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【契約書のトリセツ】大企業との取引は契約書なしで大丈夫?ー 元・上場企業法務が明かす「大企業取引の裏側」

ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。

目次

本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。


1.大企業との取引って、契約書なくても本当に大丈夫?

「相手は有名な大企業だから」
「昔からやっている会社だから」
「担当者とも話ができているし」

中小企業やベンチャー企業の経営者の方と話していると、
こうした言葉を聞くことは本当に多いです。

実際、

見積を出して、
話がまとまって、
「じゃあこの条件でお願いします」と言われて、
そのまま仕事が始まってしまう。

契約書がないまま、あるいは
「あとで作ればいいか」と思ったまま、
取引が進んでしまうケースも少なくありません。

ただ、ここで一度立ち止まって考えてみてください。

その取引、本当に大丈夫でしょうか?


2.大企業との取引ほど、契約書は必須です

結論から先に申し上げます。

大企業との取引ほど、契約書は必ず必要です。

これは脅しでも、理屈でもなく、
上場企業、中小ベンチャー企業、
どちらの契約実務を見てきた者としての実感です。

理由はシンプルです。

大企業は、

  • 個人ではなく「組織」で動く
  • 担当者が変わることを前提に設計されている
  • (「現在の」担当者やその上司の)口約束は、会社の約束ではない

だからです。


3.あるベテラン経営者の言葉

以前、中小ベンチャー企業の経営者同士の勉強会で
グループディスカッションをする機会がありました。

たまたま話題が
「大企業との取引」になりました。

その中に、
特殊な技術を持っていて、
数多くの大企業と長年取引してきた
60代のベテランの社長さんがいらっしゃいました。

その方が、こんなことを言ったんです。

「いや、大企業とはね、
絶対に契約書を結ばなきゃダメだよ

本音の部分が知りたくて
理由を訊ねると、こう続けました。

「だってさ、大企業って
担当がコロコロ変わるんだよ

この一言、
本当にその通りだと思いました。


4.なぜ大企業の担当者はコロコロ変わるのか

これは偶然ではありません。

大企業では、

  • ジョブローテーション制度
  • 定期的な人事異動
  • 上司・経営層の方針転換

こうした仕組みが、制度として組み込まれています

2〜3年で担当が変わることも珍しくありません。

前任者との間で、

  • 何となく話がついていたこと
  • 空気感で回っていたこと
  • 阿吽の呼吸でやっていたこと

こうしたものは、
後任者には一切引き継がれません。

後任者が確認するのは、いつもこれです。

「それ、契約書に書いてありますか?」

もちろん、形式的な引継ぎ自体は行われます。
ただし、前任者との間で築いてきた
阿吽の呼吸のような人間同士の温度感まで、
きれいに引き継がれることはまずありません。

後任者がたまたま「話のわかる良い人」であれば、
うまく進むこともあるでしょう。
しかし、そうした人の情や善意に依存する設計をしてしまうと、
大企業との取引では痛い目に遭うことが少なくありません。

だからこそ、
「契約書に書いてあることがすべて」
くらいに考えておく方が、実務的にはちょうど良いのです。


5.口約束は「会社と会社の約束」ではない

ここを誤解している方が、本当に多いです。

担当者と話ができている。
だから大丈夫。

でも、それは
担当者個人との話であって、
会社との約束ではありません。

会社としての合意は、
契約書という形でしか残らない。

契約書に書いていないことは、

  • なかったことにされる
  • 解釈を変えられる
  • 前提を否定される

こうしたリスクが、常にあります。


6.よくある相談|「結局、大企業の契約書で結びました」

ここで、
実務上本当によくある相談を紹介します。

「これから大企業と取引をすることになったので、
契約書を作ってもらえませんか?」

そう言われて、
こちらで契約書を作成します。

ところが数日後、
こんな連絡が入ることがあります。

「あ、ごめん。
やっぱり大企業側から契約書が出てきたから、
もうこれで取り交わすことにしたわ。
大企業が作ってきた契約書だから、
変なことなんて書いてないでしょ?」

