ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
目次
- 1.その契約書、自社で本当に守れますか?
- 2.起業初期の契約書には「守れることだけ」を書く
- 3.ネットのひな形やAI契約書に、守れない義務が入っていた
- 4.契約書は「自社の実力」に合わせて作るもの
- 5.実例・実務ポイント|契約書は社長だけで作ってはいけない
- 6.「守れる契約書」にするためのチェックポイント
- 7.まとめ|契約書は、誠実に作る
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.その契約書、自社で本当に守れますか?
起業して間もない経営者の方とお話ししていると、契約書についてこういう相談を受けることがあります。
「ネットで良さそうな契約書ひな形を見つけたので、自社用に少し直して使おうと思っています」
「取引先から以前もらった契約書を参考にして、自社フォーマットを作りました」
「大企業が使っていそうな、しっかりした契約書にしたいです」
この感覚は、とても自然です。
創業期の会社にとって、契約書は少し怖い存在です。
何を書けばよいのか分からない。
どこまで決めておけばよいのか分からない。
相手から契約書を出されたとき、どこを見ればよいのか分からない。
だからこそ、ネットのひな形や、過去に取引先から提示された契約書を参考にして、自社の契約書を整えようとする。
あるいは最近では、生成AIに契約書のたたき台を作ってもらう方も増えています。
これ自体は、悪いことではありません。
- ひな形を参考にする
- 生成AIでたたき台を作る
- 一般的な条項の形を知る
- 抜け漏れを確認する
こうした使い方は、起業初期の会社にとって有効です。
ただ、契約書実務を見ていると、ここで非常に大事な問いがあります。
その契約書に書かれていること、本当に自社で守れますか?
契約書は、立派に見えればよいわけではありません。
難しい言葉が入っていればよいわけでもありません。
条項がたくさん並んでいれば安心、というものでもありません。
むしろ、守れないことを書いてしまうと、契約書は自社を守るどころか、自社の首を絞める文書になります。
契約書に書かれていることは、基本的には守れる前提で取引が進みます。
- ひな形に入っていたから
- 専門的に見えるから
- ちゃんとした会社っぽく見えるから
- AIが作ってくれたから
という理由で入れた条項でも、契約書に入れた以上、相手からは、
「契約書にそう書いてありますよね」
と言われてしまいます。
今回の記事では、起業初期の経営者に向けて、契約書作成で見落としがちな「守れる契約書」という視点を整理します。
2.起業初期の契約書には「守れることだけ」を書く
結論から言うと、起業初期の契約書には、守れることだけを書くべきです。
逆に言えば、守れないことは書かない。
とても単純です。
創業期の会社は、まだ管理部門が十分に整っていないことが多いです。
営業担当者が契約管理もしている。
社長が請求書も確認している。
現場担当者が納期調整も顧客対応もしている。
法務部門はまだない。
総務・経理も少人数で回している。
その状態で、大企業向けの細かい契約条項をそのまま入れてしまうと、実際の運用が追いつかなくなります。
たとえば、
- 検査期間
- 報告期限
- 秘密情報の管理方法
- 受発注の回答期限
- 納期
- 修正対応
- 再委託先の管理
- 情報セキュリティ対応
こうした条項は、見た目はしっかりしていても、実際に守るのはかなり大変なことがあります。
契約書とは、取引の解像度を上げるツールです。
ただし、その取引を実際に回せる自社の体制まで見えていなければ、
解像度を上げたつもりが、かえってリスクを増やすことになります。
契約書は、背伸びして作るものではありません。
自社の事業の実態に合わせて作るものです。
3.ネットのひな形やAI契約書に、守れない義務が入っていた
よくあるのが、ネットで見つけたひな形を使うケースです。
- 業務委託契約書 ひな形
- 秘密保持契約書 テンプレート
- 制作委託契約書 サンプル
こうした検索をすると、たくさんの契約書ひな形が出てきます。
もちろん、参考になるものもあります。
ただし、そのひな形が、自社の事業に合っているとは限りません。
たとえば、秘密保持契約でよくある条項に、次のようなものがあります。
口頭で開示された情報については、開示後14日以内に書面で秘密情報であることを通知した場合に限り、秘密情報として扱う。
一見すると、かなりしっかりした条項です。
打ち合わせやプレゼンで話した内容について、
「あの場で話したこの情報は秘密情報です」
と、毎回14日以内に相手へ書面通知する。
それを忘れずに管理できるでしょうか?
営業、制作、納品、請求、顧客対応、別の案件対応を少人数で回しながら、その通知管理まで本当にできますか?
「できる」なら問題ありません。
しかし、「できない」なら、その条項は実態に合っていません。
もう一つ、検収期間の例もあります。
契約書に、
納品後5営業日以内に検査を行う。
と書いてあったとします。これもよくある条項です。
しかし、自社が発注者側だった場合、本当に5営業日以内に確認できますか?
逆に、自社が受注者側だった場合、相手が5営業日以内に確認してくれる前提でスケジュールを組んで大丈夫でしょうか?
