ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
はじめに:契約書を「先に出す」のが有利って本当?
契約交渉の現場において、契約書は単なる“最後の確認書”ではありません。
むしろ、「誰が最初に契約書案を出すか」というタイミングから、商談はすでに駆け引きのフェーズに入っています。
実は、自社側から契約書を提示することによって、交渉の主導権を握ることができます。
相手が作った契約書に後から対応するよりも、自分たちの条件を“標準”として提示できるからです。
ただし、ここで注意したいのが「中身」です。
ネット上にある無料の雛形をそのまま使っただけの契約書を出してしまうと、内容に不備があったり、立場にそぐわない条文が含まれていたりして、かえって不信感を招く結果にもなりかねません。
とくに契約書に不慣れな中小ベンチャー企業の経営者こそ、こうした“ひな形リスク”に注意が必要です。
この記事では、「契約書を先に出す」ことのメリットと注意点、そして雛形を活用する際の実務ポイントについて、最新の法制度やビジネス環境の変化を踏まえて、やさしく解説していきます。
なぜ「先に出す」ことが交渉の主導権につながるのか?
契約書を先に出すメリットは、一言でいえば「土俵を自社でつくれる」ことです。
たとえば、以下のような項目について、自社の考えを起点にして話を進められるのが「先出し」の強みです。
- 報酬の支払条件(いつ・どのように払うか)
- 損害賠償や契約解除の条件
- 業務の範囲と責任の所在
先に出せば、これらを自社にとって無理のない形で“たたき台”として提示できるのです。
相手から修正提案が来たとしても、こちらが「守る側」に回れるため、ペースを乱されにくくなります。
しかも、相手からの要望がどこにあるかも見えるため、交渉における“地雷”や“優先事項”も把握しやすくなります。
ただし「中身が伴わない」契約書は逆効果
ここで重要なのが、“中身の整っていない契約書”を先に出すと、逆に信用を落とすリスクがあるということです。
たとえば以下のようなものです:
- 誤字脱字や不自然な文体が多い
- 「表記ゆれ」が多い(「本契約」と「この契約」、「本件業務」と「本件委託業務」、「および」と「及び」など
- そもそも条文同士に矛盾がある
とくに「ネットで拾ってきた雛形をそのまま使った場合」に起きがちです。
表面的には整っていても、取引の実態に合っていない契約書は、交渉の場でほころびが露呈しやすいのです。
そして、こうしたズレに敏感な相手であればあるほど、「契約に不慣れな相手だ」と見抜かれ、条件面で強く出られてしまうこともあるのです。
雛形を使うなら「そのまま」はNG。立場の見極めがカギ
「では、雛形は使ってはいけないのか?」
そんなことはありません。むしろ、良質な雛形は大いに参考になります。
ただし、以下の点に注意が必要です。
① 無料のネット雛形はリスクが高い
ネット検索で見つかる契約書テンプレートは、一見便利ですが、次のようなリスクをはらんでいます。
- 誰が作ったのか出所が不明なものが多い
- 法改正に対応していないことがある
- 一方的に支払側・受取側のどちらかに偏っている
特に2020年4月施行の「改正民法(債権法)」や2024年11月施行の「フリーランス保護法」など、近年の改正に対応していないまま流通しているひな形も多く見受けられます。
② 契約書には“立場”がある
契約書は、取引のどちら側にいるかによって重要視する条文や構成が変わります。
- 売主(報酬を「受け取る側」):支払遅延を防ぐ条文、損害賠償責任の制限、追加発注/作業があった場合の対応など
- 買主(報酬を「支払う側」):契約不適合責任、損害賠償責任(制限無し)、納期遅延の対応策など
つまり、雛形を使うにしても、自社がどちらの立場かを明確にした上で、それに合ったテンプレートを選び、調整する必要があります。
ただ、専門家でもパッと見て「売主側」「買主側」どちらに有利なテンプレートなのか見極めるのは難しいので、注意が必要です。
AIで契約書を作れる時代──でも“そのまま”使うのは危険
近年では、生成AIを使って契約書を作るサービスも登場しています。
確かに非常に便利で、初期のたたき台には最適です。
しかし、生成AIが作成する契約書は、あくまで汎用的な雛形に過ぎません。
そのまま使ってしまうと、以下のような危険性が生じます:
- 自社のビジネスモデルと合っていない
- 取引の特殊ルールが反映されていない
- 重要な業界慣行が抜けている
つまり、「7割までは作ってくれるけれど、最後の3割は人間の目と経験と皮膚感覚で補う必要がある」というのが現実と思われます。
フリーランス取引では、法的ルールが厳格化
2024年11月に施行された「フリーランス保護法」(正式名称:特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)により、契約書の作成義務や支払条件の明示が法的に義務化されました。
つまり、
- 仕事を依頼するときには、契約内容を書面で交付する
- 報酬の金額と支払期日を明確にする
- 一方的な契約変更を制限する
といった対応が必要です。
とくにクラウドソーシングやSNS経由の取引では、「これまでは口約束でやっていた」というケースが少なくありません。
これからは“契約書がないとコンプライアンスに抵触する”時代なのです。
「フリーランス保護法」について、詳しくは、公正取引委員会の『フリーランス法特設サイト』をご参照ください。
実務で失敗しないために
「契約書を出すべきことは分かった。でも、どう作ればいいか分からない」
「相手から出された契約書が“よくあるひな形”っぽいけど、どこが危ないの?」
そんなときは、早めに専門家に相談するのがおすすめです。
とくに以下のようなときには、プロのアドバイスが有効です:
- 雛形をアレンジして自社仕様の「マスターフォーマット」を作りたいとき
- 相手との力関係に配慮した“落としどころ”を探りたいとき
- 社内で使いまわせる簡易チェックリストを整えたいとき
まとめ:雛形を活かすには「調整」と「戦略」が必要
契約書を先に出すことで、商談の主導権を握ることができる。
これは“契約実務の鉄則”言っても過言ではありません。
ただし、その効果は「中身が整っていれば」の話。
ネットで拾った雛形や生成AIで作った契約書をそのまま出してしまうと、かえって信頼を損なう結果になりかねません。
契約書とは、言い換えれば「ビジネスの設計図」。
現場にフィットした内容であればあるほど、トラブルを予防し、信頼を築く道具になります。
中小ベンチャー企業だからこそ、雛形を“そのまま使う”のではなく、自社用にカスタマイズした「実務に効く契約書」を持っておくことが、これからの時代の重要な備えになるのです。
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最後まで、お読みくださりありがとうございました。
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