ビジネス法務

【契約書のトリセツ】受注金額を上げるために契約書をどう使うか

ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。

目次

本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。


1.契約書で受注金額は上げられるのか?

経営者の方から、よくいただくご相談があります。

「受注金額を上げたい」
「価格転嫁をしたい」
「でも、お客様にどう説明すればよいか分からない」

このようなご相談です。
契約書というと、一般には「トラブル防止のための書類」と思われがちです。
もちろん、その側面が強いところもあります。

一方、契約書には、業務範囲、納期、検収、支払条件、責任範囲、損害賠償、解除条件などが書かれます。
トラブルが起きたときに、何を基準に考えるのか。
その判断材料になるのが契約書です。

ただ、契約書の役割はそれだけではありません。
今の経営環境では、契約書は「守り」の書類であると同時に、
受注金額を上げ、会社と社員の生活を守るための営業・経営ツールにもなり得ます。

  • 人手不足による人件費の上昇
  • 資材価格の高騰
  • 物価高
  • 中東など国際情勢による資源価格の変動
  • 為替や物流コストの変動
  • 外注費やシステム利用料の上昇

こうした環境では、「今までと同じ価格で、今まで以上の対応をする」ことが難しくなっています。
ここで、その価格転嫁や受注金額アップを、どうやってお客様に説明するのか。
こういったときに、契約書が効いてくることもあるのです。


2.受注金額を上げるには、まず「義務」と「対価」を見える化する

契約書とは、権利と義務を整理する文書です。

売主側、受託側から見ると、

「商品やサービスを提供する義務」
「その対価としてお金を受け取る権利」

があります。

買主側、委託者側から見ると、

「商品やサービスを受け取る権利」
「その対価としてお金を支払う義務」

があります。

この関係を整理すると、次のようになります。

立場権利義務
売主・受託者報酬・代金を受け取る商品・サービスを提供する
買主・委託者商品・サービスを受け取る報酬・代金を支払う

ここで大事なのは、売主側・受託者側が「何をどこまで提供するのか」を明確にすることです。

お客様は、何をしてくれるのか分からない相手に、高いお金を払いたいとは思いません。
逆に、

「ここまで対応します」
「この範囲は標準業務に含みます」
「ここから先は追加費用になります」
「この品質を確保するために、この工程を設けています」
「資材価格や外注費が変動した場合は、協議させてください」

と説明されれば、金額の根拠が見えてきます。

契約書とは、取引の解像度を上げるツールです。
「高くなります」と言うだけではなく、何が増え、何を守り、どこまで責任を持つのか。
そこを言語化するから、お客様は納得しやすくなります。


3.契約書がないから、価格交渉で弱くなる

受注金額を上げられない会社には、共通する悩みがあります。
それは、自社の提供価値をうまく説明できていないことです。
たとえば、

  • いつも追加対応を無料でやってしまう
  • お客様からの修正依頼を断れない
  • 見積りにない作業まで引き受けてしまう
  • 価格を上げたいが、理由を説明できない
  • 昔からの取引先に値上げを言い出せない
  • 下請けだから仕方ないと思ってしまう

こうした状態です。

もちろん、営業努力や人間関係は大切です。
しかし、契約条件が曖昧なままだと、価格交渉はどうしても弱くなります。
なぜなら、こちらが何をどこまでやっているのかが、相手に伝わっていないからです。

たとえば、同じ制作業務でも、

  • 初回ヒアリング
  • 要件整理
  • ラフ案作成
  • デザイン制作
  • 修正対応
  • 納品データ作成
  • 納品後の軽微な相談
  • 著作権や利用範囲の整理
  • スケジュール管理
  • 外注先との調整