「納品後5営業日」は契約上一般的な表現ではありますが、実務ではあっという間です。
- 担当者が不在
- 確認する人が複数いる
- 社内チェックが必要
- クライアント側の確認が遅れる
- 土日祝日を挟む
こういうことは普通に起きます。
ひな形に書いてあるから正しい、ではありません。
自社の取引で本当に回るのか。そこを見ないと危ないです。
これは、生成AIで作った契約書でも同じです。
生成AIは、一般的に整った契約書を作ることは得意です。
「業務委託契約書を作ってください」
「秘密保持条項を入れてください」
「発注者に有利な契約書にしてください」
このように指示すれば、それらしい条項を並べた契約書を作ってくれます。
たたき台としては便利です。
ただし、AIは自社の人員体制、確認フロー、納期管理、検収体制、顧客対応の実態までは、自動では分かりません。
たとえば、AIが作った契約書に、
受注者は、発注者からの問い合わせに対し、2営業日以内に回答する。
と入っていたとします。一見、丁寧な条項です。
しかし、起業初期の会社で、本当に毎回2営業日以内に回答できますか。
- 社長が現場も見ている
- 担当者が少ない
- 繁忙期には問い合わせ対応が遅れる
- 技術確認や外注先確認が必要な質問もある
こういう状況であれば、「2営業日以内」は自社にとって重い義務になることがあります。
AIが作ったから安全なのではありません。
むしろ、整って見えるからこそ危ないことがあります。
ネットのひな形でも、生成AIの契約書でも、最後に見るべきポイントは同じです。
そこに書かれている義務を、自社が本当に運用できるか。
ここを確認しないまま使うのは危険です。
4.契約書は「自社の実力」に合わせて作るもの
契約書には、自社の実力が出ます。
ここでいう実力とは、営業力や技術力だけではありません。
契約書に書かれたことを、実際に運用できる体制があるかどうかです。
たとえば、受発注のルールです。
取引基本契約書などでは、
注文書を受領後、2営業日以内に拒絶の通知をしない場合、当該注文を承諾したものとみなす。
というような条項が入っていることがあります。
買主側からすると便利です。返事がなければ注文成立。
しかし、売主側にとってはかなり危険な場合があります。
- 注文書が届いた
- 2営業日以内に返答しないと、自動的に注文が成立する
- 注文が成立すれば、納期も決まる
- 納期に間に合わなければ、責任問題になる可能性がある
本当に対応できますか。
特に、メーカー、制作業、システム開発、受注生産型のビジネスでは、2営業日以内に判断できないことがあります。
- 材料は確保できるのか
- 外注先は動けるのか
- スケジュールは空いているのか
- 仕様は確定しているのか
- 価格は妥当なのか
- 納期に間に合うのか
これらを確認するには、時間がかかります。
大企業であれば、営業、調達、製造、技術、法務、経理が分担して対応できるかもしれません。
しかし、起業初期の会社では、そうはいきません。
少人数で回している会社では、社長や一部の担当者に確認が集中します。
そのため、大企業向けのひな形をそのまま使うと、現実に守れない義務を背負うことがあります。
これは本当に危ないです。
大企業向けの契約書は、細かく書かれていることが多いです。
それは、大企業にはそれを運用するための人・物・お金・情報があるからです。
- 担当部署がある
- チェック体制がある
- 稟議や承認フローがある
- 法務部門がある
- 管理システムがある
だから、細かいルールを置いても回る。
しかし、同じものを創業期の会社がそのまま使うと、運用できないことがあります。
契約書は、強そうに見えるかどうかではありません。
自社で守れるかどうか。ここが本質です。
5.実例・実務ポイント|契約書は社長だけで作ってはいけない
起業初期の会社では、社長が契約書を用意することが多いと思います。
- ネットでひな形を探す
- 過去に取引先からもらった契約書を参考にする
- 生成AIでたたき台を作る
- そこに金額や納期を入れて、自社フォーマットらしく整える
この流れ自体は、珍しくありません。
むしろ、創業期であれば自然です。
ただし、契約書は社長だけで作ってはいけません。
ここで言う「社長だけで作ってはいけない」というのは、必ず大人数で会議をしなさい、という意味ではありません。
大事なのは、社長の頭の中だけで完結させないことです。
【経営者の視点】
社長は、どうしても前向きに考えます。
「この案件は取りたい」
「この条件なら何とかなるだろう」
「多少厳しくても、現場で工夫すれば回せるはず」
「最初の取引だから、ここは頑張って対応しよう」
この感覚は、経営者として大切です。
ただ、契約書に書いたことは、実際には現場で運用されます。
【現場の視点】
現場は、こう見ています。
「この納期では厳しい」
「修正回数を決めてほしい」
「素材の提供が遅れた場合の扱いを決めてほしい」
「追加作業は別料金にしてほしい」
【経理の視点】
経理は、こう見ています。
「支払サイトが長すぎる」
「前金がないと資金繰りが厳しい」
「検収が遅れると請求が遅れる」
【顧客対応の視点】
顧客対応をする担当者は、こう見ています。
「問い合わせへの回答期限が短すぎる」
「クレーム対応の範囲が広すぎる」
「担当者不在時の連絡体制が決まっていない」
