ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
目次
- 1.その「保守契約」、本当に保守ですか?
- 2.制作費を月額に組み込んだ長期回収型スキームの可能性がある
- 3.「初期費用ゼロ」に安心してしまう
- 4.保守の中身を具体的に見る
- 5.解約条項が実質的なリスクを決める
- 6.BtoB契約の現実
- 7.所有権と資産の帰属
- 8.悪いスキームではない。ただし総合判断が必要
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.その「保守契約」、本当に保守ですか?
ある日、こんな提案を受けたとします。
「ホームページ制作、初期費用は0円です。
月額2万円の保守契約でお願いします。3年契約です。」
初期費用ゼロ。
月2万円。
一見、合理的に見えます。
しかしここで一度、立ち止まってください。
それは本当に「保守契約」でしょうか。
それとも、別の意味を持つ契約でしょうか。
2.制作費を月額に組み込んだ長期回収型スキームの可能性がある
結論から言うと、この形の多くは、
制作費を月額に組み込んで長期的に回収する設計
になっています。
本来であれば、
- 制作費:55万円(一括)
- 保守費:月5,000円〜1万円(内容による)
という分離構造が考えられます。
ところが、
- 初期費用0円
- 月額2万円 × 36か月
と設計すると、
2万円 × 36か月 = 72万円
消費税を含めると約80万円。
結果として、
制作費相当額を月額に組み込み、長期で分割回収する構造
になっている可能性があります。
なお、こうした設計自体が違法というわけではありません。
問題は、その構造を理解しないまま契約することです。
3.「初期費用ゼロ」に安心してしまう
なぜこのスキームが広がるのでしょうか。
理由は単純です。
人は、
- 55万円一括
よりも - 月2万円
の方を心理的に軽く感じます。
これはアンカリング効果です。
最初に提示された月額が基準になり、
総額72万円という数字が意識から薄れます。
しかし経営判断で重要なのは、
月額ではなく総額
です。
4.保守の中身を具体的に見る
月2万円が妥当かどうかは、
保守の内容次第です。
確認すべきポイントは、
- 更新頻度は?
- 修正回数は?
- SEO対応は?
- サーバー費用込みか?
- コンテンツ追加は別料金か?
- 電話・訪問サポートはあるか?
保守内容が充実していれば、
月額が合理的な場合もあります。
重要なのは、
金額の高低ではなく、内容との整合性
です。
さらに構造的に考えると、制作と保守は本来別の契約です。
制作は「成果物を完成させる請負契約」。
保守は「継続的なサポートを行う準委任契約」。
法的性質も異なります。
理論上は、制作会社と保守会社が別であっても何の問題もありません。
つまり、
制作費の支払いと保守契約は、必ずしも一体である必要はないのです。
それにもかかわらず、制作費の回収を保守契約に組み込み、
両者を不可分にしている場合、
保守契約を解約することが、実質的に制作費の残債支払いに直結する構造になります。
この「一体型スキーム」であることを理解しているかどうかが、判断の分かれ目です。
さらに実務では、「保守契約」という名称ではなく、
- リース契約
- 利用許諾契約
- サービス利用契約
といった形式をとっているものもあります。
この場合、契約の実態は「制作物の売買」ではなく、
一定期間の利用権を付与する契約
という構造になります。
リース型や利用許諾型の契約では、
- 支払いが完了しても所有権が移転しない
- 中途解約時に残期間分の支払い義務が発生する
- 契約終了と同時に利用権が消滅する
といった設計になっていることもあります。
契約の名称が何であっても、
制作費相当額を月額で回収し、長期的に拘束する設計である以上、
総支払額・契約期間・解約条件・所有権の帰属
を確認するという検討ポイントは本質的に変わりません。
名称にかかわらず、実際に何を取得し、何が自社に残るのかを確認することが重要です。
名称ではなく、契約の構造を見る。
それが経営者に求められる視点です。
5.解約条項が実質的なリスクを決める
次に確認すべきは解約条項です。
よく見られるのが、
- 初回契約3年
- 自動更新
- 中途解約は残期間分一括払い
という設計です。
例えば1年で解約した場合、
残り24か月 × 2万円 = 48万円
の支払い義務が発生する可能性があります。
法的には「解約不可」ではありませんが、
経済的に解約が困難な構造
になっているケースがあります。
ここは特に慎重に確認すべきポイントです。
6.BtoB契約の現実
事業者間契約(BtoB)では、
- クーリング・オフは原則ありません
- 単に「強引だった」という事情だけでは無効になることは通常ありません
- 「思っていた内容と違う」という主張も容易には通りません
もちろん、
- 詐欺
- 錯誤
- 公序良俗違反
といった例外はありますが、一般的には、価格や契約期間が不利や不合理であるという理由だけで
契約が無効になることは通常ありません。
つまり、
サインをする前の確認が極めて重要
ということです。
7.所有権と資産の帰属
さらに重要なのが、
そのホームページは誰のものか?
という点です。
契約書によっては、
- 著作権は制作会社に帰属
- 解約時データ引渡しなし
- ドメイン名義は制作会社
と定められていることがあります。
この場合、
解約時にサイトを引き継げない可能性があります。
支払い終了後に自社資産になるのか。
ここは必ず確認すべきポイントです。
8.悪いスキームではない。ただし総合判断が必要
このような長期回収型スキームは、
- 業者側にとって合理的なビジネスモデル
- キャッシュフローを平準化する仕組み
でもあります。
したがって、
こうした契約形態そのものが悪いというわけではありません。
重要なのは、
- 総支払額
- 保守内容
- 解約条件
- 所有権
- 自社の資金計画
を総合的に検討した上で、
納得して契約しているかどうか
です。
契約とは、
契約とは、名目ではなく実態を読み解く作業
です。
「保守契約」という言葉に安心せず、
構造を理解して判断する。
それが経営者としての契約リテラシーです。
【契約直前チェックリスト】
□ 制作費相当額はいくらと推定できるか?
□ 総支払額はいくらか?
□ 保守の具体的内容は明確か?
□ 中途解約時の支払い条件は?
□ 自動更新はあるか?
□ 支払い終了後、サイトは自社資産になるか?
□ ドメイン・データの帰属は明記されているか?
契約書とは、
取引の解像度を上げるツールです。
月額の安心感ではなく、
総額と構造を見る。
その冷静さが、
将来のキャッシュフローを守ります。

【音声解説】
本記事の内容は、
音声配信『契約書に強くなる!ラジオ』でも解説しています。
▽ 音声はこちら(stand.fm)
【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
現場で実際に使える判断基準を前提に、契約実務を整理しています。
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