ビジネス法務

【契約書のトリセツ】事業承継で見直すべき契約書ー長年の取引を“ズレなく”引き継ぐためのポイント

ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。

目次

本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。


1. 「うまくいっている取引」に契約書は本当に必要か

「長年うまくいっている取引に、今さら契約書って必要なんでしょうか?」
経営者の方から、本当によくいただく質問です。
「もう20年以上の付き合いだから」
「社長同士で分かってるから大丈夫」
そういう関係。
思い当たる取引が一つや二つ、あるのではないでしょうか。

それは決して“悪い状態”ではありません。
むしろ、素晴らしい経営の結果です。

ただ、その関係を次の世代に引き継ぐ(事業を承継する)とき、本当に同じように回るでしょうか。
ここに、大きな“ズレ”の種があります。


2. 契約書は「ズレを防ぐ装置」

契約書は、トラブルを防ぐためだけのものではありません。
実務的に言えば、「認識のズレを防ぐためのツール」です。

そして事業承継の文脈では、
契約書は“現在の取引関係を凍結保存するもの”であり、
さらに言えば、
先代たちが築いてきた関係性を閉じ込めた「タイムカプセル」です。


3. 「空気で回っていた取引」がズレ始める瞬間

現場では、こんなやり取りが普通にあります。

  • 「おう、あれ頼むわ」
  • 「ハイ、いつもの感じでやっておきますね」
  • 請求は月末まとめて
  • 多少の不具合も、「今回はいいよ」で終わる

長年の信頼関係で、すべてが“空気”で回っている状態です。
ただ、ここで一つ重要なポイントがあります。こうした関係は、
仕組みで回っているのではなく、“人”で回っているということです。

同じ会社同士であっても、その空気感はそのままでは引き継がれません。
なぜか。
それは、経営者や担当者の「パーソナリティ」が違うからです。

  • どこまでを「当たり前」と考えるか
  • どこまでを「サービス」と捉えるか
  • どこからを「契約違反」と見るか

こうした判断基準は、人によって微妙に異なります。
そしてその“微妙な違い”こそが、認識のズレとして表面化するのです。

本来であれば、そのズレは対話の中で補正され、
大きな問題にならずに収まることも少なくありません。
しかし、事業承継の場面では、話が少し変わってきます。

  • 関係性がまだ十分に構築されていない
  • 「これまでのやり方」が共有されていない
  • お互いに遠慮や探りがある

こうした状況が重なることで、本来なら調整できたはずのズレが、
そのままトラブルに発展してしまうケースも実務では見受けられます。


4. 「関係性」と「認識の一致」を引き継ぐという考え方

契約書の本質は、取引の中身を言語として固定することです。

  • どうやって発注しているのか
  • どこで責任が切り替わるのか
  • トラブル時にどう対応するのか

こういった“現場の当たり前”を、言葉に置き換える作業です。
ここで重要なのは、「関係性(属人的な空気感)そのものは、
そのままでは引き継がれにくい」という点です。
上記で触れた通り、「どこまでが当たり前で、どこからが問題か」という判断基準は、
人が変われば少しずつズレてしまうからです。

一方で、受発注の流れや責任の分かれ目、トラブル時の対応方法が言葉として整理されていれば、
少なくとも出発点の認識を揃えやすくなります。
契約書は、未来のズレを小さくするための設計図でもあるのです。


5. 契約書は「歴史の翻訳」であり、雛形コピペでは機能しない

こうしたズレを防ぐためには、単に「契約書を作ればいい」という話ではありません。
“実際の取引に合った契約書を作る必要がある”という点です。

そしてこのとき、よくあるのが「とりあえず雛形を持ってきて、そのまま使う」という対応です。
しかし、雛形をそのままコピペしても、実務にはフィットしません。

なぜか。その契約書には、その会社がこれまで積み重ねてきた“取引の歴史”や
日々のやり取りの中で形成されてきた“判断基準”が入っていないからです。

だからこそ契約書づくりは、単に条文を並べる作業ではなく、これまでの取引を丁寧に振り返り、
暗黙のルールを言葉に置き換えていく“歴史の翻訳作業”になるのです。

実務では、まず丁寧なヒアリングを行います。

  • 発注方法は?(電話?メール?口頭?)
  • 検収はいつ?どの基準?
  • クレーム時の対応は?
  • 値引きや補修の判断は?

すると、ローカルルールが色々と出てきます。

  • 「軽い不具合は無償で直してます」
  • 「急ぎの時は口頭で先に動きます」
  • 「ある程度までは値引きで調整します」

これらを整理して、

  • どこまで明文化するか
  • どこは余白として残すか
  • 関係性を壊さないラインはどこか

    これを設計しながら契約書に落とし込みます。
    つまり契約書づくりとは、条文を書く作業だけではなく、
    取引の歴史を言葉に翻訳する作業
    でもあるのです。


    6. 「親しき仲にも契約書」事業承継で“ズレなく引き継ぐ”ために

    これまでの取引がうまくいっていたのは、信頼関係や、長年の積み重ね、
    言葉にしなくても通じる“空気感”があったからです。

    ただ、その多くは人に依存した関係性でもあります。
    だからこそ、事業承継のタイミングでは、

    • うまくいっている今だからこそ整理する
    • 信頼関係があるからこそ言語化する
    • 次の世代が迷わないように残す

    この視点が重要になります。

    契約書は、ビジネスを縛るものではありません。
    ビジネスを次の世代でも安定的に動かすための共通言語です。

    なお、契約書が存在しない取引が直ちに問題となるわけではありません。
    むしろ、それは高い信頼関係で商売が回っている証拠とも言えます。
    ただし同時に、人が変わったときにズレが生じやすい状態であることも否定できません。

    長年続いている取引ほど、一度立ち止まって、
    「どうやって回っているのか」を整理してみる。
    それは、過去を守るためだけではなく、次の世代が同じように取引を続けていくための準備です。

    そして契約書は、その関係性を閉じ込める「タイムカプセル」であり、
    未来の認識のズレを防ぐための「設計図」なのです。


    【音声解説】

    本記事の内容は、
    音声配信『契約書に強くなる!ラジオ』でも解説しています。
    ▽ 音声はこちら(stand.fm)


    【執筆者】

    ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
    現場で実際に使える判断基準を前提に、契約実務を整理しています。


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