ビジネス法務

【契約書のトリセツ】契約書のひな形は、取引ルールを量産する「金型」

ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。

本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。


1.その契約書を100社に使っても大丈夫ですか

目の前の取引先と取り交わした契約書。
その内容を、今後100社との取引に繰り返し使っても大丈夫でしょうか。

「今回だけお金を貸すので金銭消費貸借契約書を作りたい」「中古品を売るので売買契約書を作りたい」「工務店に社屋を建ててもらうので工事請負契約書を作りたい」といった依頼は、基本的に単発の取引を対象としています。

一方、企業間で長期継続的な取引をするために、自社のオリジナル契約書のひな形を作る場合は、考え方がまったく異なります。

会社員時代を含め、私は約25年契約書に携わってきました。
その経験から感じるのは、単発の契約書と、長期間繰り返し使うオリジナルひな形では、作り方の考え方が180度違うということです。


2.契約書のひな形は、取引ルールを量産する金型である

製造業では、金型を使って同じ形の製品を繰り返し作ります。
金型が正しく設計されていれば、品質の安定した製品を効率よく量産できます。
しかし、金型にわずかな設計ミスがあれば、そこから作られる製品すべてに、同じ不具合が生じる可能性があります。

契約書のひな形も、これとよく似ています。
ひな形に定めた業務範囲、金額、支払時期、検収、保証、損害賠償、契約終了などの条件は、その後の取引へ繰り返し転写されます。

単発の契約書に問題があった場合、影響は原則としてその取引にとどまります。
一方、ひな形に設計ミスがあれば、その間違った取引条件が、何十社、何百社との契約にコピーされていきます。
ひな形は、望ましい取引ルールを量産する一方で、設計を誤れば、不利な条件や現場に合わないルールまで量産してしまうのです。


3.過去の契約書を、そのまま使い回してしまう

オリジナルひな形を作る際にありがちなのが、過去に使用した契約書を、そのまま自社のひな形にしてしまうことです。

取引先から提示された契約書を保存し、会社名だけを入れ替えて使う。インターネットで見つけたひな形に、自社の商品名や金額を書き加える。以前の取引で問題が起きなかった契約書を、「これなら大丈夫だろう」と別の取引にも使う。
しかし、その契約書は、特定の取引先、商品、金額、納期、商流を前提に作られたものかもしれません。

最初の数件では、問題が表面化しないこともあります。
ところが、取引先が増え、商品やサービスの内容が変わり、営業方法や料金体系が変化すると、契約書と実際のビジネスとのズレが少しずつ大きくなります。

「これまで問題がなかった」ことは、「これからも問題が起きない」ことを意味しません。
むしろ、繰り返し使用するひな形だからこそ、小さなズレが長い時間をかけて会社全体へ広がっていきます。


4.単発契約とひな形では、考える時間軸が違う

単発の契約書を作る場合、当事者、商品、金額、納期、取引方法など、多くの事実がすでに見えています。

今回の取引について、

  • 誰が、誰に、何を、いつまでに、いくらで提供するのか
  • 問題が起きた場合には、どこまで責任を負うのか

    見えている事実を整理し、その取引に合ったルールを言語化していきます。

一方、オリジナルひな形を作る段階では、将来の取引がすべて決まっているわけではありません。

  • 今後、どのような取引先と契約するのか
  • 発注量や料金体系は変わらないのか
  • 新しい商品やサービスを追加する可能性はないのか
  • 取引先から例外的な要求を受けた場合には、どのように処理するのか

