ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
目次
- 1.大企業との取引って、契約書なくても本当に大丈夫?
- 2.大企業との取引ほど、契約書は必須です
- 3.あるベテラン経営者の言葉
- 4.なぜ大企業の担当者はコロコロ変わるのか
- 5.口約束は「会社と会社の約束」ではない
- 6.よくある相談|「結局、大企業の契約書で結びました」
- 7.大企業の契約書は「大企業に有利」に作られている
- 8.なぜそうなるのか|大企業に法務部がある理由
- 9.中小受託取引適正化法(取適法;旧下請法)という、もう一つの視点
- 10.実務対応|自社ひな形を先に出す意味
- 11.まとめ|大企業から契約書を出されたとき、最低限ここだけは確認してください
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.大企業との取引って、契約書なくても本当に大丈夫?
「相手は有名な大企業だから」
「昔からやっている会社だから」
「担当者とも話ができているし」
中小企業やベンチャー企業の経営者の方と話していると、
こうした言葉を聞くことは本当に多いです。
実際、
見積を出して、
話がまとまって、
「じゃあこの条件でお願いします」と言われて、
そのまま仕事が始まってしまう。
契約書がないまま、あるいは
「あとで作ればいいか」と思ったまま、
取引が進んでしまうケースも少なくありません。
ただ、ここで一度立ち止まって考えてみてください。
その取引、本当に大丈夫でしょうか?
2.大企業との取引ほど、契約書は必須です
結論から先に申し上げます。
大企業との取引ほど、契約書は必ず必要です。
これは脅しでも、理屈でもなく、
上場企業、中小ベンチャー企業、
どちらの契約実務を見てきた者としての実感です。
理由はシンプルです。
大企業は、
- 個人ではなく「組織」で動く
- 担当者が変わることを前提に設計されている
- (「現在の」担当者やその上司の)口約束は、会社の約束ではない
だからです。
3.あるベテラン経営者の言葉
以前、中小ベンチャー企業の経営者同士の勉強会で
グループディスカッションをする機会がありました。
たまたま話題が
「大企業との取引」になりました。
その中に、
特殊な技術を持っていて、
数多くの大企業と長年取引してきた
60代のベテランの社長さんがいらっしゃいました。
その方が、こんなことを言ったんです。
「いや、大企業とはね、
絶対に契約書を結ばなきゃダメだよ」
本音の部分が知りたくて
理由を訊ねると、こう続けました。
「だってさ、大企業って
担当がコロコロ変わるんだよ」
この一言、
本当にその通りだと思いました。
4.なぜ大企業の担当者はコロコロ変わるのか
これは偶然ではありません。
大企業では、
- ジョブローテーション制度
- 定期的な人事異動
- 上司・経営層の方針転換
こうした仕組みが、制度として組み込まれています。
2〜3年で担当が変わることも珍しくありません。
前任者との間で、
- 何となく話がついていたこと
- 空気感で回っていたこと
- 阿吽の呼吸でやっていたこと
こうしたものは、
後任者には一切引き継がれません。
後任者が確認するのは、いつもこれです。
「それ、契約書に書いてありますか?」
もちろん、形式的な引継ぎ自体は行われます。
ただし、前任者との間で築いてきた
阿吽の呼吸のような人間同士の温度感まで、
きれいに引き継がれることはまずありません。
後任者がたまたま「話のわかる良い人」であれば、
うまく進むこともあるでしょう。
しかし、そうした人の情や善意に依存する設計をしてしまうと、
大企業との取引では痛い目に遭うことが少なくありません。
だからこそ、
「契約書に書いてあることがすべて」
くらいに考えておく方が、実務的にはちょうど良いのです。
5.口約束は「会社と会社の約束」ではない
ここを誤解している方が、本当に多いです。
担当者と話ができている。
だから大丈夫。
でも、それは
担当者個人との話であって、
会社との約束ではありません。
会社としての合意は、
契約書という形でしか残らない。
契約書に書いていないことは、
- なかったことにされる
- 解釈を変えられる
- 前提を否定される
こうしたリスクが、常にあります。
6.よくある相談|「結局、大企業の契約書で結びました」
ここで、
実務上本当によくある相談を紹介します。
「これから大企業と取引をすることになったので、
契約書を作ってもらえませんか?」
そう言われて、
こちらで契約書を作成します。
ところが数日後、
こんな連絡が入ることがあります。
「あ、ごめん。
やっぱり大企業側から契約書が出てきたから、
もうこれで取り交わすことにしたわ。
大企業が作ってきた契約書だから、
変なことなんて書いてないでしょ?」
