ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)/ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
はじめに
春は、出会いと別れ、そして新たな挑戦が芽吹く季節です。人事異動、新入社員の配属、昇進や昇格など、会社の中でも“新しいスタート”が生まれるタイミング。
この時期になると、法務部で働く方やこれから法務を目指す方から、こんな質問をよくいただくようになります。
「行政書士の資格って、会社の中で役に立ちますか?」
かつて私も、法務部門に所属しながら同じ疑問を抱いていた一人です。
現在は行政書士として独立していますが、その経験を振り返っても「行政書士試験の勉強は、企業法務に携わる人にとって十分価値がある」と断言できます。
もちろん、資格というものは“取ればすぐ昇進”といった単純なものではありません。
それでもなお、法務パーソンにとって行政書士試験は、「知識を体系化する」「法務スキルを底上げする」「外部とのやりとりをスムーズにする」といった意味で、極めて実用的です。
本記事では、現場のリアルな声と最新の労働市場の動向も踏まえながら、行政書士試験の勉強が法務キャリアにどのような“プラス”をもたらすのかを、多角的に解説します。
よくある質問:行政書士の資格は出世や異動に有利?
このテーマでよくいただくご質問は、以下のようなものです。
- 行政書士を取ると処遇が良くなりますか?
- 業績評価に加点されますか?
- 法務部に異動できる可能性が上がりますか?
結論から言えば、「直接的にはNo、間接的には大いにYes」です。
直接的に役に立たない理由
行政書士は、独立開業型の資格です。企業内において「インハウス行政書士」として職務を行うことは制度上できません。弁護士、社労士、弁理士などが企業内で「士業」として働けるのとは事情が異なります。
そのため、行政書士の資格を持っているからといって、業務上の権限が増えるわけではなく、給与が急に上がるといったことも基本的にはありません。
また、残念な話ですが、会社によっては人事部門が資格の実務的価値を正確に理解していない場合もあります。私の前職では、人事担当役員が「行政書士と司法書士の違いがよく分からない」と言っていたほどです(笑)。
それでもおすすめする理由:行政書士試験は企業法務の縮図
行政書士試験で問われる科目は、以下のように多岐にわたります:
- 基礎法学
- 憲法
- 民法
- 行政法
- 商法・会社法
- 一般知識(個人情報保護法や情報セキュリティなど)
これらはすべて、企業法務の現場で必要とされる知識とほぼ一致します。
つまり、行政書士の勉強をすることで、法務部で求められるスキルを体系的に学び直すことができるのです。単なる「知識の詰め込み」ではなく、
- 契約書の読み解き方
- 法律相談への対応力
- 社内外との調整力
といった実務に直結する力が養われます。
若手・中堅法務パーソンこそ、今が始めどき
とくに行政書士試験の勉強がフィットするのは、以下のような方々です:
- 新卒で法務に配属されたが、何から手を付けたらいいかわからない人
- 配属から数年が経ち、知識の底上げをしたいと考えている人
- 部下の指導を任されたが、質問にうまく答えられない自分に不安を感じている人
私もそれぞれのタイミングでこのような悩みを抱えていました。
とりわけ最後の「部下の指導を任されたとき」は、その方の人生に大きな影響を与えることとなり得るのでそれなりの覚悟をもって臨むことを決め、行政書士試験の勉強に着手したことで、知識の棚卸しと再構築ができ、指導力もアップしました。
特に法学部や法科大学院出身の新入社員と接すると、彼らの知識が新鮮で的確なだけに、こちらの“知識の曖昧さ”が浮き彫りになります。行政書士の学習をしていたおかげで、「実務ではどう活用するか」を含めた解説ができ、OJT担当としての信頼感も増しました。
弁護士との連携がスムーズになる副次的効果
行政書士試験で養われる論理的な思考と法律知識は、弁護士とのやりとりにも大きく貢献します。
従前は、「何を聞きたいのか」がうまく伝えられず、弁護士との面談時間が長くなることがしばしばありました。しかし、法律構成や論点整理を意識して伝える力がついたことで、
- 無駄なやりとりが減り
- 必要なアドバイスを引き出せるようになり
- 弁護士からの信頼も高まり
業務効率も大幅にアップしました。
注意点:資格取得には高いコストと覚悟が必要
行政書士試験の合格率は例年10%前後。
「企業法務の知識を広く浅く学べる」といっても、決して“簡単な試験”ではありません。
- 通信講座や予備校に通えば、数十万円〜100万円以上の投資
- 1日2〜3時間を1年以上継続する学習時間の確保
こうした負担をしっかり見積もったうえで、挑戦する価値があるかを考える必要があります。
また、資格取得による社内手当や評価アップが期待できる会社も一部ありますが、月5,000〜10,000円程度が相場です。もし仮に150万円をかけて取得した場合、その投資回収に何年かかるかを計算してみるのも一つの視点です。
結局のところ、キャリアは「成果」と「戦略」で決まる
会社員としてのキャリアアップにおいては、実務での成果が一番強い武器になります。
- 課題解決型の提案ができる
- 契約交渉をリードできる
- 社内コンプライアンスを整備できる
こうした“実績”が最も評価されやすいのは事実です。その意味では、行政書士の勉強を通じて得た知識も、最終的には「どう活かすか」が問われます。
では、行政書士資格は無駄なのか?
いいえ、全くそんなことはありません。
たとえば次のような場面で、「行政書士有資格者」という事実がプラスに働きます:
- 転職市場での評価(法務・総務・コンプラ部門など)
- 法改正に対応する知識のキャッチアップ
- 将来的な副業・独立の足がかり
また、法務キャリアの過程で“自分の強み”を再確認できるきっかけにもなります。合格するか否か以上に、「自分の成長角度を変えたかどうか」が大切です。
まとめ:行政書士試験は法務キャリアの“土台”を作る
行政書士試験は、「資格を取ったら何かが変わる」という即効性のある武器ではありません。ですが、
- 法務知識の体系化
- 実務対応力の底上げ
- 弁護士・経営層との意思疎通力の強化
といった点では、確実にキャリアを底支えしてくれる存在です。
新しい環境や役割に直面するこの春。もしあなたが、
「このままでいいのかな?」
と感じているのであれば、行政書士試験の勉強を通して「自分の武器をもう一度磨く」ことを検討してみてはいかがでしょうか。
資格取得そのものがゴールではありません。むしろ、その過程で得られる思考力、知識、人間関係の変化こそが、法務パーソンとしての成長を支えてくれるのです。
最後までお読みくださり、ありがとうございました!
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