ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
はじめに:「まず納品してもらって、それから契約書で大丈夫?」
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
取引の現場では、
「時間がないから、ひとまず作業だけ始めてもらえませんか?」
「とりあえず納品してもらって、あとで契約書を出しますね」
というやりとりが、特に中小ベンチャー企業やフリーランス取引の現場で見受けられます。
しかし結論から言うと、
「契約書は後回しでもOK」ではなく、「契約内容の確認を後回しにする」というリスクを伴う行為です。
契約書そのものがなかったとしても、取引が始まってしまえば「契約は成立した」とみなされる可能性が高くなります。そして、その“内容”を巡ってトラブルが起きやすくなるのです。
口約束やメールだけでも「契約は成立」する
日本の民法では、契約は原則として【意思の合致=合意】があれば成立します。つまり、
- 契約書がなくても
- ハンコを押していなくても
- メールやチャットだけでも
取引内容について合意があれば、それは「契約」として有効です。
※なお、契約の種類によっては、書面がないことで撤回可能になるなど、法律上の扱いが異なる場合もあります(例:贈与契約など)。
トラブル事例:「言った・言わない」からの泥沼へ
【事例】映像制作会社の納品トラブル
ある企業が、YouTube用のプロモーション動画を制作会社に依頼。急ぎだったため、発注後すぐに撮影と編集に着手してもらい、1週間後には動画を納品。
しかし、納品物に修正点が多く、企業側は「再編集を無料でやってほしい」と主張。
一方で制作会社は「納品=完了。契約書がないけど、再編集は追加料金がかかる」と主張。
最終的に「誰がどこまで何を約束したか」が不明確で、関係は悪化。支払いも滞り、信用も損なわれる結果に。
「納品先行」で契約書を交わさなかった場合、何が問題になる?
納品後に契約書を作ろうとすると、以下のような壁にぶつかります。
問題点 | 内容 |
---|---|
契約書の効力が「追認」にしかならない | すでに行われた納品や支払いは「事後処理」としての記録にしかならず、契約書の効力が限定的になることがあります。 |
責任範囲が曖昧になる | 再修正・不具合対応の有無などがトラブルに発展しやすい |
「請求額」と「支払額」が一致しない可能性 | 受注側の請求額が、発注側の想定より高くなると揉める |
裁判で不利になりやすい | 書面による合意がないため、主張の裏付けが難しい |
単発契約と継続契約で対応が異なることも
契約書を“いつ取り交わすべきか”という問いには、契約の種類によって適切な判断が異なります。
ここでは、単発契約と継続契約の違いを明確に整理します。
(1)単発契約の場合:契約書は「納品前」に交わすべき
【該当するケース】
- 映像やデザインなどの成果物の納品を伴う案件
- コンサルティングなどのスポット対応
- セミナー講師、イベント出演、単発業務委託など
【対策】
- 納品前に契約書を交わすのが基本
- 急ぐ場合でも、最低限メールや発注書で内容を確認・証拠化する
(2)継続契約の場合:すぐに契約書を交わさない方がよいケースも
【該当するケース】
- 月額顧問契約、定期的な制作委託、業務委託の継続案件
- リモートワーク・副業人材との業務契約
- フリーランスと企業間の中長期取引
【なぜ“急がない”ほうがよいのか?】
- 初期段階では、お互いのやり方・相性・業務内容が見えていない
- 最初に作った契約書が、現実とズレた条文になりやすい
- 自動更新条項により、不合理な条件が将来にわたって固定化されるおそれがある
【実例】こんな契約条項が“未来永劫”続く?
- 「修正は無償で対応」とされ、毎回のように手間のかかる修正が続く
- 「土日祝のチャット対応も原則対応」と書かれており、休みの日も拘束される
- 「月額5万円で記事制作・SNS運用・レポートまで一式」なのに、業務量は20万円分
- 「契約終了は3か月前までに書面通知」と定められ、辞めたくてもすぐ辞められない
- 「発注がない月は報酬なし」と記載され、待機は続くが収入はゼロ
- 「月額10万円(税込)」とされているがために消費増税分を転嫁できない
【ポイント】“契約書を棚上げする”という選択も戦略のひとつ
不合理な条件をのまされたまま契約書を交わしてしまうと、後から抜け出すのが困難です(これは日米和親条約等の「不平等条約」を改定するのが並大抵ではなかったことからも歴史が証明しています)。
そこで、
「まずは1〜2か月、お試しで発注書(注文書、注文請書)やり取りしてみて、実態に即した契約書を整備する」
という進め方の方が、結果的に双方にとって納得感のある関係構築につながります。
【補足】メールやチャットでも「契約の証拠」になる?
契約書がなくても、メールやチャットで合意が取れていれば契約は成立しますが、その内容とやり取りの記録が明確であることが重要です。
◆ メール・チャットの限界
限界ポイント | 内容 |
---|---|
表現があいまい | 「お願いします」「了解です」だけでは合意内容が不明確になることも |
全体像がわかりづらい | やり取りが断片的で、あとから読み返しても不鮮明 |
論点の抜け漏れ | 修正対応、契約解除、損害賠償などに触れていないケースが多い |
裁判時の負担 | 証拠として使える可能性もあるが、複数のメールを並べて主張の裏付けをする必要があることも |
◆ やむを得ないときの応急対応
契約書がすぐ用意できない場合は、最低限の合意内容をメールで残しておくことがリスク回避になります。
【例:メール文面のひな型】
件名:業務委託の件(納品内容・報酬等の確認)
●業務内容:LPデザイン制作一式
●納期:2025年6月10日まで
●報酬:税込5万円、納品確認後の銀行振込(末締め翌月末払)
●修正:初回納品後、1回まで無料で対応/2回目以降は別料金上記の内容で進行させていただきます。ご確認のうえ、問題なければご返信ください。
まとめ:契約書は「いつ出すか」より「何を確認するか」
契約の種類 | 契約書のタイミング | リスク | 実務ポイント |
---|---|---|---|
単発契約 | 納品前に必須 | 合意内容が漏れなく記載されていないとトラブルに | 最低限メールや発注書で内容確認 |
継続契約 | 実態把握後に締結 | 条件固定化・乖離のリスク | 最初は覚書ベース→実務に即して契約書化 |
チェックリスト:納品前にこれだけは確認!
チェック項目 | 確認したか? |
---|---|
納品物の内容が明確か?(仕様書等) | ☑︎ |
納品期日・方法は合意済みか? | ☑︎ |
金額・支払い条件は明記されているか? | ☑︎ |
修正対応・不具合の範囲を確認したか? | ☑︎ |
契約書が未締結の場合、メールや注文書で代用しているか? | ☑︎ |
ご質問受付中!
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最後まで、お読みくださりありがとうございました。
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