ビジネス法務

【契約書のトリセツ】契約書のサインを急かされたら立ち止まる勇気を!―「不平等条約」を結ばされないための契約実務と正しい断り方

ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。

目次

本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。


1.なぜ「今すぐサインしてほしい」は危険なのか

商談がまとまりかけた最終局面で、
次のような言葉をかけられた経験はないでしょうか。

  • 「形式的なものなので、すぐににサインを」
  • 「細かいところは後で協議解決条項で調整できます」
  • 「ここで止まると、社内決裁が下りなくて…」

一見すると、
これは前向きな取引を進めるための“段取り”のように聞こえます。

しかし、契約実務の現場を長年見てきた立場からすると、
この言葉が出てきた瞬間に、警戒レベルを一段階引き上げる必要があります。

なぜなら、「急がされる契約書」には、
構造的に一方当事者に過剰なリスクを負わせる設計が含まれていることが、
極めて多いからです。


2.急かされる契約書の正体は「現代版・不平等条約」である

契約書の締結を不自然なほど急かされる場面では、
その契約書は「不平等条約」に近い構造を持っている可能性が高い。

ここで言う「不平等条約」とは、歴史的比喩にとどまりません。
契約実務の言葉に翻訳すると、次のような条項群を指します。

  • 損害賠償責任が過大となり得る条項(高額賠償金リスク)
  • 相手方にのみ認められた一方的な解除権
  • 成果物やノウハウを一方的に無償で帰属させる知的財産条項
  • 契約違反の判断基準が抽象的な条項
  • 契約期間・終了条件が実質的に固定化された設計

これらは一つ一つを見ると合法であることも少なくありません。
しかし、組み合わさることで、当事者間の力関係を恒常的に歪めるという点に、
本質的な問題があります。


3.「不平等条約」と契約実務の共通構造

明治初期、日本は日米修好通商条約などの不平等条約を受け入れざるを得ませんでした。

重要なのは、
当時の日本が「条約の内容を理解していなかった」わけではない、という点です。

  • 国際情勢
  • 交渉力の差
  • 今すぐの安全保障・貿易の必要性

これらを総合的に考え、「今は飲むしかない」と判断した結果でした。

契約実務でも、まったく同じ構造が繰り返されます。

  • 目の前の受注
  • キャッシュフロー
  • 関係性の維持
  • 今断ることの恐怖

これらを前に、
「とりあえず今はサインしておこう」という判断が行われます。

問題は、その“とりあえず”が、将来にわたって拘束力を持ち続ける点です。


4.「取り返しのつかないリスク」が潜在する契約条項

① 損害賠償責任の無制限化

特に多いのが、
「本契約に関連して生じた一切の損害を賠償する」といった条文です。

一見、当たり前に見えますが、

  • 賠償額の上限がない
  • 間接損害・逸失利益が排除されていない
  • 過失の程度が考慮されていない

このような条項は、
事業規模を超える賠償リスクを内包します。

② 一方的な契約解除権

「相手方は、いつでも書面通知により本契約を解除できる」

この種の条項がある一方で、
自社側の解除権が極端に制限されているケースも少なくありません。

これは、
取引の主導権を恒常的に相手に握らせる設計です。

③ 知的財産権の包括帰属

成果物の著作権・特許権・ノウハウを、
対価との関係を曖昧にしたまま包括的に帰属させる条項。

これも「急かされる契約書」に典型的です。


5.なぜ急かすのか|相手方の心理と組織構造

重要なのは、
相手が必ずしも悪意を持っているとは限らないという点です。

多くの場合、急かしてくる担当者自身が、

  • 社内決裁の期限
  • 上司からのプレッシャー
  • プロジェクトの遅延責任

を背負っています。

だからこそ、

「細かいことは後でいいから、まずサインを」

という言葉が出てくる。

しかし、
相手の事情と、自社が負う法的リスクは別問題です。


6.実務的解決策|「契約を止めず、リスクだけ止める」

ここで有効なのが、
基本契約と個別契約を切り分ける発想です。

▶ 実務フロー(再現可能な形で)

  1. 基本契約書は「確認中」と明確に伝える
  2. 今決まっている事項(価格・数量・納期)のみを書面化
  3. 注文書・注文請書を先行して交わす
  4. 基本契約書は後日、修正交渉を行う

この方法により、

  • 相手の「進めたい」という要請に応えつつ
  • 長期的な不利を回避する

という、合理的な落とし所が実現できます。


7.角を立てない断り方|法務的に安全なフレーズ

実務で推奨されるのは、
個人の判断ではなく「組織のルール」を理由にすることです。

  • 「弊社では契約書は必ず専門家確認を通す決まりでして」
  • 「コンプライアンス上、一定の確認期間を設けています」
  • 「注文書であれば、すぐに進められます」

これらは、
相手を否定せず、交渉の余地を残す表現です。


8.まとめ|契約書は「急いだ人が損をする」設計になっている

契約書は、
スピード勝負のツールではありません。

むしろ、
一度立ち止まり、構造を理解した人が、長期的に有利になる仕組みです。

違和感を覚えた契約書は、
ほぼ確実に「その違和感に見合う理由」を内包しています。

どうか、その感覚を無視せず、
一度、紙の上で立ち止まってください。


【音声解説】

本記事の内容は、
音声配信『契約書に強くなる!ラジオ』でも解説しています。
▽ 音声はこちら(stand.fm)


【執筆者】

ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
現場で実際に使える判断基準を前提に、契約実務を整理しています。


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「この場合はどう考える?」「ここが気になる」
といったご質問がありましたら、お気軽にお寄せください。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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