ビジネス法務

【契約書のトリセツ】契約書は「相手から出してもらうもの」なのか?―原案を出す側が、取引の主導権を握るという話

ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。

目次

本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。


1.契約書は、待つものか。出すものか。

「契約書はどちらが出すものなんですか?」

実務の現場で、非常によく聞かれる質問です。

  • 発注者側が出すのが普通ですか?
  • 受注者が出すと失礼ではないですか?
  • 業界慣習ってありますよね?

たしかに業界慣行は存在します。
しかし、法律上「どちらが出すべき」という決まりはありません。

それにもかかわらず、多くの会社は相手の出方を待ちます。

本当にそれが合理的な選択でしょうか。


2.契約書は、原則として自社から出すべきである

結論は明確です。

契約書は、自社から主体的に出すべきです。

なぜなら契約書とは、

  • リスク配分の設計図であり
  • キャッシュフローの構造であり
  • 利益モデルの骨格だからです。

先に原案を提示するということは、

「この構造で取引をしましょう」と定義すること

です。

契約書は単なる紙ではありません。
経営の設計図です。


3.相手原案をそのまま受け入れて起きる典型例

①支払サイト120日の罠

契約書にこう書かれていました。

支払期限:検収後120日以内

売上は立つ。
しかし入金は4か月後。

外注費は先払い。
人件費は毎月発生。

黒字なのに資金繰りが苦しい。

契約書はお金の流れを決めます。

※なお、支払期限の長期化については、中小受託取引適正化法(いわゆる取適法。旧下請法)との関係が問題となる場合があります。ただし、本記事の主眼は「契約設計の主体をどちらが握るか」という構造論にあるため、制度要件の詳細な解説には立ち入りません。

②知的財産権の全面帰属

本業務に関連して生じた一切の知的財産権は発注者に帰属する。

この一文で、

  • 二次利用不可
  • 横展開不可
  • ポートフォリオ掲載不可

将来の資産まで失ってしまう可能性があり得ます。

取引類型によって設計は異なりますが、
曖昧なままにしてはいけない条項です。

③損害賠償が青天井

賠償上限が書かれていない。

数百万円の契約で、
数千万円のリスクを負う可能性がある。

これは経営上の重大リスクです。


4.契約自由の原則という「構造」

民法の大原則に「契約自由の原則」があります。

当事者は、法令の制限内で自由に契約内容を定めることができる。

ここで重要なのは「法令の制限内」という部分です。

  • 任意規定には優先する
  • 強行規定には優先しない
  • 公序良俗違反は無効

つまり、何でも自由ではありません。

しかし、法律が細部まで設計してくれているわけでもありません。

契約書を作らなければ、法律がデフォルトになります。
契約書を作れば、自社設計が優先されます。

だからこそ、

原案を出した側が、構造を握る

のです。


アンカリング効果という心理構造

心理学には「アンカリング効果」があります。

最初に提示された条件が、
その後の判断基準になります。

契約交渉においても、

  • 最初の条文構造
  • 最初のリスク配分
  • 最初の定義規定

が基準点になることが多いです。

相手原案を修正する交渉は、
常に相手の枠内での受動的な対応に終始してしまうことが常です。

自社原案を提示すれば、
相手が修正を提案する構造になります。

交渉がすべてアンカリングで決まるわけではありません。
しかし、出発点が思考を制約することは事実です。


5.自社ひな形に組み込んでおきたい防御条項

最低限押さえるべき条項としてが挙げられます。

①損害賠償の制限条項

例:

故意または重過失を除き、損害賠償額の上限は直近1年間に支払われた対価総額とする。

必要に応じて、

  • 間接損害の除外
  • 逸失利益の除外

も検討します。

青天井リスクを避けることは、経営防衛です。

②知的財産権の帰属条項

知的財産権の帰属は、取引後の収益構造を大きく左右します。

受注者をベースに考えてみると、
例えば、成果物の著作権をすべて発注者に帰属させる契約は、

  • 横展開ができない
  • 二次利用ができない
  • 実績として自由に使えない

という制約を生みます。

場合によっては、
将来の“金のなる木”を自らみすみす手放すことにもなりかねません。

理想的には、

成果物の著作権は原則として受注者に帰属する。

という設計が考えられます。

しかし実務では、パワーバランス上、発注者帰属とせざるを得ないケースも少なくありません。

その場合でも、何も手当てをしないのではなく、

  • ポートフォリオ利用の許可
  • 実績公開の合意
  • ノウハウ部分の利用継続
  • 汎用的技術の自由利用

といった利用権の留保を設計することが重要です。

帰属が譲歩事項であったとしても、
どこまで“使える権利”を確保できるか。

そこに設計の余地があります。

重要なのは、理想を掲げることではなく、
最低限の実を取りにいくことです。

③解除条項

契約書は、うまくいく前提で設計されがちです。

しかし現実には、

  • 約束した期日になっても入金がない
  • 「もう少し待ってほしい」と繰り返される
  • 会社の評判が悪くなっていると耳に入る
  • 取引先の経営が怪しくなってきた

といった事態が起こります。

そのときに重要なのは、
どれだけ早く手を打てるかです。

たとえば、基本形としては次のような条文があります。

相当期間を定めた催告後も履行されない場合、契約を解除できる。

これは標準的な設計です。

しかし、迅速性を重視するなら、さらに踏み込みます。

■ 無催告解除条項

相手方に重大な契約違反があった場合、催告を要せず直ちに解除できる。

■ 期限の利益喪失条項

支払遅延が発生した場合、相手方は期限の利益を喪失し、残債務を直ちに一括して支払う。

■ 中途解約条項(任意解約)

〇日前の書面通知により、理由を問わず本契約を解約できる。

もちろん、無催告解除は信義則との関係で慎重な設計が必要ですし、
取引関係を一気に壊すリスクもあります。

しかし、

  • 解除できない構造
  • 一括請求できない構造
  • 手を打てない構造

の方が、経営リスクは大きい。

重要なのは、
いざというときに動ける設計を持っていることです。

④AI等を活用したひな形整備

現在は、

  • 生成AIによるドラフト作成
  • 公的モデル契約書
  • 業界標準テンプレート

を活用できるケースも多くなってきました。

ただし、これらへの全幅の信頼はとても危険です。

  • 自社リスクを書き出し
  • 想定トラブルを整理し
  • それを条文化する

このプロセスが不可欠です。

AIは思考の補助装置です。
責任主体は常に自社です。


6.契約書は「取引の解像度」を上げるツールである

契約書は単なる形式ではありません。

それは、

  • 誰がどこまで責任を負うのか
  • いつお金が動くのか
  • 何が自社の資産として残るのか

を言語化するものです。

自社から契約書を出すということは、
取引の解像度を上げるということです。

解像度が上がれば、

  • 交渉は戦略になります
  • リスクは可視化されます
  • 利益構造は設計可能になります

契約は契約は設計です。

設計を他人に委ねない。
それが、「契約書に強くなる」ということにも繋がります。


【音声解説】

本記事の内容は、
音声配信『契約書に強くなる!ラジオ』でも解説しています。
▽ 音声はこちら(stand.fm)


【執筆者】

ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
現場で実際に使える判断基準を前提に、契約実務を整理しています。


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