ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.新しいサービスには契約書と約款のどちらが必要か
新しいサービスを立ち上げる際、「お客様ごとに契約書を取り交わすべきか、それともWeb上に利用規約を掲載して同意してもらえばよいのか」とモヤッとすることがあります。
紙の契約書にハンコを押してもらうのが契約書、Web上で「同意する」をポチッと押してもらうのが約款。
そのような違いだと思われがちですが、本質はそこではありません。
考えるべきなのは、そのビジネスで、お客様ごとの「えこひいき」、つまり個別対応をどこまで認めるのかという点です。
2.個別に条件を変えるなら契約書、共通ルールで回すなら約款
契約書と約款の使い分けは、次のように整理すると分かりやすくなります。
・契約書は「1対1」
料金、納期、支払日、成果物などについて、相手ごとに個別交渉が入るビジネスに向いています。
・約款は「1対多」
不特定多数のお客様に、同じサービスを同じ条件で提供するビジネスに向いています。
ただし、これは法律上の厳密な分類というより、実務上の理解の仕方です。
契約書と呼ぶか約款と呼ぶかだけで効力の強弱が決まるわけではありませんが、約款を契約内容に組み入れるためには、民法上の要件を満たす必要があります。
民法第548条の2(定型約款の合意)
定型取引(ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なものをいう。以下同じ。)を行うことの合意(次条において「定型取引合意」という。)をした者は、次に掲げる場合には、定型約款(定型取引において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体をいう。以下同じ。)の個別の条項についても合意をしたものとみなす。
一 定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき。
二 定型約款を準備した者(以下「定型約款準備者」という。)があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき。
2 前項の規定にかかわらず、同項の条項のうち、相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして第一条第二項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意をしなかったものとみなす。
大切なのは書面の名前ではなく、自社のビジネスを個別対応型にするのか、標準化型にするのかを先に決めることです。
3.約款で売っているのに、営業が特別対応を約束してしまう
例えば、毎月同じ日に料金を引き落とすサブスクリプションサービスがあったとします。
ところが営業担当者が、
「御社だけ支払日を変えます」
「今回は途中解約を認めます」
「この機能も特別に付けます」
と約束してしまう。
お客様には喜ばれても、請求システムやカスタマーサポートは、その特別扱いに対応できません。
スポーツクラブで、Aさんは月末締めの翌月10日払い、Bさんは当月20日締めの翌月15日払いとバラバラにしていたら、管理が大変すぎてパンクしてしまいます。
約款では全員同じ条件になっているのに、現場では「えこひいき」が始まっている。
このズレが、請求漏れ、返金トラブル、社内の伝達ミスを生みます。
4.約款を作るとは、サービスを標準化することである
約款は、大勢のお客様から効率よく同意を得るためだけの文書ではありません。
- 誰に
- 何を
- いくらで提供するのか
- 支払日はいつか
- どこまでサポートするのか
- いつ、どのような手続で解約できるのか
こうした条件を標準化し、営業、請求、システム、カスタマーサポートを同じルールで動かす設計図です。
一方、契約書は、お客様ごとに異なる取引条件を言語化するオーダーメイドの設計図です。
つまり、契約書か約款かを選ぶことは、法務書類の形式を選ぶことではありません。
どこまで例外対応を許し、その対応コストを誰が負担するのかを決める、ビジネスモデルの問題ともいえるのです。
5.Web制作と月額保守では、適した書面が違う
例えば、Web制作会社が二つのサービスを提供しているとします。
一つ目は、オーダーメイドのWebサイト制作です。
ページ数、素材提供、修正回数、納期、報酬、著作権の取扱いが案件ごとに変わります。
この取引は、1対1で条件を詰める業務委託契約書が向いています。
二つ目は、制作後の月額保守サービスです。
月額料金、支払日、対応時間、解約方法を全顧客共通にするのであれば、利用規約による運用が考えられます。
さらに、初期制作は業務委託契約書、月額保守は共通の利用規約という「二階建て」も可能です。
同じ会社のサービスでも、売り方やお金の流れが違えば、適した書面も変わります。
6.書面を作る前に、例外対応の範囲を決める
契約書か約款かを決める前に、少なくとも次の点を確認します。
- お客様ごとに料金や支払日を変えるのか
- 業務範囲や成果物が案件ごとに変わるのか
- 解約、返金、サポートについて特例を認めるのか
- 社内システムが例外処理に対応できるのか
- 共通条件と個別条件が食い違った場合、どちらを優先するのか
共通部分を約款、個別部分を申込書や個別契約書に分ける場合には、両者の優先関係も明確にします。
なお、「B2Bなら契約書、B2Cなら約款」と単純に決まるものでもありません。
企業向けSaaSで約款を使うこともあれば、一般消費者と個別の工事請負契約を結ぶこともあります。
また、消費者向けの約款では、消費者契約法などの消費者保護法制にも注意が必要です。
「当社は一切責任を負いません」と書けば、そのまま有効になるわけではありません。
ネット上のひな形をコピペするだけでは、自社を守れない約款になるおそれがあります。
7.まとめ|書面を決めることは、ビジネスの在り方を決めることである
契約書は、お客様ごとに条件を調整する取引に向いています。
約款は、大勢のお客様に同じサービスを、同じ条件で安定して提供するための仕組みです。
「契約書にするか、約款にするか」という問いは、そのまま「自社はどこまでえこひいきを認めるのか」「例外対応にどこまでコストをかけるのか」という問いになります。
契約書や約款は、サービスが完成した後に用意する法務書類ではありません。
自社の商品、価格、営業担当者の裁量、請求方法、サポート体制を外に出した文書です。
まずビジネスの運用を決め、その運用に合った書面を選ぶ。順番を逆にしないことが、契約書と約款を正しく使い分けるポイントです。

【音声解説】
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🔎 参考記事
ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
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【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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