ビジネス法務

【契約書のトリセツ】押しすぎると契約が遠ざかる?~”心理的安全性”がつくる〈納得の合意〉

ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。

目次

本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。


はじめに

契約書の実務では、条文の精度やリスク配分が契約の成否を決めるように見えます。
もちろん、契約書の条文構造そのものの精度は大前提であり、決して軽視できない要素です。

ただし——
実務を深く見ていくと、条文の前に押さえるべきもっと大事な“土台”があります。

それが、
「安心して本音を話せる空気=心理的安全性」です。

契約は「サインをもらう作業」ではありません。
双方が納得し、自由意思で“合意に至る過程”そのものが契約の本質です。

ところが、営業現場では「押すセールス」や「急かすクロージング」が
この“納得の構造”を壊してしまうケースが多々あります。

今回の記事では、
契約実務 × 営業心理 × 法律の原則
という3つの視点を横断しながら、
契約を前に進めるうえで最も重要な「心理的安全性」の正体と実務効果を解説します。


1. 契約の大原則:「納得した合意」がすべて

民法が規定する契約の前提は明確です。

双方が“自由意思”に基づいて“納得し”、合意すること。

この“納得”が揺らいだままサインしても、
後々のトラブルや不履行リスクにつながります。

そして、この“合意形成”の出発点にあるのが、
話せる空気=心理的安全性です。

心理的安全性が高いほど、
契約当事者は本音を語り、懸念を共有し、同じ結論に向かって歩み寄ることができます。


2. 心理的安全性とは何か?契約と営業に効く理由

心理的安全性とは、
「本音を言っても攻撃されない」「安心して意見を述べられる」状態のこと。

この概念は本来チームマネジメントの文脈で語られてきましたが、
契約実務にも強い影響を及ぼす“合意形成の基礎条件”です。

心理的安全性が低い相手は

  • 本音を言わない
  • リスクばかり探す
  • 結論を先延ばしにする
    という“防御モード”に入ります。

これは契約交渉において致命的です。

反対に心理的安全性が高いと、

  • 条文の背景まで素直に聞いてもらえる
  • 不安点を率直に共有してくれる
  • 合意可能な代替案が出てくる
    といった“合意形成の加速現象”が起きます。

3. 押すセールスが契約を遠ざけるメカニズム

「押す営業」や「すぐ決めてください」の圧力は、
心理的安全性を瞬時に破壊します。

● 営業が強いと、契約書の条文まで疑われる

押された瞬間、相手は本能的に
「裏があるのでは?」
とリスクを探し始めます。

● 急かされると、交渉が“防御”モードになる

提案の内容よりも、
「今決めていいのか?」
という不安が優先されます。

● 合意形成が遠のく

心理的安全性が崩れ、
契約書を読み合わせる段階にすら到達しません。


4. 心理的安全性が高いと「条文の読み合わせ」がスムーズになる

ここは、契約書専門家として最も強調したい部分です。

契約書の条文はどうしても専門的で難易度があります。
心理的安全性が低い状態だと、相手は:

  • 一行ごとに疑い
  • ネガティブに解釈し
  • リスクを最大化して考える

という“警戒読み”をします。

しかし、心理的安全性が高いと、
同じ条文でも反応がまったく変わります。

  • 条文の意図を素直に聞いてくれる
  • 背景事情や必要性まで理解してくれる
  • 相手から積極的に相談してくれる

結果として——
条文の読み合わせのスピードと質が圧倒的に向上する。

これは法務と営業どちらも理解しているからこそ語れる実務の真実です。


5. 契約を進める最短ルート:押さず、相手の自由を尊重する

押すほど決まらないのは、
心理的安全性を壊し、“自由意思での納得”を邪魔するからです。

反対に、

  • 一歩引く
  • 判断を急がせない
  • 相手の自主性を最大限尊重する
    ことで、合意形成は自然と前に進みます。

これは最近の事例——
日産が「売らない店」に舵を切ったという報道にも通じます。

“押して決めさせる”から、
“安心して選んでもらう”時代へ
契約の実務でも同じ流れが起きています。


6. 【条文例】合意形成の前提を整える協議条項

>(協議条項)
甲および乙は、本契約の内容について相互に十分な理解を得られるよう、
必要に応じて協議を行うものとする。
協議にあたっては、相手方の意見を尊重し、誠実に対応するものとする。

このような条文は「話せる空気」を契約上も確認するためのものです。
心理的安全性の確保は、条文の読み合わせにおいても極めて有効です。


まとめ:契約は“関係構築”の技術から始まる

契約は、書面の作業ではなく、
双方が納得して同じ方向を向くための関係構築プロセスです。

そのためには、

  • 押すセールスではなく
  • 心理的安全性を確保し
  • 本音で話せる空間を整え
  • 条文の読み合わせをスムーズにする

これが合意形成を最も早く、最も安全に進める秘訣です。

契約書はビジネスの信頼関係を形にする道具。
その前提となる“安心”を整えることが、実務では最大の近道なのです。


【音声解説】

本記事の内容は、
音声配信『契約書に強くなる!ラジオ』でも解説しています。
▽ 音声はこちら(stand.fm)


【執筆者】

ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
現場で実際に使える判断基準を前提に、契約実務を整理しています。


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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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