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【契約書のトリセツ】起業初期の契約書作成で注意すべきこと|守れない条項を入れない実務感覚

ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。

目次

本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。


1.その契約書、自社で本当に守れますか?

起業して間もない経営者の方とお話ししていると、契約書についてこういう相談を受けることがあります。

「ネットで良さそうな契約書ひな形を見つけたので、自社用に少し直して使おうと思っています」
「取引先から以前もらった契約書を参考にして、自社フォーマットを作りました」
「大企業が使っていそうな、しっかりした契約書にしたいです」

この感覚は、とても自然です。

創業期の会社にとって、契約書は少し怖い存在です。

何を書けばよいのか分からない。
どこまで決めておけばよいのか分からない。
相手から契約書を出されたとき、どこを見ればよいのか分からない。

だからこそ、ネットのひな形や、過去に取引先から提示された契約書を参考にして、自社の契約書を整えようとする。
あるいは最近では、生成AIに契約書のたたき台を作ってもらう方も増えています。

これ自体は、悪いことではありません。

  • ひな形を参考にする
  • 生成AIでたたき台を作る
  • 一般的な条項の形を知る
  • 抜け漏れを確認する

こうした使い方は、起業初期の会社にとって有効です。
ただ、契約書実務を見ていると、ここで非常に大事な問いがあります。

その契約書に書かれていること、本当に自社で守れますか?

契約書は、立派に見えればよいわけではありません。
難しい言葉が入っていればよいわけでもありません。
条項がたくさん並んでいれば安心、というものでもありません。

むしろ、守れないことを書いてしまうと、契約書は自社を守るどころか、自社の首を絞める文書になります。
契約書に書かれていることは、基本的には守れる前提で取引が進みます。

  • ひな形に入っていたから
  • 専門的に見えるから
  • ちゃんとした会社っぽく見えるから
  • AIが作ってくれたから

という理由で入れた条項でも、契約書に入れた以上、相手からは、

「契約書にそう書いてありますよね」

と言われてしまいます。
今回の記事では、起業初期の経営者に向けて、契約書作成で見落としがちな「守れる契約書」という視点を整理します。


2.起業初期の契約書には「守れることだけ」を書く

結論から言うと、起業初期の契約書には、守れることだけを書くべきです。
逆に言えば、守れないことは書かない。
とても単純です。

創業期の会社は、まだ管理部門が十分に整っていないことが多いです。
営業担当者が契約管理もしている。
社長が請求書も確認している。
現場担当者が納期調整も顧客対応もしている。
法務部門はまだない。
総務・経理も少人数で回している。
その状態で、大企業向けの細かい契約条項をそのまま入れてしまうと、実際の運用が追いつかなくなります。

たとえば、

  • 検査期間
  • 報告期限
  • 秘密情報の管理方法
  • 受発注の回答期限
  • 納期
  • 修正対応
  • 再委託先の管理
  • 情報セキュリティ対応

こうした条項は、見た目はしっかりしていても、実際に守るのはかなり大変なことがあります。

契約書とは、取引の解像度を上げるツールです。
ただし、その取引を実際に回せる自社の体制まで見えていなければ、
解像度を上げたつもりが、かえってリスクを増やすことになります。

契約書は、背伸びして作るものではありません。
自社の事業の実態に合わせて作るものです。


3.ネットのひな形やAI契約書に、守れない義務が入っていた

よくあるのが、ネットで見つけたひな形を使うケースです。

  • 業務委託契約書 ひな形
  • 秘密保持契約書 テンプレート
  • 制作委託契約書 サンプル

こうした検索をすると、たくさんの契約書ひな形が出てきます。
もちろん、参考になるものもあります。
ただし、そのひな形が、自社の事業に合っているとは限りません。

たとえば、秘密保持契約でよくある条項に、次のようなものがあります。

口頭で開示された情報については、開示後14日以内に書面で秘密情報であることを通知した場合に限り、秘密情報として扱う。

一見すると、かなりしっかりした条項です。

打ち合わせやプレゼンで話した内容について、

「あの場で話したこの情報は秘密情報です」

と、毎回14日以内に相手へ書面通知する。
それを忘れずに管理できるでしょうか?
営業、制作、納品、請求、顧客対応、別の案件対応を少人数で回しながら、その通知管理まで本当にできますか?

「できる」なら問題ありません。
しかし、「できない」なら、その条項は実態に合っていません。

もう一つ、検収期間の例もあります。

契約書に、

納品後5営業日以内に検査を行う。

と書いてあったとします。これもよくある条項です。
しかし、自社が発注者側だった場合、本当に5営業日以内に確認できますか?
逆に、自社が受注者側だった場合、相手が5営業日以内に確認してくれる前提でスケジュールを組んで大丈夫でしょうか?

