ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.契約書を何度読んでも、なぜ内容が頭に入らないのか
契約書を読んでいると、途中で誰の話をしているのか分からなくなることはありませんか。
一つの条文が長いうえに、「ただし」「前項の場合」「正当な理由なく」「第三者から請求を受けたとき」などの条件が次々と加わります。
文章を最初から最後まで追いかけているうちに、結局、誰が何をしなければならない条文なのかを見失ってしまうのです。
契約書の読み方を勉強しようとして、難しい法律用語から調べ始める方もいます。
しかし、言葉の意味を一つずつ調べても、条文全体の構造が見えていなければ、なかなか内容は頭に入りません。
では、契約条項を読むには、どこから手をつければよいのでしょうか。
2.「誰が・誰に対して・何をする」に分解する
契約条項を読むときは、まず次の3つのパーツに分解してください。
| パーツ | 確認すること |
|---|---|
| 誰が | 権利を持つ人、または義務を負う人は誰か |
| 誰に対して | その権利や義務が向かう相手は誰か |
| 何をするのか | 何ができるのか、何をしなければならないのか |
例えば、
「乙は、甲に対し、業務委託料を支払わなければならない。」
という条文であれば、骨組みは単純です。
「乙が」「甲に対して」「業務委託料を支払う」
契約書の文章が難しく見えても、骨組みはこのような形でできています。
私はこれを、条文の「スケルトン」と考えています。
条文を文章のまま理解しようとせず、まずスケルトンだけを取り出す。
これが、契約書を読み解く第一歩です。
3.法律用語に気を取られ、主語を見失う
契約書に苦手意識を持つ方は、「契約不適合責任」「善管注意義務」「不可抗力」といった法律用語に目を奪われがちです。
もちろん、これらの言葉の意味を確認することは必要です。
しかし、その前にもっと大事なことがあります。
- その責任を負うのは誰なのか
- 誰に対して責任を負うのか
- 具体的に、何をしなければならないのか
ここが分からないまま法律用語だけを調べても、自社にどのような影響があるのかは見えてきません。
私自身も、法務の仕事を始めた頃、先輩から口酸っぱく言われました。
「主語を捕まえろ。主語は誰に対して何をするんだ。それを大まかにつかめ」
実際に法務の現場でやっているのは、まず主語を捕まえ、相手を確認し、最後の動詞を見るという地道な作業です。
4.契約書は権利と責任の「配線図」である
契約書は、小説のように最初から最後まで流れを味わって読む文章ではありません。
誰から誰へ、どのような権利や義務が向かっているのかを示す、いわば「配線図」です。
- 「甲は乙に請求できる」と書かれていれば、甲から乙へ請求権の線が伸びています
- 「乙は甲に報告しなければならない」と書かれていれば、乙から甲へ報告義務の線が伸びています
- 「甲は第三者に開示してはならない」と書かれていれば、甲の情報開示を禁止する線が引かれています
特に注意したいのが、文章の最後です。
- 「できる」であれば権利
- 「しなければならない」であれば義務
- 「してはならない」であれば禁止
- 「努める」と書かれていれば、直ちに結果まで求める規定なのか、努力を求める趣旨なのかをさらに確認する必要あり
契約書は、最後の動詞まで読まなければ、権利なのか義務なのかさえ判断できません。
5.「第三者」が登場すると矢印が増える
契約書の難易度が一気に上がるのは、甲と乙以外の「第三者」が登場するときです。
例えば、甲が製作した装置を乙へ納入したところ、その装置について第三者であるA社から「当社の知的財産権を侵害している」と主張されたとします。
この場面には、複数の関係が存在します。
- 甲から乙へ、装置が納入される
- A社から乙へ、権利侵害の主張が行われる
- 乙がA社に対して、損害を負担することがある
- 乙から甲へ、その負担分を請求することがある
これを一つの長い文章として読もうとすると、甲、乙、第三者が入り乱れて分かりにくくなります。
そこで、最終的に問題となる条文を、次のように分解します。
「甲が」「乙に対して」「乙が負担した損害を賠償する」
ここまで骨組みを取り出せば、その条文によって責任を負うのが甲であり、請求を受ける可能性があるのも甲だと分かります。
その後で、
- どのような場合に責任を負うのか
- 賠償の範囲はどこまでか
- 甲に責任がない場合も含まれるのか
といった細かな条件を確認していけばよいのです。
最初から全部を理解しようとせず、まず矢印の向きを確認する。
この順番が大切です。
6.条文を読むときの3つの手順
実際に契約書をチェックするときは、慣れないうちは面倒でも条文ごとに次の作業をしてみるのがおすすめです。
まず、「誰が」に丸をつけます。
甲、乙、委託者、受託者、発注者、受注者など、呼び方は契約書によって異なります。
次に、「誰に対して」に線を引きます。
甲と乙だけでなく、「顧客」「利用者」「再委託先」「第三者」が出てきたら、契約当事者との関係も整理します。
最後に、「何をするのか」を四角で囲みます。
「支払う」「納品する」「報告する」「請求できる」「開示してはならない」など、文章の最後に置かれた動詞まで確認してください。
この3つを押さえた後で、期限、金額、条件、例外、責任範囲を読み込みます。
契約書を作るときも同じです。お客様から「こうしてほしいんです」とフワッとした要望を聞いたら、次のように質問します。
誰が対応するのか。誰に対して対応するのか。具体的に何をするのか。
この質問を重ねると、曖昧な商談内容が、契約条項として書ける状態に変わっていきます。
読み方と書き方は、実は同じスケルトンでつながっているのです。
7.まとめ|主語を捕まえ、矢印の先を見る
難しい契約条項を、最初から一文として理解する必要はありません。
まずは、「誰が」「誰に対して」「何をするのか」という3つのパーツに分解してください。
主語を捕まえ、権利や義務が向かう相手を確認し、最後の動詞を見る。これだけで、条文の骨組みが見えてきます。
契約書とは、当事者間の権利、義務、責任をつないだ配線図です。
第三者が登場すれば線は増えますが、一本ずつたどれば整理できます。
難しい法律用語の意味を調べるのは、その後でも遅くありません。
まず、誰から誰へ矢印が伸びているのかを見る。この読み方を身につけると、契約書は「難しい文章」から、自社が何をしなければならないのかを確認する実務の設計図へと変わっていきます。

【音声解説】
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🔎 参考記事
ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
ご関心があれば、あわせてご覧ください。
【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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