上記を踏まえると、経営者自身は、本来はこう見る必要があります。
「この価格で受けて利益が残るのか」
「この条件で継続しても大丈夫か」
「この顧客と長く付き合えるのか」
「この契約を守るための社内体制があるのか」
契約書は、こうした視点をまとめる文書です。
つまり、全体最適で作るものです。
社長の「何とかなる」という感覚だけで作ると、後でどこかに無理が出ます。
特に、起業初期の会社では、営業も制作も経理も顧客対応も、限られた人数で回しています。
だからこそ、契約書を作るときは、一度立ち止まってください。
- 自社は本当にこの納期を守れるのか
- この検収期間で運用できるのか
- この秘密保持の手続を管理できるのか
- この受発注ルールで事故が起きないか
- この支払条件で資金繰りは大丈夫か
- この修正対応の範囲で利益は残るのか
この問いが大事です。
契約書は、相手との約束であると同時に、自社の事業運営を映す鏡でもあります。
無理な契約書を作るということは、無理な事業運営を約束してしまうことでもあります。
6.「守れる契約書」にするためのチェックポイント
では、どうすれば守れる契約書になるのでしょうか。
まず、契約書を読むときは、条文の意味だけでなく、実際の行動に置き換えてください。
この条項を守るために、自社は何をする必要があるのか。
こう考えます。
たとえば、秘密保持条項であれば、
- 秘密情報の管理方法は決まっているか
- 相手に渡した資料を記録しているか
- 口頭開示後の通知義務があるなら、誰がいつ送るのか
- メール、チャット、クラウド共有の管理はできているか
検収条項であれば、
- 検査期間は現実的か
- 不具合があった場合の連絡方法は決まっているか
- 検収後の修正は有償か無償か
- 相手の確認遅れによる納期変更はどう扱うか
受発注条項であれば、
- 注文書を受け取る窓口は誰か
- 何日以内に返答できるか
- 返答がないと自動成立する条項になっていないか
- 注文を受ける前に、納期・価格・仕様を確認できるか
支払条件であれば、
- 前金はあるか
- 納品後何日で請求できるか
- 検収が遅れた場合、請求も遅れるのか
- 支払サイトが長すぎないか
修正・追加対応であれば、
- 基本料金に含まれる修正回数は何回か
- どこからが追加費用か
- 仕様変更の場合、納期や費用を変更できるか
- 「ちょっと直して」にどこまで応じるのか
こうして見ていくと、契約書は単なる文章ではなく、実際の業務フローそのものだと分かります。
守れる契約書とは、自社の業務フローと一致している契約書です。
- 守れない条項が入っているなら、削る
- 期間が短すぎるなら、延ばす
- 自動成立が危険なら、明示的な承諾制にする
- 無償対応が広すぎるなら、範囲を限定する
- 曖昧な部分があるなら、別紙や仕様書で整理する
これが契約書のカスタマイズです。
ひな形を使うこと自体が悪いわけではありません。
生成AIを使ってたたき台を作ることも、使い方次第では有効です。
ただし、ひな形もAI契約書も、あくまで出発点です。
自社の事業、自社の業務フロー、自社の人員体制、自社の資金繰りに合わせて直していく。
それではじめて、契約書は実務で使える文書になります。
7.まとめ|契約書は、誠実に作る
今回のポイントを整理します。
- 契約書には、守れることだけを書く
- 守れないことは、格好よく見えても書かない
- ネットのひな形や大企業向けの契約書は、そのまま自社に合うとは限らない
- 生成AIで作った契約書も、自社で運用できるかを必ず確認する
- 秘密保持、検収、受発注、納期、支払条件などは、実際に運用できるか確認する
- 起業初期の会社は、大企業より経営資源が限られている
- 契約書は、自社の実力と業務フローに合わせて作る必要がある
- 契約書は、営業、制作、経理、経営をつなぐ全体最適の文書である
そして何より大事なのは、契約書を誠実に作ることです。
これは、相手に優しい契約書にするという意味だけではありません。
自社に対しても誠実である、という意味です。
- 守れないことを書かない
- できないことを約束しない
- 管理できない義務を背負わない
- 実態に合わないひな形を、そのまま使わない
- 生成AIが作った条項でも、自社で運用できないものはそのまま採用しない
契約書とは、取引の解像度を上げるツールです。
その解像度は、相手との関係だけではなく、自社の事業体制にも向ける必要があります。
- 自社は何を提供できるのか
- いつまでに対応できるのか
- どこまで管理できるのか
- どこからは対応できないのか
- どの条件なら、無理なく継続できるのか
ここを言葉にするのが契約書です。
起業初期の会社にとって、立派すぎる契約書は、必ずしも味方ではありません。
本当に必要なのは、自社の事業に合った契約書です。
守れることだけを書く
守れないことは書かない
シンプルですが、これが契約書作成で一番大事な実務感覚なのだと思います。

【音声解説】
本記事の内容は、
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【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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