ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
目次
- 1.契約書で受注金額は上げられるのか?
- 2.受注金額を上げるには、まず「義務」と「対価」を見える化する
- 3.契約書がないから、価格交渉で弱くなる
- 4.契約書は営業体制を構築するための道具である
- 5.契約書を整えると、営業説明が変わる
- 6.受注金額を上げるために見直したい契約条件
- 7.まとめ|契約書は、会社と社員の生活を守るための「説明力」を作る
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.契約書で受注金額は上げられるのか?
経営者の方から、よくいただくご相談があります。
「受注金額を上げたい」
「価格転嫁をしたい」
「でも、お客様にどう説明すればよいか分からない」
このようなご相談です。
契約書というと、一般には「トラブル防止のための書類」と思われがちです。
もちろん、その側面が強いところもあります。
一方、契約書には、業務範囲、納期、検収、支払条件、責任範囲、損害賠償、解除条件などが書かれます。
トラブルが起きたときに、何を基準に考えるのか。
その判断材料になるのが契約書です。
ただ、契約書の役割はそれだけではありません。
今の経営環境では、契約書は「守り」の書類であると同時に、
受注金額を上げ、会社と社員の生活を守るための営業・経営ツールにもなり得ます。
- 人手不足による人件費の上昇
- 資材価格の高騰
- 物価高
- 中東など国際情勢による資源価格の変動
- 為替や物流コストの変動
- 外注費やシステム利用料の上昇
こうした環境では、「今までと同じ価格で、今まで以上の対応をする」ことが難しくなっています。
ここで、その価格転嫁や受注金額アップを、どうやってお客様に説明するのか。
こういったときに、契約書が効いてくることもあるのです。
2.受注金額を上げるには、まず「義務」と「対価」を見える化する
契約書とは、権利と義務を整理する文書です。
売主側、受託側から見ると、
「商品やサービスを提供する義務」
「その対価としてお金を受け取る権利」
があります。
買主側、委託者側から見ると、
「商品やサービスを受け取る権利」
「その対価としてお金を支払う義務」
があります。
この関係を整理すると、次のようになります。
| 立場 | 権利 | 義務 |
|---|---|---|
| 売主・受託者 | 報酬・代金を受け取る | 商品・サービスを提供する |
| 買主・委託者 | 商品・サービスを受け取る | 報酬・代金を支払う |
ここで大事なのは、売主側・受託者側が「何をどこまで提供するのか」を明確にすることです。
お客様は、何をしてくれるのか分からない相手に、高いお金を払いたいとは思いません。
逆に、
「ここまで対応します」
「この範囲は標準業務に含みます」
「ここから先は追加費用になります」
「この品質を確保するために、この工程を設けています」
「資材価格や外注費が変動した場合は、協議させてください」
と説明されれば、金額の根拠が見えてきます。
契約書とは、取引の解像度を上げるツールです。
「高くなります」と言うだけではなく、何が増え、何を守り、どこまで責任を持つのか。
そこを言語化するから、お客様は納得しやすくなります。
3.契約書がないから、価格交渉で弱くなる
受注金額を上げられない会社には、共通する悩みがあります。
それは、自社の提供価値をうまく説明できていないことです。
たとえば、
- いつも追加対応を無料でやってしまう
- お客様からの修正依頼を断れない
- 見積りにない作業まで引き受けてしまう
- 価格を上げたいが、理由を説明できない
- 昔からの取引先に値上げを言い出せない
- 下請けだから仕方ないと思ってしまう
こうした状態です。
もちろん、営業努力や人間関係は大切です。
しかし、契約条件が曖昧なままだと、価格交渉はどうしても弱くなります。
なぜなら、こちらが何をどこまでやっているのかが、相手に伝わっていないからです。
たとえば、同じ制作業務でも、
- 初回ヒアリング
- 要件整理
- ラフ案作成
- デザイン制作
- 修正対応