など、多くの工程があります。
しかし、それを契約書や見積書で示していないと、お客様からは「全部込み」と見られてしまいます。
これが危ない。

特に人件費や外注費が上がっている局面では、無料対応の積み重ねがそのまま利益を削ります。
価格を上げられないことは、単に会社の利益が減るだけではありません。

  • 社員の賃金を上げられない
  • 採用ができない
  • 外注先に適正な報酬を払えない
  • 品質維持に必要な投資ができない
  • 結果として、会社の持続可能性が下がる

ここにつながります。
価格交渉は、会社と社員の生活を守るための重要な経営判断です。


4.契約書は営業体制を構築するための道具である

契約書を整えるということは、単に法務書類を整えることではありません。
営業活動を整理することでもあります。

特に、会社が成長していくと、社長一人の営業から、組織的な営業へ移行するタイミングが来ます。
このとき、契約書がないと、営業活動が属人的になります。

  • 社長なら説明できる
  • ベテラン営業なら交渉できる
  • 昔からの担当者なら、うまく話をまとめられる

しかし、新しい営業担当者はどうでしょうか。

お客様から、

「どこまで無料でやってくれるの?」
「修正は何回まで?」
「納期が遅れたらどうなるの?」
「途中でキャンセルしたら費用はかかるの?」
「この金額は高くないですか?」
「資材価格が上がったからといって、なぜこちらが負担するのですか?」

と聞かれたとき、契約書や標準条件がなければ、説明に迷います。
その結果、安易に値引きしたり、無償対応を約束したり、曖昧な返事をしてしまうことがあります。

契約書があると、営業担当者は説明しやすくなります。

「当社では、この範囲までを標準業務としています」
「追加作業については、契約書上、別途お見積りとしています」
「納品後の修正対応は、この範囲で対応します」
「資材費・外注費・人件費が大きく変動した場合は、協議させていただく設計にしています」
「この品質を確保するために、こうした工程を設けています」

このように、会社としての標準的な説明ができます。

これは一見、大企業的なやり方に見えるかもしれません。
しかし、これからの中小・ベンチャー企業こそ、早めにこちらへシフトしていく必要があります。
なぜなら、経営環境が昔よりずっと不安定だからです。

  • 人件費も上がる
  • 材料費も上がる
  • 物流費も上がる
  • エネルギー価格も動く
  • 国際情勢でコストが変わる

それなのに、取引条件だけが昔のままでは、会社がもちません。


5.契約書を整えると、営業説明が変わる

契約書を整えると、商談の場面で説明できることが増えます。

たとえば、次のような整理です。

契約書で整理する項目営業で説明できること受注金額への効果
業務範囲どこまでが基本料金に含まれるか「全部込み」の誤解を防ぐ
追加作業どこから別料金になるか無償対応を減らす
修正回数何回まで標準対応か終わらない修正を防ぐ
検収条件いつ納品完了とするか請求・入金の遅れを防ぐ
知的財産権成果物の利用範囲はどこまでか利用範囲に応じた価格設定がしやすい
キャンセル条件中途終了時にいくら請求できるか作業済み部分の回収を確保する
価格改定条項資材費・人件費・外注費上昇時の協議価格転嫁の入口を作る

このように、契約書は営業トークの材料になります。
たとえば、価格改定をしたい場合でも、

「当社も厳しいので値上げさせてください」

だけでは弱いです。

しかし、

「今回の範囲では、ここまでの工程と品質管理を行います」
「追加対応については、今後は別途お見積りとさせていただきます」
「資材費や外注費が一定以上変動した場合は、契約条件を協議できる形にしています」
「品質を守るために、必要な人員と工程を確保する必要があります」

と説明できれば、単なる値上げではなく、取引条件の見直しというルールの説明として話ができます。
これは大きな違いです。
価格を上げるためには、感情ではなく、条件を言葉にする必要があります。
その言葉を整えるのが契約書です。


