ビジネス法務

【契約書のトリセツ】信頼関係がある取引こそルール化を|親しい相手と契約書を作る意味

ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。

目次

本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。


1.信頼関係があるなら、契約書はいらないのでしょうか?

長年取引している相手がいる。お互いのことも分かっている。
担当者同士の関係も良い。これまで大きなトラブルもなかった。
注文書やメールだけでも、なんとなく仕事は回っている。

こういう関係だと、つい思ってしまいます。

「信頼関係があるのだから、契約書まではいらないのではないか」

これは、合理的な考え方です。特に中小ベンチャー企業の現場では、

「今さら契約書なんて言い出したら、相手に嫌な顔をされないか」
「長年の付き合いなのに、堅苦しくならないか」
「これまで問題なくやってきたのだから、このままでよいのではないか」

こう考える気持ちはよく分かります。

しかし、私は最近、契約書に対する経営者の考え方が変わってきていると感じています。
以前は、契約書というと、

「取りっぱぐれを防ぎたい」
「相手を縛りたい」
「トラブルになったときに証拠にしたい」

という、どちらかといえば守りの発想が中心でした。もちろん、それも契約書の大切な役割です。

しかし、最近は少し違います。成長している会社の経営者ほど、契約書をもっと前向きに戦略的に捉えています。

信頼関係があるから契約書はいらないのではなく、信頼関係があるからこそ、その良い関係を契約書に映しておく。

この感覚です。


2.契約書は、信頼関係を映す鏡である

長年うまくいっている取引には、必ず理由があります。
たとえば、

  • どのタイミングで発注するのか
  • どこまでを標準対応にするのか
  • 追加費用はどのように決めるのか
  • 納期はどう調整するのか
  • 支払いはどのタイミングで行うのか
  • トラブルが起きたときに、まず誰に相談するのか
  • どの範囲なら、お互い柔軟に対応するのか

こうしたルールが、明文化されていなくても、実務上は存在していることがあります。
それが、いわゆる「阿吽の呼吸」です。
ただし、阿吽の呼吸は便利な一方で、弱点もあります。

  • 担当者が変わると伝わらない
  • 取引額が大きくなると不安定になる
  • 新しい取引先には横展開できない
  • トラブル時に、何を基準に判断すればよいか分からない

だからこそ、うまくいっている取引ほど、一度立ち止まって言語化する意味があります。

契約書とは、取引の解像度を上げるツールです。
そして、信頼関係がある取引では、これまで大切にしてきた暗黙知的な取引ルールを可視化する文書になります。


3.「親しいから契約書はいらない」と考えてしまう

実務でよくあるのは、「親しいから契約書はいらない」という考え方です。

  • 昔から取引している
  • 社長同士が知り合い
  • 担当者同士の仲が良い
  • 紹介で始まった仕事
  • 地域のつながりがある
  • 同じ業界で長く付き合っている

こういう関係では、契約書を出しにくいことがあります。
しかし、親しい関係ほど、トラブルになったときにこじれやすい面もあります。

最初は、

「大丈夫ですよ」
「いつも通りでお願いします」
「そこは柔軟にやります」
「あとで相談しましょう」

で進んでいた話が、ある時点で食い違うことがあります。

たとえば、

「これは追加費用だと思っていた」
「いや、当然込みだと思っていた」
「納期は目安だと思っていた」
「いや、絶対の期限だと思っていた」
「途中でやめるなら、ここまでの費用は払ってほしい」
「まだ完成していないのだから払えない」

このようなズレです。

信頼関係があっても、認識のズレは起こります。
むしろ、信頼関係があるからこそ、細かい確認を省略してしまうことがあります。
契約書は、その省略された確認を、あとから揉めないように整えるためのものです。


4.良い取引ルールを横展開するために契約書がある

契約書を作る意味は、トラブル予防だけではありません。
良い取引の型を、他の取引先にも展開することにもあります。

たとえば、

  • ある取引先とは非常にうまくいっている
  • 発注の仕方もスムーズ
  • 納期調整も現実的
  • 追加作業の扱いもフェア
  • 支払いもきちんとしている
  • トラブル時の相談も早い

こういう良い取引には、必ず良いルールがあります。
ただ、そのルールが慣習や口約束のままだと、他の取引先に展開できません。
そこで、その良い関係を契約書に落とし込みます。

良い取引で起きていること契約書で言語化すること
発注内容が明確業務範囲・仕様・成果物
追加作業で揉めない追加費用・変更手続
納期調整が現実的納期・資料提供・協議条項
支払いが安定している支払期日・請求条件
トラブル時に早く相談できる協議条項・連絡手順
関係を終えるときも揉めにくい契約期間・更新・解除条項

こうして契約書を作ると、単なる一社との約束にとどまりません。
自社の標準的な取引ルールになります。
つまり、契約書は、良い信頼関係を自社の仕組みに変えるツールです。

これは、経営にとって非常に重要な考え方です。
社長の感覚だけで回っていた取引を、会社のルールにする。
ベテラン担当者の経験だけで回っていた取引を、新人にも説明できる形にする。
一社との良い関係を、他社にも展開できる形にする。

契約書には、このような役割もあります。


5.別れ際を決めておくから、関係を続けやすい

契約書の重要な役割の一つに、「出口」を決めることがあります。
長期継続的な取引では、契約期間、自動更新、途中解約、解除条項などを定めます。

たとえば、

条項役割
契約期間いつからいつまでの契約かを決める
自動更新更新の有無と手続を決める
更新拒絶期間満了で終わらせる方法を決める
中途解約契約期間中に終了する方法を決める
解除条項重大な違反があった場合の終了方法を決める

