ビジネス法務

「契約書、読んでなかった…」ではもう遅い!起業前に知っておくべき契約のリアル

ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。

起業とは、夢や情熱を社会に投じ、経済的な価値として回収する営みです。
その中でも、「契約を締結し、対価を得る」という行為は、起業家の責任の中核をなします。
見込み客にアプローチし、提案を行い、信頼を築き、合意を得て仕事として形にする。
つまり、起業家の仕事とは「契約を成立させ、履行すること」そのものなのです。

ところが、実際には「契約書にサインする」という行為の重大性や、そこに記された文言の意味を、起業家自身が十分に理解しないままビジネスを始めてしまうケースも少なくありません。

近年、「起業支援」「スタートアップ講座」といったセミナーが各地で盛んに開催されています。
SNSマーケティングやブランディング、資金調達ノウハウなど、情報発信や集客に関する学びは充実しています。

しかし、こうしたセミナーの多くは、「契約」という実務の根幹部分に踏み込むことなく終了してしまうことが多いのも事実です。

商品が売れても、フォロワーが増えても、「契約」という法的裏付けがなければ、トラブルが起きた際に自らの立場を守るのは困難になります。
口約束や“信頼ベース”だけでは通用しないのが、現実のビジネスの世界です。

ビジネス契約書専門の行政書士/ビジネス法務コーディネーター®として、私が日々耳にする相談の中には、次のような言葉が頻繁に登場します。

「知人の紹介で仕事を請けたのですが、報酬が未払いのままです」
「契約書を作らずに始めたところ、後から相手の主張が一方的に変わってしまいました」
「結果的に泣き寝入りしましたが、まあ、いい勉強になったと思っています」

この「いい勉強になった」という言葉を、私は全否定しようとは思いません。
しかしながら、本来なら“そんな勉強はしなくて済んだはず”なのです。

誤解してはならないのは、「契約書がない=契約が無効」ということではない、という点です。
民法上、契約は口頭でも成立します(民法第522条)。
しかし、書面がないことで「言った」「言わない」の争いになったとき、証明手段が乏しくなります。

すなわち、“契約がなかった”のではなく、“契約を証明できない”状態に陥るのです。
その結果、自分に有利な条件だったとしても、法的保護が得られないことがあります。

これは法学の有名な格言です。ラテン語では:
“Vigilantibus non dormientibus jura subveniunt”
(=「自己の権利を自覚し、行使する者にこそ、法の救済が与えられる」)

契約書を交わさずにビジネスを始めた起業家が、後から「そんなつもりじゃなかった」と主張しても、
法の側はこう問います:「なぜ書面を残さなかったのか?」と。

起業家は、自らの判断でビジネスの方向性を決めていく存在です。
であればこそ、自らが署名する文書の意味を理解し、リスクを引き受けた上で契約を締結するという姿勢が必要不可欠です。

契約書に目を通さずにサインすることは、地図を読まずに航海に出るようなもの。
その先に嵐が待っているかどうか、誰にも分かりません。

あるとき、法学部ではない大学生に契約書を読んでもらったところ、こんな声が返ってきました:

「“甲”“乙”って何ですか? 読みづらいです」

→ 契約書に頻出する「甲」「乙」という表現は、当事者の名前を何度も繰り返す代わりに用いる略記号です。
ただし、そこに「甲=上、乙=下」という力関係は本来含まれていません。

「“善良な管理者の注意”って何をすればいいんですか?」

→ これは「善管注意義務」と呼ばれ、“その分野の専門家として、当然払うべき注意を怠らない”ことを意味します。
怠ると、損害賠償責任を問われる可能性もあります。

「“協議のうえ決定する”って、相手が協議に応じなかったらどうするんですか?」

→ これは非常に重要な視点です。
契約書に「協議により決定する」と書いてあっても、協議不成立時の対応が書かれていなければ、実務上は“詰み”になることも。

このように、“読んでみる”だけでも、契約書のリスクや弱点に気づけるのです。
法律を本格的に学んだことがなく、ビジネスの最前線に立ったことがない大学生でもこれだけ本質的な気づきがあることにびっくりしました。
これから本格的にビジネスをはじめようとしようとしている起業家が何の気づきもないはずはないとわけがありません。

① 賃貸借契約書(オフィスや店舗を借りる際)

【賃貸借契約書(抜粋)】

第1条(目的物)
甲(貸主)は乙(借主)に対し、下記の建物を賃貸し、乙はこれを賃借する。
所在地:〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目〇番
建物名称:〇〇ビル〇階部分

第2条(賃料)
乙は、毎月〇日限り、月額〇〇円を甲の指定口座に振り込む方法により支払う。

第3条(契約期間)
本契約の期間は、令和〇年〇月〇日から令和〇年〇月〇日までとする。

第4条(原状回復)
乙は、本契約終了時に目的物を原状に復して返還する。

第5条(中途解約)
乙は、1か月前までに書面で通知することにより中途解約できる。

② 業務委託契約書(仕事を請け負う、仕事をアウトソーシングする際)

