ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
1.自分では「良い話」をしているつもりだった
先日、『法律文章読本』の出版記念セミナーをオンラインで聴講しました。
テーマは、「伝わる法律文章の秘訣ってなんだろう?」というものです。
その中で議論されていたのが、法律文章における「正確さとわかりやすさのバランス」でした。
法律に関する話には、信頼性と正確性が求められます。
「契約書上、この条文はどのように解釈されますか」と聞かれたときに、「こんな感じだと思いますよ」と曖昧に答えるわけにはいきません。
一方で、
原則はこうです。ただし、この場合には例外があります。過去の判例ではこう判断されていますが、その例外として……
と延々と説明しても、初めて学ぶ方には伝わりません。
実は、私もセミナー講師を始めた頃、法務的なロジックをそのまま右から左にお伝えすれば、受講生の皆さんにとって勉強になると思っていました。
自分では「すごく良い話をした」と思っていたのです。
ところが、アンケートには、
今日の講師の話はつまらなかった。
とはっきり書かれてしまいました。これは、かなりショックでした。
2.知識を披露することが講師の仕事ではない
今振り返れば、当時の私は「自分が何を話したいか」ばかりを考え、「受講生が何を知りたいか」を十分に考えていませんでした。
セミナーの目的は、講師が持っている知識をすべて披露することではありません。
受講生に重要なことを持ち帰ってもらい、その後の行動を少しでも変えてもらうことです。
契約書のセミナーであれば、
- 契約書を受け取ったら、まず何を確認するのか
- 危険な条件を見つけたら、社内の誰に相談するのか
- 取引先に対して、どのように修正をお願いするのか
といった行動につながらなければなりません。
受講生の頭の中に法律知識を置いて帰ってもらうだけではなく、翌日からの仕事で使ってもらう。
そのためにコンテンツをどう組み立てるかを考えるのが、講師の仕事なのだと思います。
3.セミナーは最後まで聴いてもらえるとは限らない
今回のセミナーで、私なりの金言だと感じた言葉があります。
相手も忙しいということを肝に銘じよ。
自分も忙しいですが、相手も忙しいのです。
セミナーへ参加している間も、メールが入るかもしれません。急ぎの電話がかかってくることもあります。オンラインセミナーであれば、画面の向こうで別の仕事をしている方もいるでしょう。
講師の話に最初から最後まで興味を持ち、すべて集中して聴いてもらえるとは限りません。
以前の私は、
原則
↓
例外
↓
結論
という順番で話していました。
しかし、結論へたどり着くまでに受講生の集中力が切れてしまえば、最も伝えたいことが届きません。
そこで現在は、できる限り「結論ファースト」を心掛けています。
結論
↓
なぜそうなるのか
↓
例外はあるのか
↓
実務で何をすればよいか
この順番であれば、途中までしか聴けなかった方にも、最低限の重要事項は伝わります。
4.90分なら、最初の30分に重要なことを詰め込む
私は現在、90分のセミナーであれば、最初の30分に重要なことをギュッと凝縮することがあります。
極端にいえば、
最初の30分だけでも、これだけは持ち帰ってください。あとの60分は、自分に必要なところを聴いてくださいね。
という設計です。
もちろん、後半を手抜きするという意味ではありません。
前半で全体像と最も重要なポイントを示し、後半で具体例や例外、ケーススタディを深掘りしていきます。
| 時間帯 | 主に伝える内容 |
|---|---|
| 最初の30分 | 結論、全体像、必ず覚えてほしいこと |
| 中盤 | なぜそうなるのか、法律や制度の基本 |
| 後半 | 具体例、例外、実務上の対応方法 |
契約書を読むための「地図」を最初に渡し、その後で具体的な歩き方を説明するイメージです。
先に全体像がわかっていれば、受講生も「今はどの話をしているのか」を見失いにくくなります。
5.どこまで例外を説明するかは、今でも悩む
わかりやすさを優先しすぎると、専門家から「それは間違っている」「端折りすぎだ」と指摘される可能性があります。
しかし、原則があり、例外があり、さらに例外の例外があるからといって、そのすべてを初学者へ一度に説明すればよいわけでもありません。
情報量が多すぎれば、肝心の原則さえ伝わらなくなるからです。
私が意識しているのは、「間違ったことは言わない」という一線を守りながら、誰に向けたセミナーなのかによって説明の深さを変えることです。
| 受講者 | 最初に伝えること |
|---|---|
| 経営者 | 会社にどのような損失が生じるのか |
| 営業担当者 | 顧客へ何を説明すればよいのか |
| 現場担当者 | いつ、誰に、何を報告するのか |
| 新任法務担当者 | まず覚えるべき原則は何か |
| 法務経験者 | 根拠、例外、判例をどう整理するか |
正確さとわかりやすさの間に、誰にでも共通する完璧な答えがあるわけではありません。
受講者の立場を考え、その都度バランスを取る。
これがなかなか難しいということを実感する日々です。
6.スライドのフォントや余白もコンテンツの一部
セミナーの内容が同じでも、スライドの見せ方によって伝わり方は変わります。
小さな文字で情報をびっしり詰め込んだスライドを映し、「ここに全部書いてあります」と説明しても、受講生はどこを見ればよいのかわかりません。
私は契約書を作るとき、どちらかというとゴシック系のフォントを使うのが好みですが、セミナースライドでも、読みやすいフォントと文字サイズを意識しています。
マニアックなフォントを使うと、正しく表示されないこともあります。
また、文字が詰まっていると、内容まで堅苦しく、ギチギチしたものに感じられることがあります。
ドギツイ表現が、より圧を伴って見えてしまうのかもしれません。
フォント、文字の大きさ、余白、色の使い方、図表を入れる位置。
これらは飾りではありません。どこを見て、何を覚えてもらうかを導く、コンテンツそのものです。
7.専門用語は避けるのではなく、翻訳して渡す
契約書や法律は日本語で書かれています。外国語ではありません。
ただし、専門用語については、外国語の単語やイディオムのように意味を覚える必要があります。
だからといって、専門用語をすべて避けてしまえば、受講生が実際の契約書を読めるようにはなりません。
私は、専門用語を隠すのではなく、
この言葉は、普段の仕事でいうとこういう意味です。
と翻訳して渡すようにしています。
最初は優しい言葉で全体像を理解してもらい、その後で正式な法律用語を結び付ける。
「契約不適合責任」という言葉を暗記してもらうことより、「納品後に不具合が見つかったとき、誰がどこまで対応するのかを決めるルールです」と理解してもらう方が先です。
そうすれば、専門用語が単なる難しい言葉ではなく、日常の業務とつながってきます。
8.まとめ|受講生の行動が変わって、初めて伝わったといえる
セミナー講師を始めた頃の私は、たくさんの知識を話せば、よいセミナーになると思っていました。
今は違います。何を話したかよりも、受講生に何が残ったか。その後、どのような行動につながったかが重要です。
セミナーは、最後まで聴いてもらえるとは限りません。
だからこそ、重要なことは最初に伝える。受講者の立場に合わせて情報量を調整する。
専門用語を日常の仕事に翻訳する。スライドのフォントや余白にも気を配る。
そして、間違ったことは言わない。
「相手も忙しいということを肝に銘じよ」この言葉を忘れず、限られた時間の中で、正確かつわかりやすく伝える。
その結果として、受講生の明日からの行動が少しでも変わる。
それが、私がセミナーコンテンツをつくるときに、最も心掛けていることです。

【音声解説】
本記事の内容は、
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🔎 参考記事
ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
ご関心があれば、あわせてご覧ください。
【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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