ビジネス法務

【契約書のトリセツ】「悪質クレーマー」と契約書

ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。

目次

本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。


1. はじめに

「お客様は神様です」──かつては、そんな言葉が接客や商売の理想のように語られてきました。
最近は、この言葉の受け止め方も、現場での対応の仕方も、大きく変わってきているような気がしています。

  • クレーム対応にこれ以上のコストをかけたくない
  • 不当な要求を繰り返すお客様への対応は、良客への裏切りに近い
  • 対応経費を削減し、その分を良客に還元したい
  • 社員を守るために、契約書や規約で明確な対応ルールを作っておきたい

こうした要望は、契約書の条項の書き方や方向性に、はっきりと影響を与えています。
今回は、「悪質クレーマーに対して契約書(契約条件)でどう対応していくのか」というテーマの下、
経営戦略に沿った契約条件の考え方を、やさしく解説します。


2. 「お客様は神様」は本当か?

この言葉はもともと、商売人が「お客様を大切に思う姿勢」を表すための比喩だったようです。
決して「お客様の言うことは何でも聞く」という意味ではありません。

しかし現場では、この言葉が誤解され、理不尽な要求や暴言にも耐えなければならない…という空気を作ってしまうことがあります。

契約や法律の考え方では、お客様も会社も“契約の当事者”。
どちらも権利と義務を持っており、守るべきルールがあります。
お客様だからといって何でも許されるわけではなく、暴言や過度なクレームは正当な権利の行使ではありません。

最近は、東京都をはじめとする一部の自治体で「カスタマーハラスメント防止条例(カスハラ防止条例)」ができ、
事業者には従業員をお客様からの迷惑行為から守ることが努力義務とされています。
これは「スタッフを守ることも会社の責任」という時代になってきた証拠です。

つまり、「お客様は神様」というよりも、
お客様と会社はお互いを尊重し合うパートナー
そして、そのためには契約や規約で「お互いが守るべきルール」をはっきり決めておくことが大切です。


3. 最近増えている契約書作成の依頼傾向

コロナ禍以降、増えているのが、
「継続的・不当な要求を繰り返す顧客への対応ルールを、契約や規約に明確化してほしい」という要望です。

従来の契約書の解説本は、売買・請負・賃貸借などの民法上の契約類型に、
「売主有利」「買主有利」という軸を掛け合わせて整理するスタイルが多く見られました。

しかし現場では、さらにもう一つの軸──経営戦略──が加わってきています。
つまり、契約条件を決める上での方針が、

  • 規模(売上高)を追うのか
  • 利益を追うのか

という戦略判断によって大きく変わるのです。

特にここ数年は、「お客様全員に最大限尽くす」から「良客に集中する」方向へ舵を切る企業が増加。
この方向からの契約書作成依頼は確実に増えており、こちらから経営戦略の一環として提案することも多くなっています。


4. 「売上高重視」と「利益重視」で変わる契約条件

売上高を優先する企業では、顧客との接点をできるだけ広げ、契約条件も柔軟にする傾向があります。
一方、利益を優先する企業では、「取引条件の明確化」や「リスクの限定」が重視されます。

例えば、悪質クレーム対応に多くの時間や人件費を割くと、利益が圧迫されます。
このため、契約条件に次のような工夫を加えることが検討されます。

  • 解約条件を具体的に定め、解除の根拠を明確化
  • 損害賠償の範囲を合理的に制限
  • 契約不適合責任の適用期間や条件を限定
  • 免責事由を具体的に列挙

こうした条件設定は、単なる「法律の知識」ではなく、経営資源を守るための戦略として位置付けられます。


5. キャッシュアウトを抑えるために見直される条項

企業のキャッシュフローにとって、お金の「出口」をコントロールすることは非常に重要です。
特に見直しが進んでいるのは、以下のような条項です。

  • 解約条項:不当要求や契約違反が続く場合の解除条件
  • 免責条項:予見できない事情や不可抗力に関する責任免除
  • 契約不適合責任:保証期間や責任範囲を明確化
  • 損害賠償条項:上限額の設定や損害の種類の限定

