ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
1.打ち合わせでは通じていたのに、なぜ後から揉めるのか
先日、お客様からこんなことを言われました。
「契約書で使われている文言や言い回しは、つまり“誤解されないための文章術”なんですね」
なるほどな、まさにそのとおりだなと思いました。
契約書を作るとき、「誰にでも分かりやすい文章にしましょう」とよく言われます。
もちろん、読みやすさは大切です。
しかし、契約書の文章術の本質は、単に分かりやすい文章を書くことではありません。
時間がたち、担当者が替わり、その場の事情を知らない人が読んでも、誤解が生じない文章を書くことにあります。
打ち合わせの席では、お互いに「だいたい分かっていますよね」で通じるかもしれません。
ところが、その「だいたい」が、3年後、5年後のトラブルの原因になるのです。
2.契約書は「その場にいなかった人」のために書く
先に結論を整理しておくと、契約書は、契約を交わした当事者だけが読む文章ではありません。
将来、次のような人が読む可能性があります。
- 後任の営業担当者
- 新しく入った経理担当者
- 取引先の法務担当者
- 会社を引き継いだ後継者
- トラブルが起きたときの弁護士
- 最終的には裁判官
こうした人たちは、契約締結時の打ち合わせには参加していません。
「あのとき、こういう話をしましたよね」
「業界では、このくらいが普通でしょう」
「そこはお互いに分かっていたはずです」
そのように言われても、知りようがないのです。
ですから契約書は、契約時の空気や人間関係といった文脈が消えても、意味だけはきちんと残る文章でなければなりません。
3.「お互い分かっている」が文章を曖昧にする
契約書の作成で怖いのが、当事者同士の関係が良好なときです。
「長い付き合いだから、細かいことまで書かなくても大丈夫」
「こちらの仕事は十分に理解してくれている」
「何かあれば、その都度話し合えばよい」
このような雰囲気のまま契約書を作ると、肝心な条件が曖昧になります。
例えば、次の文章はどうでしょうか。
甲は乙に対して、綺麗な本件商品を引き渡す。
一見すると、短くて分かりやすい文章です。
しかし、ビジネスの契約書として考えると、これでは困ります。
そもそも「綺麗」とは、どのような状態でしょうか。
売り手は「この程度の小さな傷なら良品だ」と考えていても、買い手は「1ミクロンでも傷があれば不良品だ」と考えるかもしれません。
しかも、いつまでに、どこへ引き渡すのかも書かれていません。
文章としては分かりやすくても、読む人によって意味が変わるのであれば、契約書の文章としては失格なのです。
4.文脈が消えても意味が残る文章にする
先ほどの文章を、契約書らしく書き直してみます。
甲は乙に対して、別紙仕様書に定める本件商品を、〇年〇月〇日までに、乙の指定する倉庫において引き渡す。
少し回りくどくなりました。
しかし、「綺麗」という人によって基準の異なる言葉を、別紙仕様書という客観的な基準へ置き換えています。
さらに、期限と引渡場所も明らかになりました。
契約書では、次の要素をできる限り明確にします。
| 明確にすること | 後から生じる疑問 |
|---|---|
| 誰が | 売り手と買い手のどちらが行うのか |
| 誰に | 契約当事者か、第三者か |
| 何を | 商品、成果物、役務のどれか |
| いつまでに | 具体的な期限はいつか |
| どこで | 引渡場所、納品先はどこか |
| どのような基準で | 完成・合格・不良の境目は何か |
小説のように人の心に訴えかける文章や、新聞記事のように背景を丸めた文章とは、そもそもの目的が違います。
ビジネスでは大きなお金が動きます。
だからこそ、契約書は多少奥歯に物が挟まったような表現になったとしても、まずは「いかなる場合でも誤解されないこと」を大前提に書かなければならないのです。
5.主語を省いただけで、責任者が分からなくなる
日本語は、主語を省略しても会話が成立しやすい言語です。
しかし、その便利さが契約書では弱点になることがあります。
例えば、次の文章です。
商品に不具合があった場合、速やかに修理するものとする。
会話であれば、何となく意味は通じます。
ところが、「誰が修理するのか」が書かれていません。
売り手が無償で修理するのでしょうか。
それとも、買い手が修理して費用を売り手へ請求するのでしょうか。
「速やかに」とは、3日なのか、1か月なのかも分かりません。
そこで、例えば次のようにします。
乙は、本件商品に別紙仕様書との不一致があった場合、甲から通知を受けた日から10営業日以内に、自己の費用と責任において修理する。
このように、「誰が」「何を」「いつまでに」「誰の費用で行うのか」を明らかにします。
誰が主語で、何が目的語で、どのような義務を負うのか。
第三者が登場すると、SVOOやSVOCのように関係がさらに複雑になります。
契約書は、法律知識だけで書けるものではありません。文章の構造を正確に組み立てる力も必要なのです。
6.契約書を「事情を知らない人の目」で読み直す
契約書を作成したら、契約に至った経緯をいったん頭の中から消して読んでみてください。
その上で、次の点を確認します。
- 主語が省略されていないか
- 誰に対する義務なのかが分かるか
- 「適切に」「必要に応じて」「速やかに」などの基準が曖昧ではないか
- 期限、場所、金額、回数が特定されているか
- 担当者が替わっても同じ運用ができるか
- トラブルが起きたとき、第三者が読んでも結論を判断できるか
例えば、「速やかに対応する」と書くなら、何営業日以内なのか。
「必要な修正を行う」と書くなら、どこまでが料金に含まれ、何回目から追加料金が発生するのか。
「協議の上で決定する」と書くなら、協議がまとまらなかった場合はどうするのか。
このように一つずつ問い直していくと、契約書の中に隠れていた曖昧さが見えてきます。
ただし、何でも細かく書けばよいわけではありません。
法律チックな言い回しを並べれば、厳密な文章を作ること自体はできます。
しかし、難しすぎて現場の人が読めなければ、契約書は運用されません。
どこまで回りくどい表現を省略し、どこは絶対に省略してはいけないのか。
「誤解されない厳密さ」と「法律知識がなくても読み込める分かりやすさ」を両立させることは、実はとても難しい、至難の業なのです。
7.まとめ|説明がなくても誤解されない文章を目指す
契約書は、締結した瞬間だけ使う文書ではありません。
担当者が替わったとき、取引先との関係が悪くなったとき、会社を引き継いだとき、そして裁判になったときにも読まれます。
そのとき、契約締結時の空気や口頭での説明は残っていません。最後に残るのは、契約書に書かれた言葉だけです。
だからこそ、契約書では「今の相手に伝わるか」だけでなく、その場にいなかった人が読んでも、同じ意味にたどり着けるかを考えなければなりません。
分かりやすく書くことは大切です。
しかし、分かりやすくするために必要な言葉まで丸めてしまい、読む人によって意味が変わってしまっては本末転倒です。
契約書の文章術の本質は、うまい文章を書くことではありません。
時間がたっても、担当者が替わっても、いかなる場合でも誤解されない文章を残すことです。
私自身も、どの言葉を残し、どの表現を省くべきか、日々の実務の中で試行錯誤しています。
まさに日々研鑽、日々勉強だなと思いながら、今日も一つひとつの契約書と向き合っています。

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🔎 参考記事
ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
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【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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