ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
目次
- 1.売主は「どこまでやれば仕事が終わりなのか?」
- 2.売主にとっての「検収」とは“次に進める合図”
- 3.売主を苦しめる「検収待ち地獄」
- 4.売主を守るのは「みなし検収」という発想
- 5.売主にとって「検収完了」が意味する4つのこと
- 6.売主が必ず押さえるべき「検収の3点セット」
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.売主は「どこまでやれば仕事が終わりなのか?」
「納品したんだから、もう仕事は終わりですよね?」
実務の現場で、
売主側・受託側・外注される側の方から、
本当によく聞く言葉です。
たしかに感覚的には、
- 仕様どおりに作った
- 期日までに納品した
- 相手も特に文句は言っていない
ここまで来ると、
「これで終わり」と思いたくなるのも自然です。
しかし――
契約の世界では、納品=仕事完了とは限りません。
多くの契約書では、
売主にとっての“本当のゴール”は、
「検収」という関門を越えた先にあります。
この「検収」をどう設計しているかで、
- いつ請求できるのか
- いつ責任から解放されるのか
- いつまで保証しなければならないのか
が、すべて決まってしまいます。
売主にとって「検収」とは、
仕事が終わるかどうかを決める最後の分岐点なのです。
2.売主にとっての「検収」とは“次に進める合図”
結論から言うと、
売主にとっての「検収」とは、
買主側・委託側・外注する側による単なるチェック作業ではありません。
一般的には、
納品した商品・成果物について、
買主が検査を行い、
問題がないとして受け入れるまでの一連の手続
を指します。
そして多くの契約書では、
この「検収完了」を境に、売主の立場が大きく変わります。
- 請求できる
- 責任の範囲が切り替わる
- 保証期間のカウントが始まる
つまり検収とは、
売主が「納品フェーズ」から
「代金回収フェーズ」へ進むための合図です。
ここで重要なのは、
「検収」という言葉自体には、
法律で決まった意味がないという点です。
専門書でも、
次のように整理されています。
検収は法令上の用語ではありません。
一義的な意味を有する用語ではないため、
契約書の文脈に応じて、
どのような効果が結びつけられているかを確認する必要があります。
【参考文献】
『改訂版契約用語使い分け辞典』日本組織内弁護士協会監修(新日本法規)
つまり売主としては、
「検収」という言葉に安心するのではなく、
その契約書では、検収が“何の合図”になっているのか
を読み取らなければなりません。
3.売主を苦しめる「検収待ち地獄」
ここで、売主側から非常によく寄せられる相談です。
「納品は終わっているんですが、
相手がなかなか検収してくれなくて……
請求書が出せないまま、時間だけが過ぎています」
売主としては、
- やるべき仕事はすべて終わっている
- 追加作業も発生していない
- それなのに入金がない
という、
精神的にも資金的にもつらい状態に置かれます。
このとき契約書を確認すると、
多くの場合、次のような条文があります。
「検収完了後、売主は請求書を発行できるものとする」
一見、普通です。
しかし、この条文には決定的な欠陥があります。
- 検収をいつまでに行うのか
- 行われなかった場合、どう扱うのか
が、まったく書かれていないのです。
その結果、
- 忙しくて後回し
- 社内手続が止まっている
- 悪意はないが放置
といった理由で、
検収が永遠に終わらないという事態が起きます。
これが、
売主が最もハマりやすい
「検収待ち地獄」です。
4.売主を守るのは「みなし検収」という発想
この「検収待ち地獄」から売主を守るのが、
「みなし検収」条項です。
考え方は非常にシンプルです。
商品や成果物を納品した後、
一定期間内に異議が出なければ、
検収に合格したものとして扱う。
たとえば、次のような条文です。
納品物について、
買主は到着後〇日以内に検査を行い、
不合格の場合は書面で通知するものとする。
当該期間内に通知がない場合、
当該納品物は検収に合格したものとみなす。
この一文があるだけで、
売主の立場は大きく変わります。
- 検収が無期限に放置されない
- 一定期間が経過すれば請求に進める
- 仕事が「終わらない状態」から抜け出せる
みなし検収は、
