ビジネス法務

【契約書のトリセツ】起業直後は守られない―契約社会の現実と防衛設計

ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。

目次

本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。


1.起業したばかりなら、消費者契約法のような法律で守られる?

創業セミナーなどで契約の話をすると、必ず出てくる質問があります。

  • 「個人でやっているなら、消費者扱いされませんか?」
  • 「小さな会社なら、法律が守ってくれますよね?」

気持ちはよく分かります。
創業期は不安ですし、立場も弱く感じます。

しかし、ここに大きな誤解があります。


2.起業した瞬間から“事業者”です

会社設立1日目でも、
個人事業主でも、
従業員がゼロでも。

事業を行う以上、規模は関係ありません。
創業したばかりでも、大企業と同じく、法律上は一人前の事業者として扱われます。
つまり、同じ責任を負うということです。

起業した瞬間から、“守られる側”ではなく、“責任を負う側”になります。

なお、消費者契約法は、

「消費者」が「事業者」と契約する場合

を前提としています。

つまり、

事業として契約している場合、原則として消費者契約法は適用されません。


3.どこからが「消費者」で、どこからが「事業者」か

判断基準はシンプルです。

その契約は、事業のためかどうか。

たとえば―

  • 仕事用にパソコンを購入した
  • 事業用にスマホ回線を契約した
  • 副業として継続的に業務委託契約を結んだ

これらは、たとえ個人名義でも「事業目的」です。

この場合、原則として

  • クーリング・オフ
  • 消費者契約法による取消し

といった消費者保護制度は使えません。

創業したばかりという事情は、基本的に考慮されません。


4.契約書は「あとから変わらない基準」

契約書とは何か。

それは、

後から都合よく解釈されないための基準

です。

・どこまでが仕事なのか
・いつまでに終わらせるのか
・いくら支払うのか
・いつ支払うのか
・どんな場合に終わりにできるのか

これを、先に決めておくためのものです。

書いていなければ、

「そこまでとは思っていなかった」
「そんな話は聞いていない」
「支払日は決まっていない」

という話になります。

だから、先に書いておく。

逆に言えば、

これらを曖昧にしておきたい人にとって、
契約書は都合の悪い存在です。


5.慎重に判断すべき“サイン”

レッドフラグとなり得る言葉

創業期に特に多いのが、
契約書を軽視する相手との取引です。

以下のようなフレーズが出た場合は、一度立ち止まってください。

  • 「細かいことは後で決めよう。とりあえず手を動かしてよ」
  • 「うちはずっと口約束でやってきたから、紙はいらないよ」
  • 「開業したてなんだから、お互い柔軟にやろうよ」

これらは、一見すると好意的な提案に見えます。

しかし実務的に見ると、

自分の責任を確定させないための言い回し

であることが少なくありません。

柔らかい言葉ほど、
条件が曖昧なまま進みやすい。

契約書がないと、

  • 業務範囲が膨張し
  • 修正が無限に増え
  • 支払条件が曖昧になり
  • 最後は資金繰りが苦しくなる

という事態になりかねません。


6.よくある失敗パターン

● Web制作を契約書なしで受注
→ 修正依頼が無限に増える
→ 実質時給数百円

● 支払期日を明確にしなかった
→ 外注費だけ先に発生
→ 入金が遅れ資金ショート寸前

創業期の「勉強代」は高すぎます。


7.2026年のトピック

近年、小規模事業者やフリーランスを守る法制度の整備が進んでいます。

① フリーランス保護法

正式名称:特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(2024年11月施行)

一定の要件に該当する場合、

  • 書面(メール含む)の交付義務
  • 報酬支払期日の明確化
  • 不当なやり直し要求の禁止

などが定められています。

特に、報酬条件の明確化は実務上大きな意味があります。


② 中小受託取引の適正化(旧下請法の整理・強化)

近年、旧下請法(現・中小受託取引適正化法:取適法)
の運用や制度設計は再整理・強化の流れにあります。

一定の取引類型では、

  • 60日以内の支払義務
  • 不当な減額の禁止
  • 受領拒否の禁止

などが適用されます。

※制度の具体的な適用可否は、当事者の規模や取引内容によって異なります。


重要な注意点:盾はあるが、万能ではない

これらの法律は、とても心強い仕組みです。

ただし――

  • すべての取引に自動的に当てはまるわけではありません
  • 「その法律の対象かどうか」は取引の内容で決まります
  • そして、約束の内容が曖昧だと、後から主張するのが難しくなります

だからこそ、

法律があることと、守ってもらえることは別問題なのです。

だからこそ、

法律という盾 + 契約書という設計

この両輪が重要になります。


8.契約書を取り交わすのは「特別なこと」ではない

創業期の最大のハードルは、

「契約書を取り交わしたい」と言い出せないことです。

しかし、これは本来、遠慮する話ではありません。

契約書を取り交わして、

・どこまでが仕事なのか
・いつまでに終えるのか
・いくらで、いつ支払うのか

を明確にしておくことは、

お互いにとってメリットのあることです。

認識のズレをなくし、
後から揉める可能性を減らし、
無駄なストレスを生まないためのものです。

契約書を交わすのは特別なことではなく、
双方を守るためのビジネスの基本動作です。


9. 起業とは「守られる側」から「責任を負う側」への転換

起業とは、

自由と引き換えに責任を引き受けることです。

創業直後であっても、等しく事業者です。
規模の大小に関係なく、
同じ土俵で責任を負います。

しかし、

・新しい法制度という盾
・契約書という基準
・リスクのサインを見抜く目

これらを持てば、防御力は確実に上がります。

契約書は、あなたを縛る紙ではありません。
曖昧さを減らし、あなたの事業の解像度を上げるツールです。

創業期こそ、契約を軽く扱わない。
それが、遠回りをしない成功への最短ルートです。


【音声解説】

本記事の内容は、
音声配信『契約書に強くなる!ラジオ』でも解説しています。
▽ 音声はこちら(stand.fm)


【執筆者】

ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
現場で実際に使える判断基準を前提に、契約実務を整理しています。


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「この場合はどう考える?」「ここが気になる」
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セミナー・講座のご相談(オンライン可)にも対応しています。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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