ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.取引先に「できません」と言えますか
契約書のご相談を受けていると、条文の内容そのものではなく、
取引先に、どのように説明したらよいのでしょうか。
というご質問をいただくことがあります。
- 取引先から無理な追加作業を頼まれた
- 納品後に、当初の契約範囲を超える修正を求められた
- 自社に責任がないと思われるクレームを受けた
- 本当は「そこまでは対応できません」と言いたい
しかし、取引先との関係が悪くなるのが怖くて、つい引き受けてしまう。
その場では収まったとしても、現場の負担は増え、会社の利益は少しずつ減っていきます。
一方で、何の根拠も示さずに「できません」と突っぱねれば、相手は「なぜできないのか」「自分たちだけ冷たく扱われているのではないか」と感じるかもしれません。
自社を守りたい。しかし、取引先との関係も壊したくない。
こうした言いにくいことを相手に伝える場面で、契約書が大きな役割を果たします。
2.人が断るのではなく、契約書に断ってもらう
以前、私のお客様がこんなことをおっしゃっていました。
契約書があったので、相手に対して言いにくいことも言えました。
この言葉は、契約書の役割を実によく表していると思います。
担当者が自分の判断で「できません」と言えば、どうしても角が立ちます。
しかし、あらかじめ契約書に、
- ここまでが業務範囲です
- これを超える作業には追加料金が発生します
- この場合は補修の対象になりません
と定めてあれば、双方で決めたルールとして説明できます。
つまり、
私が嫌だから断っているのではありません。最初に双方で決めた契約条件に基づいて対応しています。
と言えるわけです。
言いにくい「できません」を、担当者に代わって契約書に言ってもらう。
これも契約書の大切な使い方です。
3.その場しのぎの無料対応が積み重なる
契約書に業務範囲や追加料金のルールが書かれていないと、現場の担当者がその都度判断しなければなりません。
取引先から、
「これくらいは基本料金に含まれていますよね」
「前回は無料でやってくれましたよ」
「長い付き合いなのだから、今回くらいお願いしますよ」
と言われれば、なかなか断りにくいものです。
一度だけならよいかもしれません。
しかし、その一度が前例となり、次からは「前にもやってくれた」という話になります。
その結果、無償の追加作業が少しずつ積み重なり、現場は疲弊し、会社の利益も減っていきます。
それでも担当者が断れば、その担当者だけが「融通の利かない人」「付き合いの悪い人」と思われてしまうことがあります。
これでは、担当者がかわいそうです。
本来は会社として決めるべき取引条件を、現場の担当者個人に背負わせてはいけません。
4.「超えてはいけない一線」を事前に決めておく
契約書というと、「裁判で勝つための動かぬ証拠」と思われがちです。
もちろん、最悪の事態に備えて証拠を残すことは重要です。
しかし、一般的なビジネスにおいて、毎日のように裁判をするわけではありません。
むしろ、契約書が日頃の取引で果たす役割は、取引先との間に「ここから先は超えてはいけない一線」を引いておくことです。
例えば、次のようなルールです。
- どこまでが通常料金に含まれるのか
- どの時点から追加作業になるのか
- どのような不具合なら無償で補修するのか
- 納品後の対応はいつまで行うのか
- 問題が起きたとき、誰に報告し、どのように協議するのか
こうした一線が契約書に書かれていれば、担当者は自分の感情やその場の判断ではなく、会社のルールに基づいて話すことができます。
契約書は、現場の人が安心して「できません」と言うための根拠にもなるのです。
5.理不尽なクレームを契約書で受け止める
先ほどご紹介したお客様は、取引先から理不尽とも思えるクレームを受けていました。
相手からは、商品の補修や交換を求められたそうです。
契約書がなければ、「こちらに責任はありません」「いや、そちらの責任だ」という感情的な押し問答になっていたかもしれません。
しかし、その契約書には、契約不適合責任、つまり、どのような場合に売り手が補修などの責任を負うのかが定められていました。
そこで、契約書の基準と実際に納めた商品を照らし合わせた上で、
契約書に定めた基準からすると、今回は補修の対象には該当しません。当社としては、契約どおりの良品を納めています。
と、論理的に説明することができました。
何の根拠もなく相手の要求を突っぱねたのではありません。
最初に双方で決めたルールを確認しただけです。
そのため、自社の利益を不必要に減らすことなく、相手との関係性も壊れませんでした。
今も平穏にビジネスが続いているそうです。
契約書が、担当者に代わって言いにくいことを伝えてくれた好例だと思います。
6.将来「断りにくくなる場面」から条項を考える
契約書を作る際には、法律上必要とされる決まり文句を並べるだけでは足りません。
実際の取引を思い浮かべながら、「将来、何を断りにくくなるだろうか」と考えてみてください。
| 言いにくくなりそうなこと | 契約書で決めておくこと |
|---|---|
| 追加作業を断りたい | 業務範囲、変更手続、追加料金 |
| 無期限の補修を断りたい | 保証期間、補修範囲 |
| 理不尽なクレームを断りたい | 仕様、検収基準、契約不適合責任 |
| 急な値下げを断りたい | 価格、価格改定の条件 |
| 一方的な指示を止めたい | 指示系統、協議・報告の方法 |
| 長期にわたる対応を終えたい | 契約期間、中途解約、解除条件 |
さらに、契約書を作った後は、現場での伝え方まで考えておくことが重要です。
例えば、追加作業を頼まれた場合は、次のように説明できます。
ご要望の内容は、現在の契約書に定める業務範囲には含まれておりません。ただし、別途お見積りをした上で対応することは可能です。
単に「できません」と突っぱねるのではなく、契約書のルールを示した上で、別の選択肢を提示するわけです。
契約書は、無理な要求には一線を引きつつ、次の話し合いにつなげるための道具でもあるのです。
7.まとめ|契約書は、断る担当者を悪者にしない
ビジネスは、お互いがWin-Winで儲けるために行うものです。
コストや手間、時間をかけてまで「相手を訴えてやる」と出るところまで出るのは、本当によほどの事態です。
そのような事態に備え、裁判の証拠として契約書を揃えておくという考え方も、当然大切です。
一方で私は、日頃の取引におけるコミュニケーションを円滑にするために、ルールとして契約書を置いておくことにも、同じくらい大きな意味があると考えています。
- 言いにくいことを担当者個人に背負わせない
- 何の根拠もなく要求を突っぱねるのではなく、双方で決めたルールを示しながら説明する
- そして、自社を守りつつ、相手との関係も壊さない
人が「できません」と言えば角が立つことがあります。
だからこそ、言いにくい「できません」は契約書に言ってもらう。
契約書とは、相手と平和にビジネスを続けるための、コミュニケーションのルールブックなのです。

【音声解説】
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🔎 参考記事
ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
ご関心があれば、あわせてご覧ください。
【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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