- 納品データ作成
- 納品後の軽微な相談
- 著作権や利用範囲の整理
- スケジュール管理
- 外注先との調整
など、多くの工程があります。
しかし、それを契約書や見積書で示していないと、お客様からは「全部込み」と見られてしまいます。
これが危ない。
特に人件費や外注費が上がっている局面では、無料対応の積み重ねがそのまま利益を削ります。
価格を上げられないことは、単に会社の利益が減るだけではありません。
- 社員の賃金を上げられない
- 採用ができない
- 外注先に適正な報酬を払えない
- 品質維持に必要な投資ができない
- 結果として、会社の持続可能性が下がる
ここにつながります。
価格交渉は、会社と社員の生活を守るための重要な経営判断です。
4.契約書は営業体制を構築するための道具である
契約書を整えるということは、単に法務書類を整えることではありません。
営業活動を整理することでもあります。
特に、会社が成長していくと、社長一人の営業から、組織的な営業へ移行するタイミングが来ます。
このとき、契約書がないと、営業活動が属人的になります。
- 社長なら説明できる
- ベテラン営業なら交渉できる
- 昔からの担当者なら、うまく話をまとめられる
しかし、新しい営業担当者はどうでしょうか。
お客様から、
「どこまで無料でやってくれるの?」
「修正は何回まで?」
「納期が遅れたらどうなるの?」
「途中でキャンセルしたら費用はかかるの?」
「この金額は高くないですか?」
「資材価格が上がったからといって、なぜこちらが負担するのですか?」
と聞かれたとき、契約書や標準条件がなければ、説明に迷います。
その結果、安易に値引きしたり、無償対応を約束したり、曖昧な返事をしてしまうことがあります。
契約書があると、営業担当者は説明しやすくなります。
「当社では、この範囲までを標準業務としています」
「追加作業については、契約書上、別途お見積りとしています」
「納品後の修正対応は、この範囲で対応します」
「資材費・外注費・人件費が大きく変動した場合は、協議させていただく設計にしています」
「この品質を確保するために、こうした工程を設けています」
このように、会社としての標準的な説明ができます。
これは一見、大企業的なやり方に見えるかもしれません。
しかし、これからの中小・ベンチャー企業こそ、早めにこちらへシフトしていく必要があります。
なぜなら、経営環境が昔よりずっと不安定だからです。
- 人件費も上がる
- 材料費も上がる
- 物流費も上がる
- エネルギー価格も動く
- 国際情勢でコストが変わる
それなのに、取引条件だけが昔のままでは、会社がもちません。
5.契約書を整えると、営業説明が変わる
契約書を整えると、商談の場面で説明できることが増えます。
たとえば、次のような整理です。
| 契約書で整理する項目 | 営業で説明できること | 受注金額への効果 |
|---|---|---|
| 業務範囲 | どこまでが基本料金に含まれるか | 「全部込み」の誤解を防ぐ |
| 追加作業 | どこから別料金になるか | 無償対応を減らす |
| 修正回数 | 何回まで標準対応か | 終わらない修正を防ぐ |
| 検収条件 | いつ納品完了とするか | 請求・入金の遅れを防ぐ |
| 知的財産権 | 成果物の利用範囲はどこまでか | 利用範囲に応じた価格設定がしやすい |
| キャンセル条件 | 中途終了時にいくら請求できるか | 作業済み部分の回収を確保する |
| 価格改定条項 | 資材費・人件費・外注費上昇時の協議 | 価格転嫁の入口を作る |
このように、契約書は営業トークの材料になります。
たとえば、価格改定をしたい場合でも、
「当社も厳しいので値上げさせてください」
だけでは弱いです。
しかし、
「今回の範囲では、ここまでの工程と品質管理を行います」
「追加対応については、今後は別途お見積りとさせていただきます」
「資材費や外注費が一定以上変動した場合は、契約条件を協議できる形にしています」
「品質を守るために、必要な人員と工程を確保する必要があります」
と説明できれば、単なる値上げではなく、取引条件の見直しというルールの説明として話ができます。
