ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.「思っていたほど仕事をしてくれない」で契約解除できるのか
「ホームページを作れば、絶対に売上が上がりますよ」
「弊社と組んでいただければ、顧客をバンバン紹介しますよ」
「御社の事業拡大を全面的に支援します」
そんな言葉を信じて契約したものの、実際には期待したような仕事をしてくれない。結果も出ない。
的外れなアドバイスばかりで、毎月の支払いだけが続いている。
そこで、「期待外れだったので契約を解除したい」と考えるわけですが、相手が期待どおりのパフォーマンスを発揮しなかったというだけで、直ちに契約を解除できるとは限りません。
こちらがどれほど期待していたとしても、その期待が契約上の義務になっていなければ、「残念ながら、契約違反とまではいえませんね」となる可能性があるからです。
2.契約書には「成功条件」だけでなく「失敗条件」も書く
先に結論を整理しておくと、契約書には「相手に何をしてもらうのか」だけでなく、
どのような状態になったら、この契約は上手くいっていないと判断するのか
という「失敗条件」も書いておく必要があります。
契約書を取り交わすときは、だいたいテンションが高くなっています。
「この会社と大きな取引が始まる」「このパートナーが、うちのビジネスを拡大してくれる」と、よい未来ばかりを思い描きます。
しかし、世の中に絶対はありません。美味い話というのは、だいたい上手くいかないものです。
上手くいかなかったときに、傷口が広がる前に契約を打ち切れるよう、期間、中途解約、解除の条件をあらかじめ設計しておく必要があります。
3.契約締結時は「恋は盲目」
契約締結時は、ある意味「恋は盲目」に近い状態です。
「この人は絶対にやってくれる」と相手を信用し、欠点やボロが見えなくなっています。
そこで「長期契約なら値下げします」と言われると、いきなり複数年契約を結んでしまうことすら考えられます。
私は契約書のチェックをご依頼いただいたとき、次のようにお伝えすることがあります。
お気持ちはよく分かります。ただ、私はこういう商売ですので、今からいろいろとケチをつけます。ご了承くださいね。
契約前の営業トークと、契約書に書かれている義務が一致しているとは限らないからです。
「売上を上げます」と言われていたのに、契約書には「必要な助言及び支援を行う」としか書かれていないことがあります。
これでは、月に一度打合せへ出席し、何らかの助言をすれば、形式上は業務を行ったことになるかもしれません。
売上が上がらなかったことや、顧客を紹介してもらえなかったことが、そのまま契約違反になるわけではないのです。
4.「期待外れ」を契約書の言葉へ翻訳する
「仕事ができない」
「パフォーマンスが悪い」
「業界水準より著しく劣る」
気持ちとしては、非常によく分かります。
しかし、契約条件としては、これだけでは曖昧です。
- どのような状態を「仕事ができない」と評価するのか
- 誰と比較して、どの程度劣れば「著しい」といえるのか
これらを相手とのトラブルになったときに説明できなければなりません。
そこで、漠然とした期待を、確認できる行動や条件へ変換します。
| 契約前に聞いた言葉 | 契約書で確認すること |
|---|---|
| 売上を上げます | 成果を保証するのか、改善策を提案するのか |
| 顧客を紹介します | 紹介件数、時期、対象となる顧客 |
| 全面的に支援します | 定例会、報告書、提案、問い合わせ対応の範囲 |
| すぐに対応します | 回答期限、連絡方法、緊急時の体制 |
| 改善します | 改善案の内容、提出期限、実施後の検証方法 |
売上などの最終成果を保証させることが難しくても、成果に向けて何をするのかは具体化できます。
5.実例|月額20万円、3年契約のコンサルティング
例えば、月額20万円のコンサルティング契約を3年間で結ぶとします。
単に「経営に関する助言を行う」と定めるだけでは、その助言が役に立たなくても、相手が何らかの助言をしている限り、契約違反と評価するのは難しいかもしれません。
そこで、少なくとも次の点を決めておきます。
- 月何回の定例会を実施するのか
- どのような内容の活動報告書を提出するのか
- 改善案や提案書をいつまでに提出するのか
- 問い合わせに何営業日以内に回答するのか
- 顧客紹介は業務に含まれるのか
- 業務が不十分な場合、どのように改善を求めるのか
例えば、
月次報告書が2か月連続して提出されず、書面による催告後14日以内にも是正されない場合
と定めれば、契約終了のトリガーが明確になります。
一方、「売上が上がらない場合には解除できる」とだけ書くと、売上が上がらない原因は、コンサルタントにあるのか、自社の商品や営業体制にあるのかという別の争いが生じます。
結果だけでなく、結果へ向けた行動を契約書に落とし込むことが重要です。
6.出口を3段階で設計する
上手くいかないときに逃げられるよう、出口は3段階で設計します。
①最初は短期間で試す
いきなり3年契約を結ばず、まずは3か月程度のお試し期間を設けます。
3か月で感触がよければ半年、さらに上手くいけば1年と、徐々に期間を延ばしていけばよいのです。
最初から自動更新にせず、双方が継続を希望した場合に改めて更新する方法もあります。
②理由を問わず終了できる中途解約条項を設ける
「3か月前までに通知することにより、本契約を中途解約できる」と定めておけば、契約違反を証明できなくても、予告期間を経て関係を終了できます。
1年契約でも、実質的には3か月分の料金を負担することで逃げられるということです。
これは、契約違反を理由とする「解除」ではなく、理由を問わず将来に向かって終了させる「中途解約」のルートです。
③解除事由を具体的に定める
契約書によくある破産や手形の不渡りだけでなく、その業務で実際に起こり得る問題を解除事由へ追加します。
報告書を提出しない。定例会を繰り返し欠席する。一定期間、業務を停止する。是正を求めても改善しない。
何が起きたら黄色信号なのか。どの時点で赤信号に変わるのか。どの手続を経て契約を打ち切るのか。
ここまで決めておくことが大切です。
7.まとめ|「この人ならやってくれる」を契約条件に変える
相手を信用して契約すること自体が悪いわけではありません。
ただし、「この人ならやってくれる」という期待は、そのままでは契約上の義務になりません。
その期待を、業務内容、実施頻度、期限、報告方法、改善手続、中途解約、解除条件へ翻訳して初めて、契約書によるリスクヘッジが機能します。
契約書というと、「裁判になったときの動かぬ証拠」「転ばぬ先の杖」といわれます。
しかし、実務上はそれだけではありません。
相手との関係がこじれたときや、期待した仕事をしてくれないときに、傷口が広がる前に手離れし、次のパートナーを探すための道具でもあります。
契約書は、上手く付き合うためのルールであると同時に、上手く別れるためのツールでもあるのです。

【音声解説】
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【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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