ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.契約書は「です・ます調」で書いてもよいのか
契約書は、「です・ます調」で書いてもよいのでしょうか。
それとも、「だ・である調」でなければならないのでしょうか。
縦書きと横書きで、法的な効力に違いはあるのでしょうか。
結論から申し上げると、一般的な契約であれば、どちらでも構いません。
民法では、法令に特別の定めがある場合を除き、契約の成立に書面の作成その他の方式を必要としないとされています。
文体や縦書き・横書きによって、契約の効力が変わるわけでもありません。
民法第522条(契約の成立と方式)
契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。
2 契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。
法的な効力に違いがないのであれば、契約書の文体は何でもよいのでしょうか。
私はそうは思いません。
2.文体が変えるのは、法的効力ではなく運用のしやすさ
私は、お客様にお渡しする契約書については、原則として「です・ます調」をおすすめしています。
理由は、単に丁寧な印象になるからではありません。
契約書をお客様や営業担当者、現場担当者が読み、内容を理解し、実際の取引で正しく使いやすくなるケースが多いからです。
契約書は、法的な条件を書いて保管しておくだけの文書ではありません。
誰が、誰に対して、いつまでに、何をするのか。問題が起きた場合には、誰がどこまで責任を負うのか。
契約締結後の仕事を動かすためのルールブックです。
いくら法律的に正しいことが書かれていても、読む人が理解できなければ、現場では正しく運用されません。
契約書の文体は法的効力ではなく、「運用のしやすさ」を変えるのです。
3.契約書だけが突然、別の会社の文書になる
会社の営業活動を思い浮かべてみてください。
お客様から問い合わせがあり、会社案内や商品パンフレットを渡します。
そこには、「お客様に最適なソリューションをご提供いたします」など、丁寧な言葉が並んでいます。
見積書や提案書も、読みやすく、きれいにデザインされています。
ところが、商談の最後に出てくる契約書だけが、突然「甲は乙に対し支払わなければならない」といった昔ながらの調子で書かれていることがあります。
お客様からすれば、会社案内、商品パンフレット、見積書、契約書は、すべて同じ会社から渡される一連のビジネス文書です。
契約書だけ人格が変わったような書き方になっていれば、「なんだ、この会社は?」と違和感を持つかもしれません。
さらに問題なのは、その契約書を営業担当者自身も十分に理解していないことです。
お客様から意味を聞かれても、「一般的なひな形なので」「法務に確認しないと分かりません」としか答えられない。
これでは商談が止まるだけでなく、契約締結後の現場にも正確なルールが伝わりません。
4.本質|契約書には「法的ルール」と「操作画面」がある
契約書には、二つの層があると考えると分かりやすくなります。
| 契約書の層 | 主な役割 |
|---|---|
| 法的ルールの層 | 権利、義務、報酬、期限、責任範囲などを正確に定める |
| 操作画面の層 | 読む人が内容を理解し、質問し、実際に行動できるようにする |
法的ルールの層は、システムでいえば内部の処理です。
一方、文体、主語、見出し、文字の大きさ、サマリーなどは、利用者が触れる操作画面に当たります。
内部の処理が正しくても、操作画面が分かりにくければ、利用者は使い方を間違えます。
契約書も同じです。
「です・ます調」にしたり、「甲・乙」を「当社」「お客様」「委託者」「受託者」などへ置き換えたりすることは、契約書を飾るためではありません。
誰が何をするのかを読み取りやすくし、契約内容を現場で動かしやすくするための工夫なのです。
5.損害賠償の上限を、誰も理解していなかったら
例えば、契約書に
「損害賠償額は月額委託料の6か月分を上限とする」
という条件を設けたとします。
この条件が難しい条文の中にしれっと書かれ、営業担当者もお客様も意味を理解しないままサインしていたらどうなるでしょうか。
実際にトラブルが起きたとき、自社が契約書を水戸黄門の印籠のように取り出して、「ここに上限が書いてあります」と主張しても、相手は「そんな説明は聞いていない」と反発するでしょう。
一方、商談の段階で、
「この価格でサービスをご提供するためには、万が一の損害賠償額を一定範囲に限定させていただく必要があります」
と説明しておけば、条件の意味を理解してもらいやすくなります。
同じ条項であっても、読み手が理解できる文体で書き、事前に説明しているかどうかで、その後の運用や交渉は大きく変わります。
契約書は、サインをもらうことがゴールではありません。合意した条件に沿って取引を最後まで動かすためのものです。
6.契約書を「読める・説明できる・動かせる」文書にする
まず、誰が読む契約書なのかを考えます。
企業の法務担当者が読む契約書と、一般消費者や契約書に慣れていないフリーランスが読む契約書では、適した言葉遣いや説明方法が違います。
次に、主語を分かりやすくします。
「甲・乙」を使うこと自体が悪いわけではありませんが、当事者や登場人物が増えると、誰が義務を負っているのか分かりにくくなります。「当社」「お客様」「委託者」「受託者」など、役割が伝わる表現も検討します。
文体は、「です・ます調」か「だ・である調」のどちらかに統一します。
ただし、単純に語尾を変えるだけでは足りません。一文を長くしすぎず、主語、相手、義務の内容、期限を捉えやすくすることが大切です。
さらに、損害賠償、解約、違約金、追加料金などの重要な条件については、契約書とは別に要約版を用意する方法もあります。
「契約書全文にはお目通しいただきたいのですが、特に重要な箇所はここです」
と正々堂々と説明します。
ただし、要約版と契約書本文が食い違ってしまっては逆効果です。
法的な意味を曖昧にせず、本文と同じ内容を、読み手に伝わる言葉で整理する必要があります。
7.まとめ|契約書は、読まれて初めて機能する
昔のように、細かい字でしれっと書いておき、とりあえずハンコだけをもらう。
そして、トラブルが起きたら水戸黄門の印籠のように契約書を突きつける。
このような使い方では、良い取引関係をつくることはできません。
契約書は、相手を責めるための武器ではなく、取引の前提、役割、責任範囲を整理する道具です。
だからこそ、正々堂々と読んでもらい、分からない点を質問してもらい、納得した上でサインしてもらう。
その後は、営業、現場、経理などの関係者が、契約内容に沿って動ける状態をつくることが大切です。
「です・ます調」は、そのための一つの手段です。
法的に正確であることを大前提として、読みやすく、説明しやすく、現場で動かしやすい契約書にする。
契約書の文体を整えることは、見た目を柔らかくする作業ではありません。
契約書を、実際のビジネスで機能させるための実務設計なのです。

【音声解説】
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🔎 参考記事
ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
ご関心があれば、あわせてご覧ください。
【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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