これらは単なる法務テクニックではなく、不要なキャッシュアウトを防ぐための経営施策でもあります。


6. カスハラ防止条例と従業員保護の努力義務

カスハラ防止条例は、東京都など一部自治体で施行されています。
事業者には、従業員を顧客からの著しい迷惑行為から保護する努力義務があります。
法的拘束力は強くありませんが、契約や規約に顧客対応方針を明記する根拠のひとつとなります。

これにより、「スタッフを守る」という観点からも契約条件を整備する動きが強まっています。


7. キャッシュフローと契約条件を重ねて考える

契約条件とキャッシュフローを重ねて見てみると、契約書が生き生きとして見えてきます。
お金の流れを意識して契約条件を読むと、なぜその条項が必要なのかが明確になります。

悪質クレーム対応にかかるコストを削減すれば、

  • 従業員を守れる
  • 会社に資金を残せる
  • 良客にサービスで還元できる

こうした好循環を生み出せるのです。


8. 実務での提案事例

契約条件を見直すときは、次の点に注意します。

  • 行為基準の明確化
     「悪質クレーマー」ではなく、「継続的かつ不当な要求を繰り返す顧客」といった行動ベースの定義にする。
  • 是正の機会を設ける
     即時解除だけでなく、注意・是正要請などの段階を踏む。
  • 社内体制との整合性
     契約書に書いたルールを現場で運用できるよう、マニュアルや教育もセットで整備する。

9. まとめ

契約書や規約は、単なる「法律に沿った書面」ではありません。
経営戦略に直結する“守りの武器”であり、“攻めの道具”にもなるのです。

これからは、
「お客様全員に最大限尽くす」から「良客に集中する」へ──
そんな方向転換をする企業が増えていくでしょう。

不当な要求に振り回されないための契約条件は、

  • 利益を守る
  • 従業員を守る
  • 本当に大切なお客様を守る

そのための仕組みです。


10. 付録:条項例(参考条文)

※本条項例は、あくまで一般的なケースを想定して作成した例です。
ご自身の具体的な状況に合わせて、必要に応じて修正・追記してください。法的リスクを含めた詳細な判断が必要な場合は、専門家へご相談ください。
本記事および条項例を利用したことにより生じたいかなる損害についても、筆者および当事務所は責任を負いかねます。
あらかじめご了承ください。


1. 顧客の行為に関する禁止事項

第○条(禁止行為)
甲(顧客)は、契約の履行にあたり、以下の行為を行ってはならない。
1. 正当な理由なく、継続的かつ過剰な要求または同趣旨の問い合わせを繰り返すこと
2. 暴言、威迫、侮辱その他従業員等の人格を侵害する行為
3. 甲乙間の契約内容に関連しない要求を行うこと
4. 乙(事業者)の業務遂行を著しく妨げる行為

2. 是正要請と契約解除

第○条(是正要請および解除)
1. 乙は、前条に違反する行為があった場合、甲に対し書面または電磁的方法により是正を求めることができる。
2. 前項の是正要請にもかかわらず甲が当該行為を是正しない場合、乙は催告なしに本契約の全部または一部を解除できる。

3. サービス提供の一時停止

第○条(サービス提供の停止)
乙は、甲による禁止行為が確認された場合、契約解除に先立ち、相当期間を定めてサービス提供を一時停止することができる。

4. 従業員保護の明記

第○条(従業員等の保護)
乙は、従業員および関係者を、甲による迷惑行為その他安全・尊厳を害する行為から保護するために必要な措置を講じることができる。


【音声解説】

本記事の内容は、
音声配信『契約書に強くなる!ラジオ』でも解説しています。
▽ 音声はこちら(stand.fm)


【執筆者】

ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
現場で実際に使える判断基準を前提に、契約実務を整理しています。


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「この場合はどう考える?」「ここが気になる」
といったご質問がありましたら、お気軽にお寄せください。
本ブログや音声配信(『契約書に強くなる!ラジオ』)で取り上げます。

また、契約書の作成・見直し、契約実務の整理、
セミナー・講座のご相談(オンライン可)にも対応しています。
上部の「問い合わせフォーム」よりご連絡ください。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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