……本当によくあります。
でも、ここに
最大の落とし穴があります。
7.大企業の契約書は「大企業に有利」に作られている
実際に、大企業側が出してくる契約書を
一つひとつ丁寧に見ていくと、
ある共通点が見えてきます。
キャッシュの流れが、
大企業側に残るように作られている。
より踏み込んで言えば、
次のような点です。
①検査(検収)の条件
大企業が買い主の場合、
- 検査条件が厳しい
- 検収が終わらないと支払われない
という構造になっていることが多いです。
②契約不適合責任
- 責任期間が長い
- 範囲が広い
- 追及しやすい
つまり、
大企業側が責任を追及しやすい設計です。
③損害賠償
- 請求のハードルが低い設計
- 返金される方向に寄っている
結果として、
- 大企業にお金が残る
- 大企業にお金が返ってくる
そういう契約書になっているケースが、非常に多い。
具体的な条文の例を挙げればきりがありませんが、
大企業のひな形では、
「損害の全額を賠償するものとする」といった無制限の設計
になっていることが珍しくありません。
万一の際、自社の年商を超えるような請求を受けるリスクが、
文言一つに潜んでいるのです。
8.なぜそうなるのか|大企業に法務部がある理由
大企業、特に上場企業では、
- とりわけ株主から収益性を求められる
- 収益を生まない部門は淘汰される
そういう世界です。
法務部は、
「法律的に正しい契約書」を作る部署ではありません。
自社にとって、
いかに有利で、
いかに儲かる契約条件を作るか。
それを、
契約自由の原則の枠内で考え続ける部署と言えます。
9.中小受託取引適正化法(取適法;旧下請法)という、もう一つの視点
もっとも、
「契約自由の原則の枠内であれば何でもOK」
というわけではありません。
大企業との取引では、
独占禁止法や中小受託取引適正化法(取適法;旧下請法)の視点も欠かせません。
- 不当な買いたたき
- 不合理な返品
- 一方的な減額
- 支払遅延
こうした条件が契約書に書いてある場合でも、
すべてが無条件に有効になるわけではありません。
まず、取引の内容や当事者の関係性によっては、
取適法(旧下請法)の適用対象となる可能性があります。
この場合には、
不当な買いたたきや一方的な減額、支払遅延などについて、
法令を根拠として是正を求める余地があります。
仮に取適法の適用対象とならない取引であっても、
それで終わりではありません。
取引上の立場の差を利用して、
相手方に一方的に不利益な条件を課している場合には、
独占禁止法上の「優越的地位の濫用」として
問題となる可能性があります。
つまり、
「契約書に書いてあるかどうか」だけでなく、
「その取引条件が、立場の差を踏まえて合理的か」
という視点で検討することも大切です。
10.実務対応|自社ひな形を先に出す意味
ここで重要となるのが、
自社のひな形を先に出すことです。
- 取引条件の主導権を握る
- 差分で交渉できる
- 後出しの不利を防ぐ
契約書は、
「揉めたときの保険」だけではありません。
取引を始める前の、
戦術ツールです。
11.まとめ|大企業から契約書を出されたとき、最低限ここだけは確認してください
大企業から契約書を提示されたとき、
すべての条文を完璧に理解しようとする必要はありません。
ただし、最低限、次の3点だけは必ず確認する。
まずは、そこからで十分です。
✅支払条件は妥当か
納品や業務完了から、
支払いまでの期間が不自然に長くなっていないか。
自社のキャッシュフローを圧迫する設計になっていないか。
✅検収条件は現実的か
検収の期限や基準が曖昧になっていないか。
「検収が終わらない限り支払われない」構造になっていないか。
実務として本当に回る条件かどうか。
✅損害賠償は自社の体力を超えていないか
賠償範囲が広すぎないか。
金額の上限がなく、
万一の場合に会社が立ち行かなくなる設計になっていないか。
この3点は、
大企業かどうかに関係なく、必ず確認すべき最低限のチェックポイントです。
そして何より大切なのは、
「大企業が作った契約書だから安心」と絶対に考えないこと。
契約書は、
相手の立場や事情を反映して作られるものです。
だからこそ、
自社にとって不自然な条件がないかを冷静に確認し、
必要であれば、早い段階で修正や調整を検討する。
それが、
大企業との取引を長く・安全に続けていくための現実的な向き合い方だと思います。

【音声解説】
本記事の内容は、
音声配信『契約書に強くなる!ラジオ』でも解説しています。
▽ 音声はこちら(stand.fm)
【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。











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