ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.同じ日本語なのに、なぜ契約書は読みにくいのか
日本語で書かれているはずなのに、契約書を読むとなぜか内容がスルスルと頭に入ってこない。
皆さんも、契約書を読みながら途中で、
「あれ? 甲ってどっちだっけ?」
と、最初のページへ戻った経験はないでしょうか。
契約書が読みにくいのは、難しい法律用語がたくさん使われているからだと思われがちです。
私自身も約25年前に法務の仕事に就いた頃は、そう思っていました。
しかし、約25年間にわたって契約書を読み続けてきて、必ずしも専門用語だけが原因ではないことに気づきました。
契約書を読みやすくするには、まず「読むための下ごしらえ」をした方がよいのです。
2.読む前に「甲・乙」を当事者の名前へ戻す
契約書をWordなどのデータで受け取ったら、いきなり第1条から読み始めないでください。
まず契約書の冒頭を確認し、「甲」と「乙」がそれぞれ誰を指しているのかを把握します。
その上で、原本とは別にレビュー用のコピーを作り、Wordの一括置換機能を使って、次のように書き換えます。
- 甲→当社
- 乙→お客様
- 丙→再委託先
たったこれだけです。
これだけで、契約書は劇的に読みやすくなります。
実際にセミナーでこの方法をお伝えすると、後日、
「一括置換してみたら、本当にスラスラと読めるようになりました。こんな単純なことだったんですね」
と、わざわざメールでご報告いただくことがあります。
契約書を読む力は、難しい文章を我慢して読み続ける力ではありません。
まず、自分が読みやすい状態へ整えることから始まります。
3.条文の意味より「甲・乙の確認」に頭を使っている
例えば、契約書に次のような条文が書かれていたとします。
甲は、乙に対し、本件業務の遂行に必要な資料を提供するものとする。乙は、甲の事前の承諾なく、本件業務を第三者に再委託してはならない。
一つひとつの言葉は、それほど難しくありません。ところが、読み手は無意識のうちに、
「甲は当社だったかな」
「乙がお客様だったかな」
「再委託の承諾をするのはどちらだろう」
と、甲・乙を実際の当事者へ変換しながら読んでいます。
つまり、条文の中身を理解する前に、登場人物を確認する作業へ頭を使っているのです。
文章が長くなり、第三者や再委託先などが登場すると、さらに混乱します。
これは法律知識が足りないというよりも、記号を人物へ変換し続けることで、頭に余計な負担がかかっている状態です。
4.専門用語より「記号」が取引の姿を見えにくくしている
契約書には、専門用語が大量に使われていると思われがちです。
しかし、「損害賠償」「違約金」「検収」などは、一般的なビジネスの現場でも使われています。
「損害賠償」と聞けば、相手に損害を与えた場合にその穴埋めをすることだと、大体のイメージはつくでしょう。
私の実務感覚では、一般的な契約書を読む入口で、特に意味を確認しておきたい専門用語の代表例は、次のようなものです。
- 契約不適合責任
- 合意管轄裁判所
もちろん、契約内容によって専門的な言葉はほかにも登場します。
それでも、契約書のすべてが法律用語で書かれているわけではありません。
むしろ読みにくさの大きな原因は、「甲・乙」という記号によって、誰が何をするのかが見えにくくなっていることです。
「甲・乙」は文章を短くするには便利ですが、実際の取引の姿を隠してしまう面もあります。
5.「当社・お客様」に置き換えると、権利と義務が見えてくる
先ほどのような条文を、「当社・お客様」に置き換えてみましょう。
| 置換前 | 置換後 |
|---|---|
| 甲は、乙に対し、資料を提供する。 | 当社は、お客様に対し、資料を提供する。 |
| 乙は、甲の承諾なく再委託してはならない。 | お客様は、当社の承諾なく再委託してはならない。 |
| 乙は、甲に対し、損害を賠償する。 | お客様は、当社に対し、損害を賠償する。 |
置換後であれば、誰が資料を渡し、誰が承諾し、誰が損害賠償責任を負うのかが一目で分かります
契約書レビューとは、難しい法律用語を解読する作業だけではありません。
「誰が、誰に対して、何をするのか」を文章から取り出し、自社が負う義務と、相手に求められる権利を確認する作業です。
甲・乙を「当社・お客様」に置き換えることは、いわば、その取引の登場人物を表舞台へ戻す作業なのです。
6.契約書を読む前に行いたい4つの下ごしらえ
契約書を受け取ったら、次の順番で準備してみてください。
① 当事者の定義を確認する
「甲は当然に当社だろう」と思い込んではいけません。
お客様から送られてきた契約書では、当社が乙になっていることもあります。
必ず冒頭の当事者表示を確認します。
② レビュー用のコピーを作る
お客様から受け取った原本を直接書き換えるのではなく、確認作業用のコピーを作成します。
原本は、そのまま保存しておきましょう。
③ 甲・乙を一括置換する
Wordの検索・置換機能を使い、甲・乙を「当社・お客様」へ変更します。
三者契約であれば、丙についても実際の役割が分かる言葉へ置き換えます。
なお、取引の相手が必ずしもお客様とは限りません。
仕入先や外注先との契約であれば、「お客様」ではなく「仕入先」「委託先」「取引先」など、実際の立場が分かる言葉へ置き換えてください。
置換後は、意図しない箇所まで変更されていないかを確認します。
④ 曖昧な形容詞や副詞を探す
「綺麗な商品を納入する」「ちゃんと作業する」といった表現は、日常会話では便利です。
しかし、「綺麗」「ちゃんと」の基準は人によって違います。
当社が十分に綺麗だと思って納品しても、お客様から「1ミリの傷があるから綺麗ではない」と言われれば、解釈のズレが生じます。
そのため、契約書では、
別紙仕様書に定める条件を満たした本件商品を納入する
など、第三者が読んでも判断できる基準へ置き換えます。
契約書の文章が少し硬く感じられるのは、こうした解釈のズレを減らすためなのです。
7.まとめ|読みやすい状態をつくることも契約書を読む力である
契約書は、小説のように人を感動させる文章でも、会社案内のように分かりやすく魅力を伝える文章でもありません。
契約を締結した時の合意事項を、3年後、5年後に誰が読んでも一つの解釈にしか取れないように言語化し、「凍結保存」しておくための書類です。
その厳密さゆえに、どうしても硬い言い回しになります。
しかし、契約書が読みにくいからといって、最初から法律知識が足りないと諦める必要はありません。
まずは「甲・乙」を「当社・お客様」に戻してみる。
次に、誰が、誰に対して、何をするのかを確認する。
そして、「綺麗」「ちゃんと」などの曖昧な言葉が、誰でも判断できる基準になっているかを見る。
契約書を読む力とは、難しい文章に耐える力ではありません。
契約書を、自分が正確に読める状態へ整える力でもあるのです。

【音声解説】
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🔎 参考記事
ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
ご関心があれば、あわせてご覧ください。
【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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