ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
はじめに
本シリーズ「契約書実務ノート」は、契約書業務の“気づき”を蓄積するノートです。
契約書のひな形をどう読むか? クライアントにどう説明するか? そして、条文のどこにリスクが潜んでいるか?
行政書士をはじめとする実務家の方々に向けて、私が日々の実務で得られた気づきや知見を少しずつ綴っていくシリーズです。
“契約書作成業務の奥行き”を一緒に深めていきましょう。
「この法律本、契約実務書、すごく勉強になるけど……なんだかピンとこない」
そんな感覚を持ったことはありませんか?
市販の契約実務書を読んでも、実際の契約書づくりにうまく活かせない。その背景には、「大企業向け」の前提で書かれているという事実があります。
本記事では、契約書作成業務の実務の観点から、「なぜ法律本の内容をそのまま鵜呑みにしてはいけないのか?」を深掘りしていきます。
契約実務書の主な構成
市販されている法律書や契約実務書の多くは、以下のような構成になっています。
- 「この法律の趣旨はこうです」
- 「判例ではこう判断されています」
- 「こういうリスクがありますので避けましょう」
非常に論理的で網羅的な内容ですが、その背景には明確な“想定読者”がいます。そう、多くの場合は大企業の法務部門やコンプライアンス担当者です。
こうした読者層は、組織の中でリスクを最小化し、責任を回避することが第一義となるため、法律の解釈や判例紹介を通じて「安全運転」を重視した内容になりがちです。
また、契約実務書に掲載されている「法的に完璧な契約書」は、往々にして相手方に大幅なリスクを押しつける構成になっていることもあります。これは大企業同士の力関係に基づいた契約実務では通用する場面もありますが、「人と人との関係性」「信頼関係」が何より重要な中小ベンチャー企業では、こうした一方的な条文はむしろ関係を損ねてしまうリスクがあります。
大企業法務は「組織対組織」の論理で動いている
大企業では、契約交渉の相手もまた大企業であることが多く、契約交渉は「人と人」ではなく、「組織と組織」の論理で動いています。契約書のやりとりは複数部署を経由し、法務部がチェックを担い、稟議手続という組織的なチェック体制を経て、最終的には社長などの役職者の決裁を経て締結されます。
このような背景があるからこそ、書籍でも「こういう条文にしなければ危険」「このリスクは必ず潰すべき」といった、“リスク回避ありき”の説明が中心になるのです。
中小ベンチャー企業では「人と人」が基本単位
一方で、中小ベンチャー企業の契約実務は、そもそも立脚点が異なります。
まず、契約交渉の主体が「経営者自身」であるケースが多く、しかもその多くが相手企業の経営者とも直接つながっています。つまり、組織よりも“人”が重視される環境なのです。
さらに言えば、中小ベンチャー企業では、商売における意思決定は「人間関係」と「信頼」に大きく依存しています。相手と何度も顔を合わせながら、「この人とならやれる」と思えるかどうかが出発点であり、契約書はその延長線上にあります。
そのため、大企業のような「組織防衛的」なアプローチをそのまま当てはめようとしても、かえって関係性を損ねたり、信頼を崩してしまうリスクすらあります。
たとえば、「甲乙協議のうえ決定する」といった一見あいまいな表現も、相手との柔軟な調整を可能にする“調整弁”として、実務上有効なケースがあります。こうした曖昧さをあえて残す判断も、関係性を前提とした契約においては重要なのです。
「リスク回避」だけでは足りない理由
中小ベンチャー企業の経営者は、リスクを自らの判断で引き受けることができます。むしろ「新しいことに挑戦したい」「スピード感を持って意思決定したい」という思いが強いのが実情です。
そのため、単に「この契約はリスクがあります」と指摘するだけでは、意味をなさないことが多いのです。求められるのは、次のような一歩踏み込んだ提案です。
- 「この契約には●●のリスクがありますが、体制をこう整えれば対応できます」
- 「この条文は一部を△△のように修正すれば、現実的に運用しやすくなります」
こうした提案は、現場の実情や経営判断に寄り添った、実務家としての価値ある支援になります。
契約書も「翻訳」が必要
大企業向けに書かれた法律書や契約実務書を活用すること自体は、決して悪いことではありません。問題は、それをそのまま中小ベンチャー企業の取引実務に当てはめようとすることです。
中小ベンチャー企業が直面する契約実務は、以下のような特徴を持っています:
- 自社に法務専門人材がいない
- 商談のスピードが速い
- 契約が信頼関係の上に成り立っている
- カスタマイズ前提で条文を検討する必要がある
このような現場で意味のある契約書をつくるには、「法律の原理原則を、実務に引き寄せて翻訳する力」が求められるのです。
実務に活かす「契約の目利き力」
中小ベンチャー企業においては、行政書士などの支援者側において「契約の目利き力」を持つことが何よりも大切です。
それはつまり、
- この条文は、クライアント企業の体制で運用できるか?
- この契約で、相手との関係性を良好に保てるか?
- リスクを取ることで得られるリターンが見合っているか?
……といった観点から、日々の一つ一つの業務において、“契約書を読む力”“組み立てる力”を育てていくことが大切ではないかと考えます。
まとめ:法律知識は「現場」で活かしてこそ意味がある
法律書や契約実務書の内容は、知識としては非常に有用です。ただし、それを“クライアントの現実”に活かすためには、「そのまま使えるか?」ではなく、「どう応用するか?」という視点が必要になります。
契約書とは、リスクをゼロにするためのものではなく、自社のビジネスをスムーズに進め、信頼関係を守るためのツールといえます。
行政書士などの支援者側においては、その前提を踏まえたうえで、「クライアントにとって本当に意味のある契約書」を考えていただきたいと思います。
そしてそのためには、「契約書をカスタマイズする力」、そして「人と人の信頼関係を言語化する力」が、ますます重要になってくるはずです。
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