ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.値下げを受け入れても、契約条件はそのままでよいのでしょうか
取引先から
「もう少し安くなりませんか」
と言われることがあります。
営業上の判断として、値下げを受け入れること自体は珍しくありません。
継続的な取引が見込める、新規顧客との実績をつくりたい、発注量が増えるなど、値下げに応じる合理的な理由もあります。
しかし、ここで考えなければならないことがあります。
料金は安くする。その一方で、業務範囲、修正回数、保証期間、損害賠償などの条件は、従来と同じまま。
それで本当に採算が合うのでしょうか。
「安くしてほしい」と「何かあったら無制限に責任を負ってほしい」は、原則として両立しません。
値下げを検討するときは、金額だけを見るのではなく、契約条件もセットで見直す必要があります。
2.価格と責任範囲はセットで決める
商品やサービスの価格は、原材料費や作業時間だけで決まるものではありません。
- どこからどこまで仕事をするのか
- 何回まで修正に応じるのか
- いつまで不具合に対応するのか
- 万が一の際に、どこまで損害を負担するのか
こうした条件も、すべて価格の一部です。
近隣の競合他社よりも安くサービスを提供しているにもかかわらず、損害賠償は無制限、追加作業も無料、契約終了後も長期間対応するという条件では、利益が残りません。
一度のトラブルで、それまでに得た利益が吹き飛ぶ可能性もあります。
契約交渉では、料金と責任条項が別々に話し合われがちです。
しかし、実際には切り離せません。
値下げするのであれば、何を減らすのか。
その判断まで契約書に反映して、初めて取引全体の採算を守ることができます。
3.金額だけ値下げして、仕事の範囲は変わらない
よくあるのが、見積金額だけを修正して、契約書の内容はそのままというケースです。
当初は50万円で見積もっていた仕事について、取引先から「予算が40万円しかない」と言われ、営業担当者が値下げに応じたとします。
ところが、仕事の範囲は50万円のときと変わりません。
修正回数も決まっていない。納品後の対応期間も曖昧。追加の要望が出た場合の料金も書かれていない。さらに、損害賠償についても上限がありません。
これでは、売上だけが10万円減り、引き受ける仕事とリスクは何も減っていないことになります。
取引先は悪気なく、「この作業も料金に含まれていると思っていました」と言うかもしれません。
一方、受注側は「そこまでやるとは言っていません」と考えます。
契約トラブルの多くは、このような
どこからどこまでやってくれるのか
という範囲の認識ズレから始まります。
値下げしたこと自体ではなく、値下げ後の条件を言語化しなかったことが問題なのです。
4.損害賠償の上限も価格の一部である
契約書には、どのような仕事を行うのか、納期はいつか、どのような品質のものを納品するのか、代金はいくらかといった条件が書かれています。
さらに重要なのが、提供した商品やサービスに不具合などがあった場合に、受注側がどこまで責任を負うのかという条件です。
損害賠償、返金、違約金、無償修正、再納品などは、会社からお金や労力が外へ出ていく、いわばキャッシュアウトにつながる条件です。
これらを無制限に引き受ければ、当然、その分だけ受注側のリスクは高くなります。
例えば、安価な月額サービスを提供している会社が、顧客に生じたあらゆる損害を無制限に負担するとします。受け取る料金は月数万円でも、事故が起きたときには数百万円、数千万円の請求を受けるかもしれません。
そのような取引条件では、コストパフォーマンスが合いません。
だからこそ、契約書では、取引の内容に応じて損害賠償の対象や上限を定めます。これは単なる責任逃れではありません。
「この料金で引き受けられる責任は、ここまでです」という価格設計の問題なのです。
5.値下げするなら、何を調整するのか
値下げを求められたときは、金額だけでなく、次のような条件を併せて検討します。
| 調整する項目 | 考えられる対応 |
|---|---|
| 業務範囲 | 一部の作業を対象外にする |
| 修正対応 | 無償修正の回数を限定する |
| 納期 | 通常より長い納期を設定する |
| 保証期間 | 無償対応の期間を明確にする |
| 追加作業 | 基本料金とは別に請求する |
| 損害賠償 | 対象となる損害や賠償額の上限を定める |
例えば、取引先から損害賠償の上限を外してほしいと言われた場合、単に「できません」と断る必要はありません。
「現在の料金は、損害賠償に上限を設けることを前提として設定しています。上限を外す場合には、保険料やリスク対応費を含めて、料金の見直しが必要になります」
このように説明すれば、契約条件と価格が連動していることを理解してもらいやすくなります。
反対に、取引先が「この金額以上は出せない」と言うのであれば、業務範囲や修正回数などを減らし、その予算で提供できる内容に組み替える方法もあります。
大切なのは、値下げを一方的な利益の減少で終わらせないことです。
6.商談のクロージングで範囲を説明する
契約書は、作ってハンコをもらえば自動的にトラブルを防いでくれる魔法の紙ではありません。
契約書に書かれている内容を相手に説明し、納得してもらった上で取り交わす。
ここまでの一連のプロセスができて初めて、契約書はトラブル回避のツールとして機能します。
特に、商談のクロージング段階では、次の点を丁寧に説明しておく必要があります。
- 「ここまでは基本料金の範囲内です」
- 「ここから先は追加料金がかかります」
- 「無償修正は2回までです」
- 「この料金体系のため、損害賠償には上限があります」
契約書に書くだけでなく、口頭でも説明しておくことが重要です。
相手から質問や修正要求があれば、契約を結ぶ前に話し合えます。
そこで認識の違いが分かれば、業務範囲や料金を調整することもできます。
裁判で勝てる契約書を目指すより、まずは目の前の取引をスムーズに終わらせることを考えるべきです。
実際の取引の大部分を占める「99%の日常」において、お互いの見解の相違をなくす。
それが契約書の役割です。
7.まとめ|値下げは、取引条件を見直すタイミング
値下げを求められたとき、安易に金額だけを変更してはいけません。
価格を下げるのであれば、業務範囲、修正回数、保証期間、追加料金、損害賠償などについても、その金額に見合った内容へ調整する必要があります。
「安くしてほしい。しかし、仕事の範囲も責任も従来どおりにしてほしい」
この条件をそのまま受け入れれば、取引全体の採算が崩れます。
契約書は、「この価格で、どこまで仕事をし、どこまで責任を負うのか」を言語化し、取引の解像度を上げるためのツールです。
値下げの要請があったときこそ、契約条件を見直すタイミングです。
料金と責任範囲をセットで整理し、お互いが納得できる取引条件をつくっておくことが、結果としてトラブルの防止と利益の確保につながります。

【音声解説】
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🔎 参考記事
ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
ご関心があれば、あわせてご覧ください。
【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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