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【契約書のトリセツ】「仮契約書」の落とし穴―年度末・人事異動前に起きがちな契約トラブルの構造

ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。

目次

本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。


1.「仮契約書」って書いてあれば、責任は発生しない?

契約書の相談現場で、非常によく聞かれる質問があります。

「これは“仮契約書”なんですが、
まだ正式な契約ではないですよね?」

あるいは、海外案件ではこんな言い方もされます。

「これは dなので、
法的拘束力はない理解でいいですよね?」

「仮」「予備」「Intent(意思)」
こうした言葉がついていると、
どこか安心してしまいがちです。

しかし実務の現場では、
その認識こそがトラブルの入口 になることが少なくありません。


2.「名前が仮」でも、法的拘束力が否定されるとは限らない

結論から言うと、

👉 「仮契約書」「LOI」「MOU」という名称だけで、
法的拘束力の有無が決まることはありません。

実務で重視されるのは、
書面のタイトルではなく、
その内容と、締結に至るまでの経緯 です。

つまり、
「仮のつもり」で作った書面が、
本気で効いてしまう ことは、決して珍しくありません。


3.年度末・人事異動前に必ず起きる「仮契約書」の罠

実務で特に多いのが、次のような場面です。

  • 「来年度予算で動く案件なので」
  • 「4月の人事異動後に正式発注で」
  • 「ただ、納期的に今から準備しないと間に合わない」

そこで出てくるのが、

「とりあえず“仮契約書”で進めませんか?」

受注者側は、

  • 人を押さえ
  • 資材を手配し
  • スケジュールを確保し

ほぼ 発注前提で動く ことになります。

ところが、4月以降に方針が変わると、

「あくまで仮だったので」

この一言で、
すべてが白紙になる。

これは、毎年のように起きている現実です。


4.実務慣行から見る「法的拘束力」の判断基準

では、何が判断材料になるのか。

「ケースバイケース」で終わらせず、
実務上、特に重視されるポイントを整理します。

「仮」でも拘束力が認められやすい要素

  • 目的物の特定
    何を/いくらで/いつまでに、が具体的に合意されているか
  • 将来の契約締結を前提とする文言の有無
    「本契約を締結する」「正当な理由なく拒否しない」など
  • 実質的な着手の予定・想定
    準備指示、先行発注の了承があったか
  • 当事者の認識・交渉経緯
    メール、議事録、発言内容など

重要なのは、
「仮」という言葉そのものは、免罪符にはならない
という点です。


5.補足整理:LOIとMOUは何が違うのか?

実務、とりわけ海外取引では、

  • LOI(Letter of Intent/予備的合意書)
  • MOU(Memorandum of Understanding/基本合意書)

といった書面が使われることがあります。

実務上の一般的な使い分けは、次のとおりです。

  • LOI(Letter of Intent/予備的合意書
    将来の契約締結を前提とした「意思表明」に近く、
    交渉の方向性や前提条件を整理する目的で用いられることが多い。
  • MOU(Memorandum of Understanding/基本合意書
    当事者間で
    「何について、どこまで理解・合意しているか」
    を確認・記録する性質が強く、
    内容によっては一部に法的拘束力を持たせる前提で作成されることもある。

もっとも、
LOIかMOUかという名称自体に決定的な意味はなく、
結局は内容と締結の経緯が判断される

という点は、日本の「仮契約書」と同様です。

なお、これらの書面は
海外取引に限らず、国内のM&Aや大規模システム開発案件
においても頻繁に用いられています。

たとえば、

  • M&Aにおける「基本合意書」
  • システム開発における「契約前着手合意」「基本合意」

といった場面でも、
拘束力の有無や範囲をどう設計するか が、
後のトラブルを大きく左右します。

※なお、英文契約書では
「Binding/Non-Binding」を条文単位で明記する運用もあります。


6.「仮だから責任なし」は通用しないこともある:契約締結上の過失(信義則)

正式な契約が成立していなくても、

  • 相手に合理的な期待を抱かせ
  • 準備を進めさせ
  • それを理解した上で
  • 身勝手な理由で一方的に破棄した場合

「契約締結上の過失」 として、
実費相当の損害賠償が問題になることがあります。

この点については、
そのような責任が認められる可能性があるとする
裁判例も存在します。

つまり、

「仮だから何をしてもいい」わけではない

ということです。


7.実務的対応策

仮で動くなら「仮契約書」以外を選ぶ

どうしても正式契約前に動く必要がある場合、
次のような設計を検討してください。

① 先行着手合意書を使う

  • 本契約に至らなかった場合でも
  • どこまでの費用を
  • どちらが負担するのか

これを 1枚の書面で明確にする だけで、
リスクは大きく下がります。

② 法的拘束力の有無を明記する

たとえば、

「本合意は、第○条(費用負担)を除き、
法的拘束力を有しないものとする」

この一文を書く勇気が、
後のトラブルを防ぎます。


8.「仮」は便利だが、最も不安定な状態

  • 名前が「仮」でも安心できない
  • 中身次第で拘束される
  • 拘束されなくても、信義則上の責任は残る
  • それでも動くなら、設計がすべて

そして何より、

「仮契約書」は、売主側(発注者側)に都合が良すぎる

だからこそ、
売主側(受注者側)は 一歩立ち止まって考える視点 を持つ必要があります。


【音声解説】

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【執筆者】

ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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