ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
はじめに
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
「請求金額どおりに入金されていない」と経理担当が気づいたとき、
その差額が振込手数料だった──。
こうしたケースは、業種を問わずよく見られます。ところが、契約書に振込手数料の負担について明記されていないと、思わぬ誤解やトラブルを招くことも。
今回は、振込手数料の負担をめぐる法律上の原則と、契約実務における対応策を整理します。
振込手数料の法的位置づけ
金銭支払に関する法的ルールは、民法第484条および第485条に規定されています。
民法第484条(弁済の場所)
弁済をすべき場所について別段の意思表示がないときは、
特定物の引渡しは債権発生当時にその物が存在した場所で、
その他の弁済は債権者の現在の住所において、それぞれしなければならない。
法令または慣習により取引時間の定めがあるときは、その時間内に限り弁済または請求ができる。
つまり、金銭の支払いは原則として「債権者の住所=受取側」で行う必要があるため、
銀行振込という手段は支払者への便宜によるものとされます。
民法第485条(弁済の費用)
弁済の費用について別段の意思表示がないときは、
その費用は債務者が負担する。
ただし、債権者の住所移転などにより費用が増えた場合には、
その増加分は債権者が負担する。
この条文により、弁済(代金の支払)のために発生する振込手数料は、原則として支払者(債務者)が負担すべきこととなっています。
取引実務とのギャップ:なぜ差し引いて振り込まれるのか
取引実務では「請求額から手数料を引いて振り込む」運用も少なくありません。その背景には以下のような事情があります:
- 契約書や請求書に明記がない
- 前任者の慣習をそのまま引き継いでいる
- インターネットバンキングの初期設定が「受取人負担」になっている
- 昔の“集金文化”の名残がある
とくに集金文化が根強かった業界では、「受領者(売手側)が手数料を負担するのが当然」とされる認識が残っているケースも見受けられます。
契約書に明記しておくと安心
こうしたモヤモヤやトラブルを防ぐには、契約書で明確に「振込手数料の負担者」を記載しておくのが基本です。
<条文例:支払者負担>
本契約に基づく支払に係る振込手数料は、支払者の負担とする。
<条文例:受領者負担>
本契約に基づく支払に係る振込手数料は、受領者の負担とする。
契約書に明記がない場合は、上記の民法の原則に従い「支払者負担」と判断されます。
想定と異なる負担を避けるためにも、明記が望ましいのです。
請求書やチャットでも明示しておく
契約書だけでなく、請求書の備考欄や、事前のメール・チャットなどでも一言添えておくと安心です。
<請求書記載例>
※振込手数料は貴社ご負担にてお願いいたします。
<メール文例>
念のためですが、振込手数料は貴社ご負担でよろしいでしょうか?
こうした「丁寧な合意の積み重ね」が、後のトラブル防止になります。
まとめ
振込手数料について、法律上は「支払者が負担する」のが原則です。
しかし、慣習や業界の“空気”に基づいて、
「当然に受領者が負担するもの」と誤解されがちな項目でもあります。
だからこそ、
- 契約書にルールを明記する
- 請求書や業務連絡でも確認する
- 社内での運用ルールを統一する
この三段構えが、誠実でリスクの少ない契約実務につながります。
「チリも積もれば山となる」
手数料の取り扱いひとつで、利益も信頼も変わっていきます。
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