ビジネス法務

「法律的に正しい」だけでは通用しない?~契約実務の現場で求められる“経営のリアリティ”~

ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。

法学部で契約法を学んでいると、契約書というのは法律に基づいて書かれる“きちんとした書面”というイメージを持ちがちです。実際、民法をベースにした典型契約(売買、賃貸借、請負など)を学ぶ中で、契約書の条文例にも触れることがあるでしょう。

しかし、企業法務の現場に出てみると、そこで求められる契約書は、民法で学ぶ契約の型とはかなり違うということに気づきます。

実務で作られる契約書は、単に法的に正しいだけでなく、

  • 現場できちんと運用できるか?
  • 取引先との関係性に配慮しているか?
  • 経営としてリスクを許容できる内容か?

といった要素を含めて、「現場に根ざした契約書」である必要があるのです。

実際に、企業法務や契約支援に携わっていると、契約書に不慣れな若手ビジネスパーソンからこんな声を聞くことがあります。

  • 「契約書って民法で学んだよりもずっと複雑で…」
  • 「雛形を参考にして作ったけど、これでいいのか自信がない…」
  • 「委任?請負?どっちの契約になるのか判断がつかない…」

この感覚はとても自然なもので、なぜなら実務で交わされる契約は“典型契約の枠”にきれいに収まらないことが多いからです。

現場で使われる契約の多くは、請負と委任が混ざっていたり、役務提供だけでなく成果物の納品も求められたり、いわば“ハイブリッド型契約”です。そうした契約を、民法の教科書どおりに分類しようとすると、かえって混乱してしまうこともあります。

法学的には、契約書は「紛争時の証拠」や「権利義務の明確化」のための文書とされますが、実務ではむしろこう捉えたほうがしっくりきます。

契約書(とりわけビジネス契約書)とは、
「企業と企業の間で“お金がどう流れるか”を定めたビジネス文書」である。

契約書を読む際にまず注目すべきは、

  • いつ、いくらもらえるのか(報酬・代金)
  • どのような支払条件か(締め日・支払日)
  • 不備や不具合があった場合の責任範囲(瑕疵担保責任・損害賠償など)

といった“キャッシュインとキャッシュアウトの設計”です。

たとえば、支払期日が「検収完了後の翌々月末」となっていた場合、検収が遅れると支払いもどんどん先送りされてしまいます。このように、契約書のわずかな文言が、資金繰りや経営に直結するのです。

ここで、もう一歩踏み込んだ実務の話をしましょう。

たとえば契約書の中に、こんな条文があるとします。

「契約違反や不履行があった場合は、発注者に生じた損害のすべてを無制限に補償するものとする。」

これは、法的には有効な条項とされる場合もあります。ただし、契約相手との規模や資金力に差がある場合、そのインパクトは絶大です。

特に中小企業やスタートアップのように資金体力が限られている場合には、

「万が一、数千万円~数億円規模の損害賠償が発生したら、とても払えない」
「そんなリスクを負うくらいなら、契約を締結しないほうがいいのでは?」

といった経営的判断が生まれます。

さらに実務では、こうした損害賠償リスクに備えるために、

高額な損害賠償保険への加入を求められる

ということも少なくありません。

その保険料が年間で数十万円、時には百万円を超えることもあります。こうなると、取引自体が成立したとしても、固定費としての保険料が重くのしかかり、経営を圧迫するという本末転倒な状況にもなりかねません。

このように、法的には整っていても、経営的にはリスクが過大で、持続可能ではない契約が存在するのです。

こうした現実を踏まえると、企業法務に求められる役割が見えてきます。それは、単に「法的に正しい契約書」を作るのではなく、

“その会社にとって、無理のない範囲で、最適なリスク設計ができる契約書”をつくること。

つまり、「ビジネスとしての落としどころを探る調整」が、企業法務の重要な仕事になるのです。

法学部で学んだ理論に忠実なだけでは、現場では通用しない。
契約相手との力関係、業界の慣習、相手の交渉スタンス…それらを踏まえたうえで、「これなら現実的に運用できる」という形に落とし込む必要があります。

契約実務の現場で、自分が用意した契約書案に対して相手方や上司からこんな反応をもらうことがあります。

「うーん、それはちょっと…」

この「ちょっと…」の一言には、たいてい明確な理由があります。

  • 業界の商慣習と合っていない
  • 過去のトラブル事例が頭によぎる
  • 現場のオペレーションに合わない
  • 金銭的・精神的に受け入れがたい

といった、“表には出てこない事情”が隠れていることが多いのです。

企業法務としては、ここで「それはそもそも法的に妥当ですよ」と突っぱねるのではなく、

「何が“ちょっと”なのかを丁寧に聞き出し、最適な落とし所を探っていく」

という“調整力”が問われます。

法学部で学ぶ契約法は、非常に重要な基礎知識です。ただし、それをそのまま現場に持ち込もうとしても、必ずしもフィットするとは限りません。

企業法務の現場で求められる契約書とは、

  • 経営的なリスクを踏まえた設計がなされている
  • 現場で運用しやすいルールとして機能する
  • 相手との信頼関係を維持しながら、自社を守る

そうした“リアリティ重視”の文書です。

だからこそ、契約書の実務では「法律的な正しさ」と「経営的な妥当性」の両立が不可欠です。

これから企業法務を目指す皆さんには、ぜひ民法の知識をベースにしつつ、現場に寄り添うバランス感覚を磨いていっていただけたらと思います。

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