「納品後5営業日」は契約上一般的な表現ではありますが、実務ではあっという間です。

  • 担当者が不在
  • 確認する人が複数いる
  • 社内チェックが必要
  • クライアント側の確認が遅れる
  • 土日祝日を挟む

こういうことは普通に起きます。
ひな形に書いてあるから正しい、ではありません。
自社の取引で本当に回るのか。そこを見ないと危ないです。

これは、生成AIで作った契約書でも同じです。
生成AIは、一般的に整った契約書を作ることは得意です。

「業務委託契約書を作ってください」
「秘密保持条項を入れてください」
「発注者に有利な契約書にしてください」

このように指示すれば、それらしい条項を並べた契約書を作ってくれます。
たたき台としては便利です。

ただし、AIは自社の人員体制、確認フロー、納期管理、検収体制、顧客対応の実態までは、自動では分かりません。

たとえば、AIが作った契約書に、

受注者は、発注者からの問い合わせに対し、2営業日以内に回答する。

と入っていたとします。一見、丁寧な条項です。
しかし、起業初期の会社で、本当に毎回2営業日以内に回答できますか。

  • 社長が現場も見ている
  • 担当者が少ない
  • 繁忙期には問い合わせ対応が遅れる
  • 技術確認や外注先確認が必要な質問もある

こういう状況であれば、「2営業日以内」は自社にとって重い義務になることがあります。
AIが作ったから安全なのではありません。
むしろ、整って見えるからこそ危ないことがあります。

ネットのひな形でも、生成AIの契約書でも、最後に見るべきポイントは同じです。

そこに書かれている義務を、自社が本当に運用できるか。

ここを確認しないまま使うのは危険です。


4.契約書は「自社の実力」に合わせて作るもの

契約書には、自社の実力が出ます。
ここでいう実力とは、営業力や技術力だけではありません。
契約書に書かれたことを、実際に運用できる体制があるかどうかです。

たとえば、受発注のルールです。

取引基本契約書などでは、

注文書を受領後、2営業日以内に拒絶の通知をしない場合、当該注文を承諾したものとみなす。

というような条項が入っていることがあります。
買主側からすると便利です。返事がなければ注文成立。
しかし、売主側にとってはかなり危険な場合があります。

  • 注文書が届いた
  • 2営業日以内に返答しないと、自動的に注文が成立する
  • 注文が成立すれば、納期も決まる
  • 納期に間に合わなければ、責任問題になる可能性がある

本当に対応できますか。
特に、メーカー、制作業、システム開発、受注生産型のビジネスでは、2営業日以内に判断できないことがあります。

  • 材料は確保できるのか
  • 外注先は動けるのか
  • スケジュールは空いているのか
  • 仕様は確定しているのか
  • 価格は妥当なのか
  • 納期に間に合うのか

これらを確認するには、時間がかかります。
大企業であれば、営業、調達、製造、技術、法務、経理が分担して対応できるかもしれません。
しかし、起業初期の会社では、そうはいきません。
少人数で回している会社では、社長や一部の担当者に確認が集中します。
そのため、大企業向けのひな形をそのまま使うと、現実に守れない義務を背負うことがあります。
これは本当に危ないです。

大企業向けの契約書は、細かく書かれていることが多いです。
それは、大企業にはそれを運用するための人・物・お金・情報があるからです。

  • 担当部署がある
  • チェック体制がある
  • 稟議や承認フローがある
  • 法務部門がある
  • 管理システムがある

だから、細かいルールを置いても回る。
しかし、同じものを創業期の会社がそのまま使うと、運用できないことがあります。

契約書は、強そうに見えるかどうかではありません。
自社で守れるかどうか。ここが本質です。


5.実例・実務ポイント|契約書は社長だけで作ってはいけない

起業初期の会社では、社長が契約書を用意することが多いと思います。

  • ネットでひな形を探す
  • 過去に取引先からもらった契約書を参考にする
  • 生成AIでたたき台を作る
  • そこに金額や納期を入れて、自社フォーマットらしく整える

この流れ自体は、珍しくありません。
むしろ、創業期であれば自然です。

ただし、契約書は社長だけで作ってはいけません。
ここで言う「社長だけで作ってはいけない」というのは、必ず大人数で会議をしなさい、という意味ではありません。
大事なのは、社長の頭の中だけで完結させないことです。

【経営者の視点】
社長は、どうしても前向きに考えます。

「この案件は取りたい」
「この条件なら何とかなるだろう」
「多少厳しくても、現場で工夫すれば回せるはず」
「最初の取引だから、ここは頑張って対応しよう」

    この感覚は、経営者として大切です。
    ただ、契約書に書いたことは、実際には現場で運用されます。

    【現場の視点】
    現場は、こう見ています。

    「この納期では厳しい」
    「修正回数を決めてほしい」
    「素材の提供が遅れた場合の扱いを決めてほしい」
    「追加作業は別料金にしてほしい」

    【経理の視点】
    経理は、こう見ています。

    「支払サイトが長すぎる」
    「前金がないと資金繰りが厳しい」
    「検収が遅れると請求が遅れる」

    【顧客対応の視点】
    顧客対応をする担当者は、こう見ています。

    「問い合わせへの回答期限が短すぎる」
    「クレーム対応の範囲が広すぎる」
    「担当者不在時の連絡体制が決まっていない」

    上記を踏まえると、経営者自身は、本来はこう見る必要があります。

    「この価格で受けて利益が残るのか」
    「この条件で継続しても大丈夫か」
    「この顧客と長く付き合えるのか」
    「この契約を守るための社内体制があるのか」