……本当によくあります。

でも、ここに
最大の落とし穴があります。


7.大企業の契約書は「大企業に有利」に作られている

実際に、大企業側が出してくる契約書を
一つひとつ丁寧に見ていくと、
ある共通点が見えてきます。

キャッシュの流れが、
大企業側に残るように作られている。

より踏み込んで言えば、
次のような点です。

①検査(検収)の条件

大企業が買い主の場合、

  • 検査条件が厳しい
  • 検収が終わらないと支払われない

という構造になっていることが多いです。

②契約不適合責任

  • 責任期間が長い
  • 範囲が広い
  • 追及しやすい

つまり、
大企業側が責任を追及しやすい設計です。

③損害賠償

  • 請求のハードルが低い設計
  • 返金される方向に寄っている

結果として、

  • 大企業にお金が残る
  • 大企業にお金が返ってくる

そういう契約書になっているケースが、非常に多い。

具体的な条文の例を挙げればきりがありませんが、
大企業のひな形では、
「損害の全額を賠償するものとする」といった無制限の設計
になっていることが珍しくありません。
万一の際、自社の年商を超えるような請求を受けるリスクが、
文言一つに潜んでいるのです。


8.なぜそうなるのか|大企業に法務部がある理由

大企業、特に上場企業では、

  • とりわけ株主から収益性を求められる
  • 収益を生まない部門は淘汰される

そういう世界です。

法務部は、

「法律的に正しい契約書」を作る部署ではありません。

自社にとって、
いかに有利で、
いかに儲かる契約条件を作るか。

それを、
契約自由の原則の枠内で考え続ける部署と言えます。


9.中小受託取引適正化法(取適法;旧下請法)という、もう一つの視点

もっとも、

「契約自由の原則の枠内であれば何でもOK」

というわけではありません。

大企業との取引では、
独占禁止法や中小受託取引適正化法(取適法;旧下請法)の視点も欠かせません。

  • 不当な買いたたき
  • 不合理な返品
  • 一方的な減額
  • 支払遅延

こうした条件が契約書に書いてある場合でも、
すべてが無条件に有効になるわけではありません。

まず、取引の内容や当事者の関係性によっては、
取適法(旧下請法)の適用対象となる可能性があります。
この場合には、
不当な買いたたきや一方的な減額、支払遅延などについて、
法令を根拠として是正を求める余地があります。

仮に取適法の適用対象とならない取引であっても、
それで終わりではありません。

取引上の立場の差を利用して、
相手方に一方的に不利益な条件を課している場合には、
独占禁止法上の「優越的地位の濫用」として
問題となる可能性があります。

つまり、
「契約書に書いてあるかどうか」だけでなく、
「その取引条件が、立場の差を踏まえて合理的か」

という視点で検討することも大切です。


10.実務対応|自社ひな形を先に出す意味

ここで重要となるのが、

自社のひな形を先に出すことです。

  • 取引条件の主導権を握る
  • 差分で交渉できる
  • 後出しの不利を防ぐ

契約書は、
「揉めたときの保険」だけではありません。

取引を始める前の、
戦術ツール
です。


11.まとめ|大企業から契約書を出されたとき、最低限ここだけは確認してください

大企業から契約書を提示されたとき、
すべての条文を完璧に理解しようとする必要はありません。

ただし、最低限、次の3点だけは必ず確認する
まずは、そこからで十分です。

✅支払条件は妥当か
納品や業務完了から、
支払いまでの期間が不自然に長くなっていないか。
自社のキャッシュフローを圧迫する設計になっていないか。

✅検収条件は現実的か
検収の期限や基準が曖昧になっていないか。
「検収が終わらない限り支払われない」構造になっていないか。
実務として本当に回る条件かどうか。

✅損害賠償は自社の体力を超えていないか
賠償範囲が広すぎないか。
金額の上限がなく、
万一の場合に会社が立ち行かなくなる設計になっていないか。

この3点は、
大企業かどうかに関係なく、必ず確認すべき最低限のチェックポイントです。

そして何より大切なのは、
「大企業が作った契約書だから安心」と絶対に考えないこと。

契約書は、
相手の立場や事情を反映して作られるものです。

だからこそ、
自社にとって不自然な条件がないかを冷静に確認し、
必要であれば、早い段階で修正や調整を検討する。

それが、
大企業との取引を長く・安全に続けていくための現実的な向き合い方だと思います。


【音声解説】

本記事の内容は、
音声配信『契約書に強くなる!ラジオ』でも解説しています。
▽ 音声はこちら(stand.fm)


【執筆者】

ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
現場で実際に使える判断基準を前提に、契約実務を整理しています。


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