ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
目次
- 1.契約書は、待つものか。出すものか。
- 2.契約書は、原則として自社から出すべきである
- 3.相手原案をそのまま受け入れて起きる典型例
- 4.契約自由の原則という「構造」
- 5.自社ひな形に組み込んでおきたい防御条項
- 6.契約書は「取引の解像度」を上げるツールである
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.契約書は、待つものか。出すものか。
「契約書はどちらが出すものなんですか?」
実務の現場で、非常によく聞かれる質問です。
- 発注者側が出すのが普通ですか?
- 受注者が出すと失礼ではないですか?
- 業界慣習ってありますよね?
たしかに業界慣行は存在します。
しかし、法律上「どちらが出すべき」という決まりはありません。
それにもかかわらず、多くの会社は相手の出方を待ちます。
本当にそれが合理的な選択でしょうか。
2.契約書は、原則として自社から出すべきである
結論は明確です。
契約書は、自社から主体的に出すべきです。
なぜなら契約書とは、
- リスク配分の設計図であり
- キャッシュフローの構造であり
- 利益モデルの骨格だからです。
先に原案を提示するということは、
「この構造で取引をしましょう」と定義すること
です。
契約書は単なる紙ではありません。
経営の設計図です。
3.相手原案をそのまま受け入れて起きる典型例
①支払サイト120日の罠
契約書にこう書かれていました。
支払期限:検収後120日以内
売上は立つ。
しかし入金は4か月後。
外注費は先払い。
人件費は毎月発生。
黒字なのに資金繰りが苦しい。
契約書はお金の流れを決めます。
※なお、支払期限の長期化については、中小受託取引適正化法(いわゆる取適法。旧下請法)との関係が問題となる場合があります。ただし、本記事の主眼は「契約設計の主体をどちらが握るか」という構造論にあるため、制度要件の詳細な解説には立ち入りません。
②知的財産権の全面帰属
本業務に関連して生じた一切の知的財産権は発注者に帰属する。
この一文で、
- 二次利用不可
- 横展開不可
- ポートフォリオ掲載不可
将来の資産まで失ってしまう可能性があり得ます。
取引類型によって設計は異なりますが、
曖昧なままにしてはいけない条項です。
③損害賠償が青天井
賠償上限が書かれていない。
数百万円の契約で、
数千万円のリスクを負う可能性がある。
これは経営上の重大リスクです。
4.契約自由の原則という「構造」
民法の大原則に「契約自由の原則」があります。
当事者は、法令の制限内で自由に契約内容を定めることができる。
ここで重要なのは「法令の制限内」という部分です。
- 任意規定には優先する
- 強行規定には優先しない
- 公序良俗違反は無効
つまり、何でも自由ではありません。
しかし、法律が細部まで設計してくれているわけでもありません。
契約書を作らなければ、法律がデフォルトになります。
契約書を作れば、自社設計が優先されます。
だからこそ、
原案を出した側が、構造を握る
のです。
アンカリング効果という心理構造
心理学には「アンカリング効果」があります。
最初に提示された条件が、
その後の判断基準になります。
契約交渉においても、
- 最初の条文構造
- 最初のリスク配分
- 最初の定義規定
が基準点になることが多いです。
相手原案を修正する交渉は、
常に相手の枠内での受動的な対応に終始してしまうことが常です。
自社原案を提示すれば、
相手が修正を提案する構造になります。
交渉がすべてアンカリングで決まるわけではありません。
しかし、出発点が思考を制約することは事実です。
5.自社ひな形に組み込んでおきたい防御条項
最低限押さえるべき条項としてが挙げられます。
①損害賠償の制限条項
例:
故意または重過失を除き、損害賠償額の上限は直近1年間に支払われた対価総額とする。
必要に応じて、
- 間接損害の除外
- 逸失利益の除外
も検討します。
青天井リスクを避けることは、経営防衛です。
②知的財産権の帰属条項
知的財産権の帰属は、取引後の収益構造を大きく左右します。
受注者をベースに考えてみると、
例えば、成果物の著作権をすべて発注者に帰属させる契約は、
- 横展開ができない
- 二次利用ができない
- 実績として自由に使えない
という制約を生みます。
場合によっては、
将来の“金のなる木”を自らみすみす手放すことにもなりかねません。
理想的には、
成果物の著作権は原則として受注者に帰属する。
という設計が考えられます。
しかし実務では、パワーバランス上、発注者帰属とせざるを得ないケースも少なくありません。
その場合でも、何も手当てをしないのではなく、
- ポートフォリオ利用の許可
- 実績公開の合意
- ノウハウ部分の利用継続
- 汎用的技術の自由利用
といった利用権の留保を設計することが重要です。
帰属が譲歩事項であったとしても、
どこまで“使える権利”を確保できるか。
そこに設計の余地があります。
重要なのは、理想を掲げることではなく、
最低限の実を取りにいくことです。
③解除条項
契約書は、うまくいく前提で設計されがちです。
しかし現実には、
- 約束した期日になっても入金がない
- 「もう少し待ってほしい」と繰り返される
- 会社の評判が悪くなっていると耳に入る
- 取引先の経営が怪しくなってきた
といった事態が起こります。
そのときに重要なのは、
どれだけ早く手を打てるかです。
たとえば、基本形としては次のような条文があります。
相当期間を定めた催告後も履行されない場合、契約を解除できる。
これは標準的な設計です。
しかし、迅速性を重視するなら、さらに踏み込みます。
■ 無催告解除条項
相手方に重大な契約違反があった場合、催告を要せず直ちに解除できる。
■ 期限の利益喪失条項
支払遅延が発生した場合、相手方は期限の利益を喪失し、残債務を直ちに一括して支払う。
■ 中途解約条項(任意解約)
〇日前の書面通知により、理由を問わず本契約を解約できる。
もちろん、無催告解除は信義則との関係で慎重な設計が必要ですし、
取引関係を一気に壊すリスクもあります。
しかし、
- 解除できない構造
- 一括請求できない構造
- 手を打てない構造
の方が、経営リスクは大きい。
重要なのは、
いざというときに動ける設計を持っていることです。
④AI等を活用したひな形整備
現在は、
- 生成AIによるドラフト作成
- 公的モデル契約書
- 業界標準テンプレート
を活用できるケースも多くなってきました。
ただし、これらへの全幅の信頼はとても危険です。
- 自社リスクを書き出し
- 想定トラブルを整理し
- それを条文化する
このプロセスが不可欠です。
AIは思考の補助装置です。
責任主体は常に自社です。
6.契約書は「取引の解像度」を上げるツールである
契約書は単なる形式ではありません。
それは、
- 誰がどこまで責任を負うのか
- いつお金が動くのか
- 何が自社の資産として残るのか
を言語化するものです。
自社から契約書を出すということは、
取引の解像度を上げるということです。
解像度が上がれば、
- 交渉は戦略になります
- リスクは可視化されます
- 利益構造は設計可能になります
契約は契約は設計です。
設計を他人に委ねない。
それが、「契約書に強くなる」ということにも繋がります。

【音声解説】
本記事の内容は、
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【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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