6.受注金額を上げるために見直したい契約条件

受注金額を上げたい経営者が、まず見直すべき契約条件を整理します。

見直す項目確認すべきこと経営上の意味
業務範囲標準業務と追加業務が分かれているか利益漏れを防ぐ
見積条件見積りの前提条件が書かれているか仕様変更時に再見積りしやすくする
追加費用追加作業・仕様変更を有償にできるか無償対応を減らす
支払条件前金・中間金・検収後支払の設計があるか資金繰りを安定させる
検収検収期間やみなし検収があるか請求遅れを防ぐ
責任範囲無制限な責任を負っていないか予測不能な損失を防ぐ
価格改定価格変動時に協議できるか継続取引の採算を守る
契約期間長期固定価格になっていないか将来のコスト増に対応する

全部を一度に見直す必要はありません。
まずは、売上や資金繰りに直結する「業務範囲」と「支払条件」から見直す。
次に、現場トラブルになりやすい「検収」と「追加費用」を整える。
そのうえで、「責任範囲」や「価格改定条項」を整備していくと、
現場の混乱を抑えながら契約条件を改善しやすくなります。
契約書の見直しは、一気に完璧を目指すよりも、利益漏れが大きいところから順番に手を入れる方が実務的です。

ここで重要なのは、契約書だけを変えればよいわけではないということです。
契約書を変えるなら、営業資料、見積書、提案書、社内の説明ルールも合わせて変える必要があります。
契約書には「追加作業は別途見積り」と書いてある。
しかし、営業担当者が「大丈夫です、無料でやります」と言ってしまう。
これでは意味がありません。

契約書を整えるということは、社内の営業ルールを整えることでもあります。
経営者は、契約書を法務担当任せにするのではなく、営業戦略の一部として見直す必要があります。


7.まとめ|契約書は、会社と社員の生活を守るための「説明力」を作る

今回のポイントを整理します。

  • 契約書はトラブル防止だけでなく、受注金額にも関わる
  • 受注金額を上げるには、自社が果たす義務と、その対価を言語化する必要がある
  • 人手不足、人件費上昇、資材価格高騰、物価高、資源価格の変動により、価格転嫁は中小企業にも避けられない課題になっている
  • 契約条件が曖昧だと、追加対応や価格交渉で弱くなる
  • 契約書は、営業活動を言語化し、組織的な営業体制を作る道具になる
  • 営業担当者が契約条件を説明できるようになると、商談の質が上がる
  • 価格改定や追加費用の説明も、契約書があると進めやすい
  • 契約書、見積書、提案書、営業トークは一体で設計する必要がある

お客様は、理由の分からない値上げには抵抗します。

しかし、

「何をしてくれるのか」
「どこまで責任を持つのか」
「どこから追加費用なのか」
「なぜこの金額が必要なのか」
「この品質を維持するために、どのコストが必要なのか」

が分かれば、納得しやすくなります。

契約書は、条件を押しつけるための書類ではありません。
自社の提供価値をきちんと説明するための文書です。

そして今の時代、それは中小・ベンチャー企業にとっても欠かせないものになっています。
しかし、会社を守るため、社員の生活を守るため、外注先や協力会社に適正な報酬を支払うためには、
中小ベンチャー企業こそ早めに取り入れるべき実務です。

経営者が本気で受注金額を上げたいなら、まずは契約書を見直す。
そして、その契約書を営業の現場で使える言葉に変える。
そこから、会社は変わっていきます。


【音声解説】

本記事の内容は、
音声配信『契約書に強くなる!ラジオ』でも解説しています。
▽ 音声はこちら(stand.fm)



【執筆者】

ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
現場で実際に使える判断基準を前提に、契約実務を整理しています。


【ご質問受付中】

「この場合はどう考える?」「ここが気になる」
といったご質問がありましたら、お気軽にお寄せください。
本ブログや音声配信(『契約書に強くなる!ラジオ』)で取り上げます。

また、契約書の作成・見直し、契約実務の整理、
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上部の「問い合わせフォーム」よりご連絡ください。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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