容次第です。

確認すべきポイントは、

  • 更新頻度は?
  • 修正回数は?
  • SEO対応は?
  • サーバー費用込みか?
  • コンテンツ追加は別料金か?
  • 電話・訪問サポートはあるか?

保守内容が充実していれば、
月額が合理的な場合もあります。

重要なのは、

金額の高低ではなく、内容との整合性

です。

さらに構造的に考えると、制作と保守は本来別の契約です。

制作は「成果物を完成させる請負契約」。
保守は「継続的なサポートを行う準委任契約」。

法的性質も異なります。

理論上は、制作会社と保守会社が別であっても何の問題もありません。

つまり、

制作費の支払いと保守契約は、必ずしも一体である必要はないのです。

それにもかかわらず、制作費の回収を保守契約に組み込み、
両者を不可分にしている場合、
保守契約を解約することが、実質的に制作費の残債支払いに直結する構造になります。

この「一体型スキーム」であることを理解しているかどうかが、判断の分かれ目です。

さらに実務では、「保守契約」という名称ではなく、

  • リース契約
  • 利用許諾契約
  • サービス利用契約

といった形式をとっているものもあります。

この場合、契約の実態は「制作物の売買」ではなく、

一定期間の利用権を付与する契約

という構造になります。

リース型や利用許諾型の契約では、

  • 支払いが完了しても所有権が移転しない
  • 中途解約時に残期間分の支払い義務が発生する
  • 契約終了と同時に利用権が消滅する

といった設計になっていることもあります。

契約の名称が何であっても、
制作費相当額を月額で回収し、長期的に拘束する設計である以上、

総支払額・契約期間・解約条件・所有権の帰属

を確認するという検討ポイントは本質的に変わりません。

名称にかかわらず、実際に何を取得し、何が自社に残るのかを確認することが重要です。

名称ではなく、契約の構造を見る。
それが経営者に求められる視点です。


5.解約条項が実質的なリスクを決める

次に確認すべきは解約条項です。

よく見られるのが、

  • 初回契約3年
  • 自動更新
  • 中途解約は残期間分一括払い

という設計です。

例えば1年で解約した場合、

残り24か月 × 2万円 = 48万円

の支払い義務が発生する可能性があります。

法的には「解約不可」ではありませんが、

経済的に解約が困難な構造

になっているケースがあります。
ここは特に慎重に確認すべきポイントです。


6.BtoB契約の現実

事業者間契約(BtoB)では、

  • クーリング・オフは原則ありません
  • 単に「強引だった」という事情だけでは無効になることは通常ありません
  • 「思っていた内容と違う」という主張も容易には通りません

もちろん、

  • 詐欺
  • 錯誤
  • 公序良俗違反

といった例外はありますが、一般的には、価格や契約期間が不利や不合理であるという理由だけで
契約が無効になることは通常ありません。

つまり、

サインをする前の確認が極めて重要

ということです。


7.所有権と資産の帰属

さらに重要なのが、

そのホームページは誰のものか?

という点です。

契約書によっては、

  • 著作権は制作会社に帰属
  • 解約時データ引渡しなし
  • ドメイン名義は制作会社

と定められていることがあります。

この場合、

解約時にサイトを引き継げない可能性があります。

支払い終了後に自社資産になるのか。
ここは必ず確認すべきポイントです。


8.悪いスキームではない。ただし総合判断が必要

このような長期回収型スキームは、

  • 業者側にとって合理的なビジネスモデル
  • キャッシュフローを平準化する仕組み

でもあります。

したがって、

こうした契約形態そのものが悪いというわけではありません。

重要なのは、

  • 総支払額
  • 保守内容
  • 解約条件
  • 所有権
  • 自社の資金計画

を総合的に検討した上で、

納得して契約しているかどうか

です。

契約とは、

契約とは、名目ではなく実態を読み解く作業

です。

「保守契約」という言葉に安心せず、
構造を理解して判断する。

それが経営者としての契約リテラシーです。


【契約直前チェックリスト】

□ 制作費相当額はいくらと推定できるか?
□ 総支払額はいくらか?
□ 保守の具体的内容は明確か?
□ 中途解約時の支払い条件は?
□ 自動更新はあるか?
□ 支払い終了後、サイトは自社資産になるか?
□ ドメイン・データの帰属は明記されているか?


契約書とは、
取引の解像度を上げるツールです。

月額の安心感ではなく、
総額と構造を見る。

その冷静さが、
将来のキャッシュフローを守ります。


【音声解説】

本記事の内容は、
音声配信『契約書に強くなる!ラジオ』でも解説しています。
▽ 音声はこちら(stand.fm)


【執筆者】

ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
現場で実際に使える判断基準を前提に、契約実務を整理しています。


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「この場合はどう考える?」「ここが気になる」
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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