売主がキャッシュフローと時間を守るための
極めて実務的な護身術です。
「相手を信用しているから不要」
ではありません。
信用していても、条文で仕組みを作る。
これが、契約書の役割です。
5.売主にとって「検収完了」が意味する4つのこと
では、
なぜ売主にとって「検収完了」がそこまで重要なのか。
それは、
検収完了という一点に、
売主の立場を軽くする効果が集中しているからです。
① 代金を請求できるようになる
検収が完了すると、売主はようやく、
「請求書を出してください」
と言ってもらえる状態になります。
売主にとっては、
- 売上計上のタイミングが見える
- 回収フェーズに進める
という、極めて大きな意味を持ちます。
② 引渡し後の事故リスクから解放される
多くの契約では、
検収をもって危険負担が切り替わります。
検収後に壊れた、失われた、
といったトラブルについて、
売主が責任を負わなくてよくなるケースが多いのです。
③ 管理責任から外れる
検収完了をもって、
所有権や管理責任が切り替わる設計になっていれば、
売主は「自社のモノ」として
管理し続ける必要がなくなります。
④ 契約不適合責任の起算点と「危険負担」をセットで考える
売主にとって非常に重要なのが、
「いつまで責任を負えばいいのか」という点です。
ただし、ここで注意したいのは、
契約不適合責任のカウント開始時点は、
必ずしも一つに決まっているわけではないということです。
実務上は、大きく分けて次の2つの設計があります。
- 納品時を起算点とする設計
- 検収完了時を起算点とする設計
どちらを採るかは、
法律で自動的に決まるものではなく、
契約書でどう定めているかによります。
そして売主側の立場から見ると、
一般的には
「納品時起算」のほうが有利です。
なぜなら、
- 検収が長引いても
- 契約不適合責任の期間がずるずる後ろに延びない
からです。
一方で、
「検収完了時起算」としてしまうと、
検収が遅れた分だけ、
売主が責任を負う期間も後ろ倒しになります。
ここで、もう一つ必ず確認すべきなのが
危険負担の条項です。
危険負担とは、
引渡し後に商品や成果物が
滅失・毀損した場合に、
そのリスクを誰が負うのか、という問題です。
検収条項と危険負担条項が、
別々のタイミングで設計されていると、
- 危険負担はすでに買主に移っているのに
- 契約不適合責任の起算点はまだ来ていない
といった、
売主にとって非常に不利なズレが生じることがあります。
つまり重要なのは、
- 検収
- 契約不適合責任の起算点
- 危険負担の移転時期
この3つを、
同じ時間軸で整理して設計できているかです。
検収とは、
売主が、
いつから・いつまで責任を負い、
どの時点で事故リスクから解放されるのかを
総合的に設計するための分岐点。
この視点で契約書を読み直すと、検収条項の見え方は、
一段深くなるはずです。
6.売主が必ず押さえるべき「検収の3点セット」
売主側の視点で整理すると、
契約書の検収条項で最低限チェックすべきポイントは、
次の3つです。
1.検収期限が決まっているか
2.みなし検収の仕組みがあるか
3.不合格時の対応が具体的に決まっているか
この3点が抜けている契約書は、
売主にとって非常に危険です。
「納品したのに終わらない」
「請求できない」
「責任だけが残り続ける」
そうならないために、
検収条項は
売主が最初に自分を守るための設計図として
きちんと作り込んでおく必要があるということを
本記事を通して少しでもご理解いただけたら幸いです。

【音声解説】
本記事の内容は、
音声配信『契約書に強くなる!ラジオ』でも解説しています。
▽ 音声はこちら(stand.fm)
【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
現場で実際に使える判断基準を前提に、契約実務を整理しています。
【ご質問受付中】
「この場合はどう考える?」「ここが気になる」
といったご質問がありましたら、お気軽にお寄せください。
本ブログや音声配信(『契約書に強くなる!ラジオ』)で取り上げます。
また、契約書の作成・見直し、契約実務の整理、
セミナー・講座のご相談(オンライン可)にも対応しています。
上部の「問い合わせフォーム」よりご連絡ください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。










この記事へのコメントはありません。