これは大きな違いです。
価格を上げるためには、感情ではなく、条件を言葉にする必要があります。
その言葉を整えるのが契約書です。
6.受注金額を上げるために見直したい契約条件
受注金額を上げたい経営者が、まず見直すべき契約条件を整理します。
| 見直す項目 | 確認すべきこと | 経営上の意味 |
|---|---|---|
| 業務範囲 | 標準業務と追加業務が分かれているか | 利益漏れを防ぐ |
| 見積条件 | 見積りの前提条件が書かれているか | 仕様変更時に再見積りしやすくする |
| 追加費用 | 追加作業・仕様変更を有償にできるか | 無償対応を減らす |
| 支払条件 | 前金・中間金・検収後支払の設計があるか | 資金繰りを安定させる |
| 検収 | 検収期間やみなし検収があるか | 請求遅れを防ぐ |
| 責任範囲 | 無制限な責任を負っていないか | 予測不能な損失を防ぐ |
| 価格改定 | 価格変動時に協議できるか | 継続取引の採算を守る |
| 契約期間 | 長期固定価格になっていないか | 将来のコスト増に対応する |
全部を一度に見直す必要はありません。
まずは、売上や資金繰りに直結する「業務範囲」と「支払条件」から見直す。
次に、現場トラブルになりやすい「検収」と「追加費用」を整える。
そのうえで、「責任範囲」や「価格改定条項」を整備していくと、
現場の混乱を抑えながら契約条件を改善しやすくなります。
契約書の見直しは、一気に完璧を目指すよりも、利益漏れが大きいところから順番に手を入れる方が実務的です。
ここで重要なのは、契約書だけを変えればよいわけではないということです。
契約書を変えるなら、営業資料、見積書、提案書、社内の説明ルールも合わせて変える必要があります。
契約書には「追加作業は別途見積り」と書いてある。
しかし、営業担当者が「大丈夫です、無料でやります」と言ってしまう。
これでは意味がありません。
契約書を整えるということは、社内の営業ルールを整えることでもあります。
経営者は、契約書を法務担当任せにするのではなく、営業戦略の一部として見直す必要があります。
7.まとめ|契約書は、会社と社員の生活を守るための「説明力」を作る
今回のポイントを整理します。
- 契約書はトラブル防止だけでなく、受注金額にも関わる
- 受注金額を上げるには、自社が果たす義務と、その対価を言語化する必要がある
- 人手不足、人件費上昇、資材価格高騰、物価高、資源価格の変動により、価格転嫁は中小企業にも避けられない課題になっている
- 契約条件が曖昧だと、追加対応や価格交渉で弱くなる
- 契約書は、営業活動を言語化し、組織的な営業体制を作る道具になる
- 営業担当者が契約条件を説明できるようになると、商談の質が上がる
- 価格改定や追加費用の説明も、契約書があると進めやすい
- 契約書、見積書、提案書、営業トークは一体で設計する必要がある
お客様は、理由の分からない値上げには抵抗します。
しかし、
「何をしてくれるのか」
「どこまで責任を持つのか」
「どこから追加費用なのか」
「なぜこの金額が必要なのか」
「この品質を維持するために、どのコストが必要なのか」
が分かれば、納得しやすくなります。
契約書は、条件を押しつけるための書類ではありません。
自社の提供価値をきちんと説明するための文書です。
そして今の時代、それは中小・ベンチャー企業にとっても欠かせないものになっています。
しかし、会社を守るため、社員の生活を守るため、外注先や協力会社に適正な報酬を支払うためには、
中小ベンチャー企業こそ早めに取り入れるべき実務です。
経営者が本気で受注金額を上げたいなら、まずは契約書を見直す。
そして、その契約書を営業の現場で使える言葉に変える。
そこから、会社は変わっていきます。

【音声解説】
本記事の内容は、
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【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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