こうした条項は、関係を壊すためのものではありません。
むしろ、関係が悪化したときに、感情論にならずに済ませるためのものです。

どれだけ良い関係でも、取引環境が変わることはあります。

  • 担当者が変わる
  • 事業方針が変わる
  • 価格が合わなくなる
  • 品質や納期にズレが出る
  • 相手の経営状況が変わる
  • こちらの事業戦略が変わる

こうしたとき、契約書に出口が書かれていれば、

「契約書の定めに従って、今回は更新しない形にしましょう」
「〇か月前の通知により、契約を終了する形にしましょう」

と、契約書の手続に従って冷静に整理できます。
これは最後に関係を荒立てないための知恵です。

契約をいったん終了させることと、関係を完全に断つことは同じではありません。

  • 条件が合わない時期には、いったん契約を終える
  • 相手の体制が整ったら、また取引を再開する
  • 価格や業務範囲を見直したうえで、改めて契約を結び直す

実務では、こういうことも珍しくありません。
感情的に揉めてしまうと、再契約の余地はほとんどなくなります。
しかし、契約書に定めた手続どおりに一旦関係を整理できれば、
将来また一緒に仕事をする可能性は残せます。

だからこそ、入口だけでなく、出口も決めておく。
長く続く取引ほど、この出口設計が必要になります。


6.信頼関係を契約書に映すときの確認ポイント

では、何から整理すればよいのでしょうか。

まずは、今うまくいっている取引を一つ選びます。
そして、その取引がなぜうまくいっているのかを分解します。

確認ポイント見るべき内容
業務範囲何をどこまで提供しているか
価格何に対していくらもらっているか
追加対応どこから別料金にしているか
納期どのように決め、遅れそうなときどうしているか
支払条件いつ請求し、いつ入金されるか
クレーム対応どの範囲まで対応しているか
情報共有どのタイミングで、誰に、何を共有しているか
終了条件どのような場合に取引を終えるか

ここで大事なのは、いきなり条文を考えないことです。

  • まずは現実の取引を観察する
  • そのうえで、良い取引の構造を言語化する
  • 最後に、それを契約書の形にする

この順番です。

専門家に契約書作成を依頼する場合も同じです。

「業務委託契約書を作ってください」

だけでは足りません。

実際には、

  • どのようなビジネスモデルなのか
  • 利益はどこで出ているのか
  • どこでトラブルが起きやすいのか
  • どの顧客と長く付き合いたいのか
  • どの顧客とは距離を置きたいのか
  • 薄利多売型なのか、高付加価値型なのか

こうした事情によって、契約書の設計は変わります。
契約書は、ひな形を当てはめるだけでは機能しません。
現実のビジネスを観察するところから始まります。


7.まとめ|契約書には、2つの鏡がある

今回のポイントを整理します。

  • 信頼関係があるから契約書はいらない、という考え方は古くなりつつある
  • 信頼関係があるからこそ、その良い関係を契約書に映す意味がある
  • 契約書は、相手を疑うためではなく、取引ルールを可視化するための文書である
  • うまくいっている取引を契約書にすれば、自社の標準フォーマットとして横展開できる
  • 契約書には、契約期間・更新・中途解約・解除など、出口のルールも必要である
  • 出口を決めておくことは、関係を壊すためではなく、感情論を避けるためである
  • 契約書は、ひな形ではなく、現実のビジネスを観察したうえで作るべきである

契約書には、経営にとって2つの「鏡」としての役割があります。

1つ目は、信頼関係を映す鏡です。

  • これまで築いてきた良い取引関係
  • 阿吽の呼吸
  • 互いの理解
  • フェアな役割分担
  • 無理なく続いてきた支払条件や納期の調整

こうしたものは、日々の取引の中では当たり前になりすぎていて、意外と言葉になっていません。
しかし、経営にとって大切なのは、その「うまくいっている理由」を見える形にすることです。

  • なぜこの取引先とは長く続いているのか
  • なぜこの条件ならお互いに無理がないのか
  • なぜこの進め方ならトラブルが起きにくいのか

その答えを映し出すのが契約書です。

2つ目は、現実のビジネスを映す鏡です。
契約書を作ろうとすると、自社の取引の現実が見えてきます。

  • どこで利益が出ているのか
  • どこで無償対応が発生しているのか
  • どの顧客とは長く付き合いたいのか
  • どの取引条件が現場に負担をかけているのか
  • どのリスクを受け入れ、どのリスクは避けるべきなのか

ここを見誤ると、契約書はただのひな形になってしまいます。
反対に、現実のビジネスをきちんと映した契約書は、経営判断の材料になります。

親しき仲にも契約書

信頼関係があるからこそ、その関係を長く続けるために、ルールを言葉にしておく。
そして、自社のビジネスの現実を見つめ直し、これからの取引に活かしていく。

契約書に映る2つの鏡。
それは、信頼関係の鏡であり、現実のビジネスの鏡です。

この発想が、これからの経営には必要なのだと思います。


【音声解説】

本記事の内容は、
音声配信『契約書に強くなる!ラジオ』でも解説しています。
▽ 音声はこちら(stand.fm)


🔎 参考記事

ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
ご関心があれば、あわせてご覧ください。


【執筆者】

ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
現場で実際に使える判断基準を前提に、契約実務を整理しています。


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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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