ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
はじめに
本シリーズ「契約書実務ノート」は、契約書業務の“気づき”を蓄積するノートです。
契約書のひな形をどう読むか? クライアントにどう説明するか? そして、条文のどこにリスクが潜んでいるか?
行政書士をはじめとする実務家の方々に向けて、私が日々の実務で得られた気づきや知見を少しずつ綴っていくシリーズです。
“契約書作成業務の奥行き”を一緒に深めていきましょう。
契約書を作る立場として、“書く”ことばかりに意識が向きがちですが、
実は“書かない”という判断にも深い意味があります。
ときにはリスク、そしてときには交渉の余白。
空白には、設計者の意思が宿るのです。
この記事では、契約書の“空白”が持つ実務上の意味と、
「契約書の設計者」として、ライティング・レビューでどう向き合うべきかを、綴ってみたいと思います。
空白に問われるのは“判断の有無”
契約書に記載されていない=抜け漏れとは限りません。
実際には、「あえて書かない」ことが戦略的判断であるケースも多く、
設計側としてはその“空白”の意味を理解・説明できる必要があります。
問題は、その空白が意図的なのか、結果的なのか。
そしてそれが、誰にどう影響するかです。
なぜ書かないのか?その背景を整理する
「書いてないこと」は、次のような意図による場合があります:
- 交渉の空気を壊したくない
(例:損害賠償の上限、責任制限をあえて盛り込まない) - 都度対応を前提とする運用を想定
(例:支払条件、成果物の仕様など柔軟な取り扱い) - 合意形成が困難な項目の棚上げ
(例:知的財産権の帰属、共同研究の成果物など未決定の部分) - 実務で過度に硬直化することを避ける
(例:検収の条件や日数をあえて明文化しない)
“書かない”のは、逃げではなく、実務上の必要性に基づく判断であるケースもあるのです。
空白は悪用もされる。誰が相手かを見極める
空白が存在することで交渉余地が生まれますが、
それを都合よく解釈してくる相手も少なくありません。
特に注意すべきは次のようなパターンです:
- 契約不慣れな当事者:「これって普通こうしてくれるもんですよね?」
- 感覚型の発注者:「契約に書いてないから、柔軟に対応してくれると思ってた」
- 交渉慣れした法務部や上場企業:「明記されていない以上、うちの社内ルールでいきます」
このように、空白は“弱い側”だけでなく“強い側”にとっても使いやすいツールです。
ライティング側としては、空白を「誰に」「どのように」使われる可能性があるかを事前に見極める力が求められます。
空白を残すときに設計者が行うべきこと
“書かない”という選択には、補完策とのセット運用が不可欠です。
以下のような対応をおすすめします:
- 「なぜ書かなかったのか」を社内メモ・ドラフト履歴・レター記録に残す
→ 将来の問合せ・説明責任に備えられます - 空白項目については、別途メールや議事録で認識をすり合わせる
→ 条文化しない代わりに、実務で共有 - 「別途協議」「必要に応じて定める」などの緩やかな表現で余白を残す
→ 不確定要素に柔軟に対応できる - 補助的に備忘録や議事録で残すことを“合意形成の一部”と考える
→ ビジネス文書にして、何かトラブルが生じた場合に備えて説明可能な材料は必ず残す
空白を設計するということは、責任と論理を持って“書かない”を選ぶことなのです。
「書かない」という選択は高度なスキル
契約初心者は「全部書けば安心」と考えがちです。
しかし実務のプロフェッショナルは、“書かないことで守る”という選択肢も持っています。
たとえば:
- 相手の反応を見て、あえて曖昧にとどめる
- 社内でまだ意思決定できていない項目は、別紙や口頭合意で管理
- 明文化することで逆にリスクが拡大する場合は、避ける
これは単なる条文作成のテクニックではなく、設計のセンスと判断力の領域です。
「書かないことも設計である」――この意識が持てたとき、契約書ライティングは一段階進化します。
契約書を設計する側としての心得
契約書の空白を活かすか、潰すか。
その選択には、法的知識だけでなく、相手理解やリスク管理の視点が問われます。
✅ 設計者の心得として押さえておきたい3つのこと:
- 空白を恐れず、意図を持って扱うこと
- 空白がもたらす“柔軟性と危うさ”を同時に見極めること
- “書いていないこと”について、説明できる準備をしておくこと
契約書とは、言葉の羅列ではなく、ビジネスの地図です。
その空白は、未決ではなく、設計者が描いた“余白”なのです。
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