ビジネス法務

【実務ノート】ひな形がない契約書は、どう作るのか:ビジネスを「立体」で捉える視点

ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。

目次


1. はじめに

最近、契約書の相談を受けていると、ある共通した戸惑いを感じることが増えてきました。

「この取引、ネットを探しても、参考になる契約書のひな形が見つからないんです」
「前例がないビジネスなので、どう書けばいいのか分からなくて……」

新しいビジネス、新しい業務形態、新しい働き方。
そうした流れの中で、「ひな形が存在しない契約書」を前に立ち止まってしまう方は、
決して少なくありません。

私自身、新卒で法務部に配属され、約11年間企業法務の現場に携わりました。
その後、行政書士として独立し、気がつけば20年以上のキャリアを重ねる中で、
「ひな形がない契約書をどう作るか」という問いには、何度も向き合ってきました。

今回は、その中で私自身がたどり着いた考え方を、
ここで整理しておきたいと思います。


2. ひな形がない契約は、特別なものではない

まず最初にお伝えしておきたいのは、
「ひな形がない=特殊な契約」ではない、という点です。

むしろ、

  • 新規事業
  • IT・クリエイティブ分野の取引
  • コロナ禍以降に生まれたサービス

こうした分野では、
ひな形が存在しないことのほうが自然です。

ひな形というのは、過去に何度も繰り返された取引を、
「最大公約数的」に整理した結果にすぎません。

ビジネスが変われば、
取引の形が変わり、
前提条件が変わり、
当然、契約書も変わります。

ひな形が見つからないこと自体を、
必要以上に恐れる必要はありません。


3. 法務部時代に陥った「文言だけを見る」危うさ

ここで、少し私自身の話をします。

法務部でキャリアを積んでいた頃、
ある時期から、私は無意識のうちに「文言だけを見る人間」になっていました。

  • 表現としておかしくないか
  • 過去の契約と整合しているか
  • 判例リスクはないか

もちろん、これらは法務として重要な視点です。
しかし、ある時ふと、違和感を覚えました。

「この契約書、実際の現場ではどう使われているんだろう?」

契約書の条文と、
現場で行われている実際のやり取りが、
頭の中でつながっていなかったのです。

この状態では、
ひな形がある契約書はチェックできても、
ひな形がない契約書は作れません

これは、キャリアが長くなるほど陥りやすい罠だと、今では感じています。


4. 取引が「立体化して見える」とき

転機は、「現場を見る」ことでした。

  • 実際の受発注はどう行われているのか
  • クレームは誰に、どのタイミングで伝えられているのか
  • 検収とは、現場では何をもって完了とされているのか
  • 請求書は、いつ、どんな合意のもとで発行されているのか

契約書の文言だけでなく、
現実の取引の流れを、ひとつひとつ確認するようになりました。

例えば、

「検収完了後、請求書を発行することができる」

という一文。

この条文ひとつを取っても、

  • 検収の主体は誰か
  • 合格の判断基準は何か
  • メールで足りるのか、書面が必要か

といった“運用の実態”があります。

こうした現場の情報と契約書の言葉を行き来するうちに、
ある感覚が芽生えてきました。

取引全体が、立体的に見えるようになってきたのです。

契約書を先に見なくても、
現場を見れば「書くべき条件」が浮かぶ。

この感覚を得てから、
私はひな形がなくても契約書を組み立てられるようになりました。


5. ひな形がなくても組み立てるときの思考順

実務上、私が意識している思考の順番は、とてもシンプルです。

① 現実の取引を、言語化して整理する

いきなり契約書を書き始めません。
まずは、業務の流れを書き出します。

  • 誰が、誰に
  • 何を、いつ
  • どのように提供するのか
  • どこで区切りがあるのか

この段階では、法律用語は不要です。

② 判断主体とタイミングを確認する

次に重要なのが、

  • 誰が判断するのか
  • いつ判断するのか

ここが曖昧な取引ほど、後で揉めます。

検収、承認、クレーム対応、支払判断。
これらを現実ベースで整理します。

③ その結果を、契約書用の言葉に翻訳する

最後に、これまで整理してきた取引の内容を、
契約書の条文として言葉に落とし込みます。

このとき重要なのは、
「取引の中身そのもの」を、ひな形に当てはめようとしないことです。

業務内容や進め方、判断のタイミングといった
その取引固有の部分は、
現場で確認した事実をもとに、自分で組み立てていきます。

一方で、
守秘義務や損害賠償、契約解除といった一般条項については、
過去の取引や他の契約書で使ってきた考え方を参照しながら、
全体のバランスを整えていく。

主役は、あくまで現実の取引です。
契約書は、それを言葉として整理した結果にすぎません。


6. この考え方が特に活きる場面

この「立体で捉える」考え方は、特に次のような場面で力を発揮します。

  • 新規事業の立ち上げ
  • 仕事の進め方自体をすり合わせながら進める取引
  • IT・クリエイティブ分野の取引
  • 定型契約がしっくりこない業務

ひな形を探す時間より、
現場を見る時間に投資したほうが、
結果的に良い契約書になるケースは少なくありません。


7. さいごに

ひな形のない契約書を作る力は、
一朝一夕で身につくものではありません。

現地で事実を確認し、
現物を前にして流れを理解し、
それを言葉に整理し、
再び現場で確かめる。

この繰り返しの中で、
少しずつ「取引が立体で見える」ようになっていきます。

私自身、今も学びの途中です。
この記事が、

  • 現場で契約書に向き合う方
  • ひな形に頼れないことに不安を感じている方

にとって、
考えるためのヒントになれば幸いです。


【音声解説】

本記事の内容は、
音声配信『契約書に強くなる!ラジオ』でも解説しています。
▽ 音声はこちら(stand.fm)


🔎 参考記事

ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
ご関心があれば、あわせてご覧ください。


【執筆者】

ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
現場で実際に使える判断基準を前提に、契約実務を整理しています。


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「この場合はどう考える?」「ここが気になる」
といったご質問がありましたら、お気軽にお寄せください。
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