    契約書は、こうした視点をまとめる文書です。
    つまり、全体最適で作るものです。
    社長の「何とかなる」という感覚だけで作ると、後でどこかに無理が出ます。
    特に、起業初期の会社では、営業も制作も経理も顧客対応も、限られた人数で回しています。
    だからこそ、契約書を作るときは、一度立ち止まってください。

    • 自社は本当にこの納期を守れるのか
    • この検収期間で運用できるのか
    • この秘密保持の手続を管理できるのか
    • この受発注ルールで事故が起きないか
    • この支払条件で資金繰りは大丈夫か
    • この修正対応の範囲で利益は残るのか

    この問いが大事です。
    契約書は、相手との約束であると同時に、自社の事業運営を映す鏡でもあります。
    無理な契約書を作るということは、無理な事業運営を約束してしまうことでもあります。


    6.「守れる契約書」にするためのチェックポイント

    では、どうすれば守れる契約書になるのでしょうか。
    まず、契約書を読むときは、条文の意味だけでなく、実際の行動に置き換えてください。

    この条項を守るために、自社は何をする必要があるのか。

    こう考えます。

    たとえば、秘密保持条項であれば、

    • 秘密情報の管理方法は決まっているか
    • 相手に渡した資料を記録しているか
    • 口頭開示後の通知義務があるなら、誰がいつ送るのか
    • メール、チャット、クラウド共有の管理はできているか

    検収条項であれば、

    • 検査期間は現実的か
    • 不具合があった場合の連絡方法は決まっているか
    • 検収後の修正は有償か無償か
    • 相手の確認遅れによる納期変更はどう扱うか

    受発注条項であれば、

    • 注文書を受け取る窓口は誰か
    • 何日以内に返答できるか
    • 返答がないと自動成立する条項になっていないか
    • 注文を受ける前に、納期・価格・仕様を確認できるか

    支払条件であれば、

    • 前金はあるか
    • 納品後何日で請求できるか
    • 検収が遅れた場合、請求も遅れるのか
    • 支払サイトが長すぎないか

    修正・追加対応であれば、

    • 基本料金に含まれる修正回数は何回か
    • どこからが追加費用か
    • 仕様変更の場合、納期や費用を変更できるか
    • 「ちょっと直して」にどこまで応じるのか

    こうして見ていくと、契約書は単なる文章ではなく、実際の業務フローそのものだと分かります。
    守れる契約書とは、自社の業務フローと一致している契約書です。

    • 守れない条項が入っているなら、削る
    • 期間が短すぎるなら、延ばす
    • 自動成立が危険なら、明示的な承諾制にする
    • 無償対応が広すぎるなら、範囲を限定する
    • 曖昧な部分があるなら、別紙や仕様書で整理する

    これが契約書のカスタマイズです。

    ひな形を使うこと自体が悪いわけではありません。
    生成AIを使ってたたき台を作ることも、使い方次第では有効です。
    ただし、ひな形もAI契約書も、あくまで出発点です。
    自社の事業、自社の業務フロー、自社の人員体制、自社の資金繰りに合わせて直していく。
    それではじめて、契約書は実務で使える文書になります。


    7.まとめ|契約書は、誠実に作る

    今回のポイントを整理します。

    • 契約書には、守れることだけを書く
    • 守れないことは、格好よく見えても書かない
    • ネットのひな形や大企業向けの契約書は、そのまま自社に合うとは限らない
    • 生成AIで作った契約書も、自社で運用できるかを必ず確認する
    • 秘密保持、検収、受発注、納期、支払条件などは、実際に運用できるか確認する
    • 起業初期の会社は、大企業より経営資源が限られている
    • 契約書は、自社の実力と業務フローに合わせて作る必要がある
    • 契約書は、営業、制作、経理、経営をつなぐ全体最適の文書である

    そして何より大事なのは、契約書を誠実に作ることです。

    これは、相手に優しい契約書にするという意味だけではありません。
    自社に対しても誠実である、という意味です。

    • 守れないことを書かない
    • できないことを約束しない
    • 管理できない義務を背負わない
    • 実態に合わないひな形を、そのまま使わない
    • 生成AIが作った条項でも、自社で運用できないものはそのまま採用しない

    契約書とは、取引の解像度を上げるツールです。

    その解像度は、相手との関係だけではなく、自社の事業体制にも向ける必要があります。

    • 自社は何を提供できるのか
    • いつまでに対応できるのか
    • どこまで管理できるのか
    • どこからは対応できないのか
    • どの条件なら、無理なく継続できるのか

    ここを言葉にするのが契約書です。

    起業初期の会社にとって、立派すぎる契約書は、必ずしも味方ではありません。
    本当に必要なのは、自社の事業に合った契約書です。

    守れることだけを書く
    守れないことは書かない

    シンプルですが、これが契約書作成で一番大事な実務感覚なのだと思います。


    【音声解説】

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    【執筆者】

    ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
    現場で実際に使える判断基準を前提に、契約実務を整理しています。


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