ビジネス法務

【実務ノート】契約書を書き始める前に、頭の中でやっていること―条文作成に入る前の「思考整理」が8割を決める―

ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。

目次


1.契約書って、どこから考え始めていますか?

契約書の相談を受けていると、かなりの確率でこう言われます。

  • 「ひな形はあるんですが、これで大丈夫でしょうか」
  • 「損害賠償と責任制限だけ見てほしくて」
  • 「この条文、相手に有利すぎませんか?」

私は、その時点ではまだ契約条件を考え始めてません。

なぜなら、
その質問の裏側にある「前提」が、まだ整理されていないからです。


2.条文ではなく「前提の整理」から入ります

私が契約書を起草するとき、
最初にやっていることは”契約条文を考えること”ではありません。

  • この契約は、何のために存在するのか
  • 誰と誰の、どんな関係を作りたいのか
  • この契約書に、どこまでを期待しているのか

こうした前提条件の言語化です。

契約書は、
「法的に正しい文章を書く作業」ではなく、
取引の前提を固定する作業だと考えています。

したがって、
前提が曖昧なまま条文をいじっても、
あとで必ずズレが出ます。


3.「この条文、不利じゃないですか?」という違和感

実務では、こんな質問をよく受けます。

  • 「解除条項、相手に有利ですよね?」
  • 「責任制限、もっと下げられませんか?」
  • 「これ、削ったほうが安全じゃないですか?」

もちろん、どれも重要な論点です。
ただ、私はいつも一度立ち止まります。

その条文が“不利かどうか”は、単体では判断できない
と思っているからです。

たとえば、

  • 今回限りの取引なのか
  • 継続前提の関係なのか
  • 相手を簡単に切り替えられる取引なのか
  • この契約が壊れたとき、事業にどれだけ影響が出るのか

これらによって、
同じ条文でも「許容できるかどうか」は大きく変わります。

一つの条文単品だけを見て
「不利そう」「怖そう」で判断すると、
契約全体のバランスを壊すことがよくあります。


4.私が契約書に着手する前、頭の中で整理していること

私が契約書の起草にに着手する前に、
実際に頭の中でやっている”前提整理”をまとめておきます。

① 契約の目的と構造を、まず言葉にする

最初に考えるのは、極めて基本的なことです。

  • 誰が
  • 誰に対して
  • 何をする契約なのか
  • この契約書で、クライアントは何を実現したいのか

ここが曖昧なまま書かれた契約書は、
どれだけ条文が整っていても、後でずれが生じます。

なぜなら、
契約書は「やりたいことの設計図」だからです。

この整理が甘いと、

  • 条文同士が噛み合わない
  • 想定していない使われ方をする
  • 「そんなつもりじゃなかった」という話になる

ということが起きます。

② 当事者の関係性と、この契約の位置づけを考える

次に考えるのが、関係性です。

  • 相手との力関係
  • 修正交渉の余地はあるか
  • この契約は「絶対に取りたい案件」なのか
  • 多少不利でも受ける価値があるのか

私は、
すべてを守ろうとする契約書は、現実的ではない
と思っています。

重要なのは、

  • どこは譲れるのか
  • どこは絶対に譲れないのか

を、クライアントに決めてもらい事前に整理しておくことです。

これを決めずに条文を作ると、
「全部盛りで、結局使えない契約書」になります。

③ リスク条文は「起きるかどうか」で考える

損害賠償や責任制限など、
いわゆるリスク条文を見るとき、
私は必ずこう考えます。

  • そのリスクは、現実に起きるのか
  • 起きるとして、どのくらいの頻度か
  • 起きたときのダメージはどれくらいか

ここを飛ばして、

  • 「怖いから削る」
  • 「不利そうだから直す」

という判断をすると、
契約全体の設計を誤ることがあります。

リスクは「ゼロにする」ものではなく、
どこまで受け入れるかを決めるものです。

④ 何も書かれていない場合、法律は誰を守るか

もう一つ、必ず確認するのが
「この契約書に書かれていないこと」です。

条文がない場合、

  • 民法や商法のルールが適用される
  • そのデフォルトルールは、誰に有利か

ここを見落としている契約書は、意外と多いです。

実務では、

  • 書かないほうがクライアントに有利
  • あえて法律のルールに委ねたほうが安全

というケースもあります。

契約書は、書けば書くほど安全になるものではありません。


5.私が実際にやっている「起草前メモ」

契約書を書く前、私は条文ではなく、
まず次のようなメモを作ります。

  • この契約で実現したいゴール
  • 相手との関係性・交渉力
  • 絶対に守りたい条件
  • 飲める条件/飲めない条件
  • 想定されるトラブルと、その現実性

この整理ができてから、
初めて条文に落とします。

これを飛ばすと、
あとで必ず「どこかに無理」が出ます。

実際、
「条文は整っているのに、現場とのズレが生じている契約」
の多くは、ここが抜けています。


6.契約書は、条文を書く前の「考え方」でほぼ決まる

私にとって契約書は、

  • 相手を縛るためのものでも
  • リスクをゼロにするものでもなく

取引の解像度を上げるためのツールです。

だからこそ、

  • どこを守るのか
  • どこを譲るのか
  • どこを書かないのか

この判断に、いちばん時間を使います。

もし契約書を起草する際に、
手が止まったときは。

条文ではなく、
「そもそも何をしたい契約なのか」
そこから考えてみてください。

契約書は、
書く前に8割が決まっています。


【執筆者】

ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
現場で実際に使える判断基準を前提に、契約実務を整理しています。


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