現在の取引だけでなく、将来の事業展開まで想像する必要があります。
長期継続的に使用するひな形を作るとは、

「当社は将来、このような方向へビジネスが発展していくだろうから、ここまで蓋をしてリスクを塞いでおかなければならない」と、未来を見据えてルールを設計すること

ともいえます。
そこには、法律知識だけではなく、経験に裏づけられた感性も求められます。


5.一つの空白が、会社全体の慣行になる

例えば、業務委託契約書のひな形に、追加作業の取扱いが書かれていなかったとします。
取引先から当初の予定になかった作業を頼まれたとき、営業担当者は「今回だけなら」と無料で対応するかもしれません。
しかし、同じひな形を使って取引が増えると、別の営業担当者も同じように対応します。
いつの間にか、追加作業を無料で行うことが会社全体の慣行になっていきます。
後から追加料金を請求しようとしても、取引先から「これまでは基本料金に含まれていました」と言われるかもしれません。

最初は、ひな形に一つの条項がないだけでした。
それが繰り返し使われることで、会社の利益を削る取引ルールとして定着してしまったのです。

ひな形の設計ミスは、法律上のリスクだけにとどまりません。売上、利益、営業方法、現場の作業量、顧客対応にも広がります。

契約書は、自社のビジネスモデルを外に出す文書であり、会社の儲け方を守る文書です。
オリジナルひな形には、その会社がどのように仕事を受け、どこでお金をもらい、どこまで責任を負うのかが反映されていなければなりません。


6.ひな形作成に必要な3つの理解

ビジネス契約書のオリジナルひな形を作成するためには、主に3つの理解が必要です。

必要な理解確認する内容
法律への深い理解条項の意味、法律上の原則、条件を変更した場合の効果
業界への理解商流、取引慣行、利益構造、業界特有のリスク
会社への理解商品・サービス、業務フロー、営業方針、責任範囲、将来の事業展開

ここでいう「深い理解」とは、法律の条文や判例を知っていることだけではありません。
契約法は、法律の考え方を体系化したものです。
一方、契約書は、実際の取引において、どのようなルールにしておくかを決めるものです。
両者は車の両輪ですが、契約法の知識だけで、現場で使えるひな形を作れるわけではありません。

私が新卒で法務部に配属された当時、法律にはそこそこ詳しいつもりでした。
しかし、実際の契約書を読んでも、最初はまったく理解できませんでした。
当時の上司から、次のような趣旨のことを言われたのを覚えています。

「法律は常識の集大成だ。しかし、ビジネスは食うか食われるかの競争社会だ。その中で、どれだけ自社の取り分を確保するかを考えるのが契約書の世界だ」

法律的に「これが正しい」と説明しても、会社から見れば「では、当社はどうやって利益を出すのか」という話になります。

法律の常識と、ビジネスの現場における非常識。
その間を埋め、自社にとって合理的な取引ルールに落とし込むためには、業界と会社そのものへの理解も欠かせません。


7.まとめ|良いひな形は、良い取引を繰り返す仕組みになる

契約書のオリジナルひな形は、単に文章を使い回すためのものではありません。
会社が望む取引条件を標準化し、営業担当者や現場担当者が、同じ基準で取引を進めるための仕組みです。

良い金型が品質の安定した製品を生み出すように、良いひな形は、会社にとって望ましい取引を繰り返し生み出します。
反対に、ひな形に設計ミスがあれば、不利な条件や現場に合わないルールまで、将来の取引へ繰り返し転写されます。
だからこそ、オリジナルひな形を作る際には、法律、業界、会社への深い理解が必要です。現在の取引だけでなく、将来の事業展開まで見据え、どのリスクに蓋をしておくべきかを考えなければなりません。

また、ひな形は一度作って終わりではありません。
商品、商流、料金体系、業務フローが変われば、金型であるひな形もメンテナンスする必要があります。

契約書のひな形を作ることは、会社の取引ルールを量産する仕組みを設計することでもあるのです。


【音声解説】

本記事の内容は、
音声配信『契約書に強くなる!ラジオ』でも解説しています。
▽ 音声はこちら(stand.fm)


🔎 参考記事

ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
ご関心があれば、あわせてご覧ください。


【執筆者】

ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
現場で実際に使える判断基準を前提に、契約実務を整理しています。


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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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