【業務委託契約書(抜粋)】

第1条(業務内容)
乙(受託者)は、甲(発注者)から依頼された以下の業務を遂行する。
・〇〇の企画・制作業務
・納期:令和〇年〇月〇日まで

第2条(報酬)
甲は、業務完了後、乙に対して〇〇円(税別)を支払う。

第3条(成果物の著作権)
本業務により作成された成果物の著作権は、納品と同時に甲に譲渡される。

第4条(秘密保持)
乙は、本業務に関連して知り得た甲の秘密情報を第三者に漏らしてはならない。

第5条(契約解除)
甲または乙は、相手方が契約に違反したときは、催告の上、本契約を解除できる。

③ 秘密保持契約書(NDA)

【秘密保持契約書(抜粋)】

第1条(目的)
本契約は、業務上の協議に際して開示される秘密情報の取扱いを定めるものである。

第2条(秘密情報の定義)
「秘密情報」とは、口頭・書面・電子的手段を問わず開示された、技術・営業・業務上の一切の情報を指す。

第3条(秘密保持義務)
受領者は、秘密情報を第三者に開示または漏洩してはならず、本契約の目的以外に使用してはならない。

第4条(除外事項)
以下に該当する情報は秘密情報から除外する。
(1) 公知となった情報
(2) 既に保有していた情報
(3) 正当な手段により第三者から取得した情報

第5条(契約期間)
本契約は署名日から1年間有効とし、秘密保持義務は終了後も3年間存続する。

生成AIは、契約書の理解や読み解きのサポートにおいて非常に心強い存在です。

  • 条文の言い換えや解釈の補助
  • よくあるトラブル事例の提示
  • 類似条項との比較

などを通じて、理解を助けてくれます。

ただし、判断に迷ったときには、専門家の助言を仰ぐのが安心です(2025年5月現在)。

なぜなら、契約書には次のような“文脈”が複雑に絡んでくるからです:

  • 自分が売主か買主かという立場の違い
  • 相手方との交渉力の差や、業界内での慣行・通念
  • 取引対象の性質や将来にわたるリスクの所在

さらに、契約とは「人と人との約束」です。
条文には現れない、信頼関係や温度感といった“エモーショナルな要素”も、契約交渉や運用には影響します。

※なお、法的には条文(合意内容)が最優先されるため、感情面は直接の効力とはなりませんが、実務では極めて重要な判断材料になります。

こうした要素を含めて総合的に判断する際には、現場経験を持つ専門家の視点が、大きな支えになるはずです。

生成AIを“学びのパートナー”として活用しつつ、迷ったときには専門家の意見も聞いてみる――
それが今の時代にふさわしい、契約書との向き合い方です。

契約書は、“読む人”にこそ、味方する道具です。

起業の準備を進めるあなたへ。
ぜひ一度、契約書を1枚だけでも読んでみてください。

そこには、あなたや会社を守る言葉が、必ず書かれているはずです。

音声配信アプリstand.fm「契約書に強くなるラジオ」では、上記についてのコンテンツも公開しております。
▽音声をお聴きになるには、以下をクリックください(音声配信アプリstand.fmへ)。

足下を固め、自分自身を守り、そして、「成し遂げたいこと」や「夢」の実現に近づけるための契約知識について、このブログや、音声配信「契約書に強くなる!ラジオ」でお伝えしていきますので、今後ともご期待、ご支援いただければ幸いです。

「こんなことに困っている!」など、契約書に関するご質問がありましたら、ブログ等で可能な限りお応えしますので、上記「お問い合わせ」より、お気軽にお寄せください。
また、商工会議所などの公的機関や、起業支援機関(あるいは各種専門学校)のご担当者で、
「契約知識」に関するセミナー等の開催をご検討されている方
講師やセミナー企画等の対応も可能ですので、お気軽にお問い合わせください。

最後まで、お読みくださりありがとうございました。

【契約書のトリセツ】入金を早くするための契約条項前のページ

【契約書のトリセツ】先に納品、あとで契約書でも問題ない?次のページ

関連記事

  1. ラジオ

    「契約書に強くなる!ラジオ」2023年7月

    ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。ビジネス契約書専門の行…

  2. 契約書

    実務に落とし込めない契約は“違反”かも? 生成AI時代に見直したい「契約と業務」のズレ

    ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約…

  3. ビジネス法務

    「この限りではない」ってどういう意味?──若手営業でもわかる!契約書の読み解き方

    ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約…

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


ご連絡先

行政書士大森法務事務所
home@omoripartners.com
048-814-1241
〒330-0062
埼玉県さいたま市浦和区仲町2-5-1-B1
▼契約書類作成
▼セミナー講師依頼
(契約書、ビジネス法務、コンプライアンス)
▼台本作成
(研修動画、ナレーション、ラジオ番組)

stand.fm「契約書に強くなる!ラジオ」【週2回(水・日)更新】
FM川口「ちょいワルMonday」【毎月第2第4月曜日19:00~生放送】
2025年6月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30  
PAGE TOP