契約書

取引基本契約書は9割の「普通の取引」を守るためにある|実務と経営の視点から考える契約書の役割

ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。

「契約書」という言葉から、皆さんはどんなイメージを持たれるでしょうか?

おそらく多くの方が、「万が一のトラブルに備えて、証拠として作るもの」というイメージをお持ちかもしれません。
たしかに、損害賠償や契約不適合責任などの条項は、相手との間に紛争が起きたときに重要な役割を果たします。

しかし、実務の現場で契約書に期待されている役割は、それだけではありません。

むしろ、企業活動の大部分を占めるのは、「何も起きない9割の普通の取引」です。
取引先から注文が入り、納品し、検収が行われ、期日に入金される——
こうした当たり前の流れを、滞りなく、安定的に回していくことこそ、契約書に求められている“本来の機能”なのです。

そして、とりわけその役割を担っているのが「取引基本契約書」です。

取引基本契約書とは、個別の注文ごとに契約書を締結するのではなく、
あらかじめ「共通ルール」を定めておくための契約書です。

いわば、企業間取引における“共通の交通ルール”のようなもの。
「注文書をもらったらどう動くか」「請求書はどのタイミングで出すのか」「検収は何日以内に行うのか」など、
個別案件に共通する“枠組み”を整理・統一するために使われます。

そのため、取引基本契約書がしっかり整っていると、現場の実務担当者が安心して“日常業務”を回すことができるのです。

多くの方が、契約書を「紛争対策のため」と捉えがちです。
もちろんそれも重要な役割ですが、実際に紛争に発展する案件は、取引全体の1割未満であることがほとんどかと思われます(紛争案件ばかりではそもそもの企業活動がおぼつかなくなってしまいます)。

つまり、企業が日々繰り返しているのは「当たり前の取引」。
この“当たり前”が、会社のキャッシュフローや業務フローの安定を支えているわけです。

だからこそ、契約書は「異常な事態に備えるもの」ではなく、「通常運転を確実に完遂させるためのもの」として設計される必要があります

たとえばこんな相談を受けたことがあります。

「契約書の“損害賠償条項”は立派なのに、発注の流れや請求書の取り扱いが曖昧で、現場が混乱しているんです」

これは本末転倒です。
現場が安心して日常業務を回せることこそ、契約書の価値なのです。

セミナーや契約書作成業務で「契約書は経営の道具です」とお話しすると、驚かれることがあります。
でもこれは、現場で契約書を見ていると、自然と感じることなのです。

たとえば以下のような論点は、契約書という“法的文書”でありながら、経営判断と密接に関わっています。

◉ どんな相手を想定して契約書を作るか?

マーケティング戦略と同じです。
誰と取引をしたいのか、その“ペルソナ”が契約書に反映されます。

◉ 支払条件や納品の形式は?

財務・会計・オペレーション全体に関わります。
「月末締め翌月25日払い」なのか「納品日から30日以内払い」なのかで、キャッシュフローのリズムが変わってきます。

◉ 契約不適合・損害賠償・違約金

これらは法的リスクの問題だけでなく、「会社がどこまでの責任を負う覚悟があるか」という経営判断そのものです。

このように、契約書は“法務部門だけで完結する文書”ではなく、
経営・財務・営業・現場とすべてつながる“会社の設計図”の一部なのです。

私たち法律の専門家が契約書を見るとき、どうしても「契約不適合責任」「損害賠償」「解除条項」などに目が行きがちです。
いわば、「法的なサビ=見せ場」としてそこを重視してしまいます。

しかし、実際の経営現場では、それ以前のプロセス——
「発注から納品、検収、請求、入金」の一連の流れが正しく設計されているかどうか、こそが“サビ”なのです。

つまり、どこを「中心」として設計するかの視点が違うのです。
そのギャップを埋めることが、実務で使える契約書づくりには不可欠です。

「契約書にいろいろ盛り込まないと危ない」と考えると、
何でもかんでも1つの契約書で処理しようとしてしまいがちです。

ですが、日常的な「普通の取引」用の契約書と、リスクが高い相手向けの契約書は分けて考えることが現実的です。

たとえば:

  • 新規の相手先で不安がある場合は与信調査を実施
  • 必要に応じて、前金払いや保証を義務付ける「別紙契約書」で対応
  • 特殊条件を付ける場合は、覚書や個別契約で設計

こうすることで、取引基本契約書はシンプルかつ実用的に保たれ、
“いつも通りの取引”に最適な設計が維持されるのです。

取引基本契約書を作るとき、つい「いざという時のために」と考えてしまうかもしれません。
でも、その発想だけでは、実際の業務や経営にはフィットしません。

✅ 契約書は「9割の普通の取引を粛々と終える」ためにこそ必要
✅ 経営方針・会計・現場オペレーションと一体で設計すべき
✅ 紛争対応はもとより、日常業務を止めない仕組みづくりの観点から条件設定していくことが大事

そんな視点で、契約書=経営ツールとして見直してみてはいかがでしょうか。
「トラブル防止」だけでなく、「事業継続のための設計図」としての契約書の可能性を、ぜひ再確認していただきたいと思います。

足下を固め、自分自身を守り、そして、「成し遂げたいこと」や「夢」の実現に近づけるための契約知識について、このブログや、音声配信「契約書に強くなる!ラジオ」でお伝えしていきますので、今後ともご期待、ご支援いただければ幸いです。

「こんなことに困っている!」など、契約書に関するご質問がありましたら、ブログ等で可能な限りお応えしますので、上記「お問い合わせ」より、お気軽にお寄せください。
また、商工会議所などの公的機関や、起業支援機関(あるいは各種専門学校)のご担当者で、
「契約知識」に関するセミナー等の開催をご検討されている方
講師やセミナー企画等の対応も可能ですので、お気軽にお問い合わせください。

最後まで、お読みくださりありがとうございました。

実務に落とし込めない契約は“違反”かも? 生成AI時代に見直したい「契約と業務」のズレ前のページ

【新人行政書士向け】仕事を紹介してもらうには?紹介者が安心する5つのポイント次のページ

関連記事

  1. ラジオ

    「契約書に強くなる!ラジオ」2023年8月

    ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。ビジネス契約書専門の行…

  2. ラジオ

    「契約書に強くなる!ラジオ」2023年5月

    ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。ビジネス契約書専門の行…

  3. ラジオ

    「契約書に強くなる!ラジオ」2023年2月

    ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。ビジネス契約書専門の行…

  4. ビジネス法務

    「契約書、読んでなかった…」ではもう遅い!起業前に知っておくべき契約のリアル

    ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約…

  5. 契約書

    契約書は誰が出すのが「マナー」なのか?

    ビジネス法務コーディネーター®大森靖之です。日頃は、ビジネス契約書専…

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


ご連絡先

行政書士大森法務事務所
home@omoripartners.com
048-814-1241
〒330-0062
埼玉県さいたま市浦和区仲町2-5-1-B1
▼契約書類作成
▼セミナー講師依頼
(契約書、ビジネス法務、コンプライアンス)
▼台本作成
(研修動画、ナレーション、ラジオ番組)

stand.fm「契約書に強くなる!ラジオ」【週2回(水・日)更新】
FM川口「ちょいワルMonday」【毎月第2第4月曜日19:00~生放送】
2025年5月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  
PAGE TOP