ビジネス法務

【契約書のトリセツ】入金を早くするための契約条項

ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。

本シリーズ「契約書のトリセツ」では、契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。

売上は立った。でも、入金はまだ。
「売上≠入金」という現実に悩む会社は少なくありません。

今回は、入金を早めるために有効な契約条項を、実務の現場目線で解説します。

※本記事の内容は、一般的な商取引における契約書実務を前提としています。下請法やフリーランス保護法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)など、特定の法令が適用される場合には、別途法令上の制限や義務が生じる可能性がありますのでご注意ください。

入金が遅れる理由は、大きく分けて主に次の3つと考えられます。

主な要因内容
① 契約書の不備支払時期・条件が不明確で相手が先延ばしできてしまう
② 支払条件が相手都合例:納品後60日、検収完了後末締め翌々月末払い等
③ 相手の事情単純な資金難、確信犯的な支払遅延など

この記事では、①②の改善に焦点を当て、入金までのスピードを上げる契約条項での具体策を紹介します。

契約書に「納品が完了したら支払いが発生する」と書かれていなければ、
相手は「まだ支払うタイミングじゃない」と主張する余地を持ちます。

✅条文例

第○条(報酬の支払)
本契約に基づく成果物の納品をもって、甲は乙に対して報酬の支払義務を負う。

契約書でよくある表現のひとつに、

「成果物の検収が完了した日から○日以内に支払う」
といった条項があります。

一見スムーズに見えますが、この「検収完了」があいまいだと、実は大きな落とし穴になります。
たとえば相手が検収作業をなかなか実施せず、「まだ検収が終わっていないので支払わない」と主張されるリスクがあるのです。

そこで活用したいのが、「みなし検収」条項です。
これは、「一定期間が経過したら、たとえ検収通知がなくても検収完了とみなす」というルール。
検収を引き延ばされることを防ぐうえで、非常に有効です。

✅条文例:みなし検収付きの検収条項

第○条(検収)
甲は、乙の納品後5営業日以内に成果物の検収を行うものとし、当該期間内に成果物の内容について書面による指摘または修正要求がなされない場合には、当該期間の経過をもって検収が完了したものとみなす。

💡ポイント解説

  • 検収期間に「期限」を設けることで、相手に対応を促す効果があります。
  • 指摘がなければ自動的に検収完了とすることで、「いつまでも支払いが発生しない」状態を防止できます。
  • 「書面による指摘」と記載することで、口頭ベースの曖昧なクレームに振り回されるリスクも減らせます。

⚠注意点:みなし検収が万能とは限らない

  • 取引の性質によっては慎重に設計すべきです(例:大型設備、建築物、複雑なシステムなど)
  • 実際の業務フローと合っていないとトラブルの火種になります(例:相手が社内確認に1週間以上かかる等)

そのため、「みなし検収」を導入する際は、納品の性質や相手企業の社内体制も考慮したうえで条文設計することが大切です。

支払サイト(締め日からの入金までの期間)は短いほどキャッシュが安定します。
取引実務で多い「末締め翌々月末払い(約60日)」にする必要がない場合は、できるだけ短縮しましょう。

✅条文例

第○条(支払期限)
甲は、乙の納品完了日または乙による請求書の到達日のいずれか遅い日から起算して、15日以内に乙の指定口座へ報酬を支払うものとする。

「支払いが遅れても何のペナルティもない」では、緊張感が生まれません。
実際に請求するかどうかは別として、遅延利息の明記は抑止力になります。

✅条文例

第○条(遅延損害金)
甲が支払期日を経過しても報酬の支払いを行わない場合、年14.6%の割合による遅延損害金を乙に支払うものとする。

※「年14.6%」という利率は、消費者契約法や下請法などにおいて、損害賠償や遅延利息の基準として用いられることが多い数値です。1日あたりの利率(日歩)が計算しやすく、実務上も広く普及しています。なお、この値は民事法定利率の年3%(2025年5月現在)から年14.6%の間で設定されることが実務上ではほとんどです。

とくに工数や外注費がかかる業務の場合、着手前に一部を回収しておくのがベストです。
前金制度は相手方の“本気度”も測れます。

✅条文例

第○条(着手金)
甲は、本契約締結後7日以内に、報酬総額の50%を着手金として乙に支払うものとし、残額は成果物の納品完了日から15日以内に支払うものとする。

実務では「検収完了を支払条件としない」設計も検討すべきです。
納品してから検収完了までに時間がかかる場合、あえて〝検収〟を飛ばして、納品・請求ベースで支払いを発生させることも現実的です。

例:

検収の有無にかかわらず、納品後○日以内に支払う。

このような設計は、検収基準が曖昧だったり、相手の社内確認に時間がかかる場合に効果的です(現実問題、この条件で妥結するのは困難と思われますが理論上は可能です)。

あるWeb制作会社では、長年「納品後60日払い」が定着していました。
資金繰りの負担を軽減するため、契約書を以下のように変更:

  • 支払期限:納品完了日から15日以内
  • 着手金:総額の30%を契約締結後に前払い
  • 検収条項に「みなし検収」条文を追加

結果、支払サイトが実質60日→30日になり、月次キャッシュフローが大幅に改善。
営業と経理の連携もスムーズになり、業務全体が健全化しました。

契約書とは、単に“争いを防ぐ道具”ではありません。
むしろ、「いつ、誰が、どのように、どこへ、いくら払うか」――
お金の流れをデザインする設計図です。

入金が遅い、キャッシュが不安定――
そんな問題を「契約書の文言」で改善できることを、ぜひ頭の片隅に入れておいてください。

📌ひとことアドバイス

  • 契約書を作成する際は「納品=支払義務」の明記が基本
  • 検収の定義は必ず〝期限付き〟にする(みなし検収条項は非常に有効)
  • 支払期限の短縮交渉は、立場が対等であれば十分可能
  • 遅延利息条項は“請求するか否か”ではなく、“載せてあるかどうか”が大事

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最後まで、お読みくださりありがとうございました。

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