ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
目次
- 1.自社に有利な契約書なら、本当にそれでよいのか?
- 2.契約書は、法律の部分最適ではなく、経営の全体最適で考える
- 3.見積は詰めるのに、契約書で油断する営業パーソン
- 4.契約は、相手との関係で成り立つ
- 5.「サインした方が得だ」と思わせる契約条件にする
- 6.経営者と営業が契約書を見るときのチェックポイント
- 7.まとめ|契約書は、相手にサインされて初めて機能する
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.自社に有利な契約書なら、本当にそれでよいのか?
契約書を作るとき、経営者の方からよく言われることがあります。
「できるだけ自社に有利な契約書にしてください」
この要望自体は、間違っていません。
むしろ、経営者としては自然です。
- 自社のリスクを減らしたい
- 責任を限定したい
- 代金回収を確実にしたい
- 追加作業は有償にしたい
- トラブル時に自社を守れるようにしておきたい
これは当然の発想です。
契約書は、取引条件を言語化する文書です。
自社の立場を守るために作る面もあります。
ただし、ここで一つ忘れてはいけないことがあります。
契約は、相手がサインして初めて成立する。
当たり前の話です。
しかし、契約書作成の場面では、この当たり前が意外と抜け落ちます。
- 自社にとって完璧な契約書
- 自社に一切リスクがない契約書
- 相手に重い責任を負わせる契約書
法的にはよくできているように見えるかもしれません。
しかし、相手がその内容に納得しなければ、契約は成立しません。
そして、契約が成立しなければ、商談も売上も生まれません。
今回は、「自社に有利な契約書」と「取引が成立する契約書」のバランスについて整理していきます。
2.契約書は、法律の部分最適ではなく、経営の全体最適で考える
結論から言うと、契約書は、法律的に自社に有利であればよい、というものではありません。
契約書は、経営全体の中で機能して初めて意味があります。
- 法律的に見れば、自社に有利な条項を入れることは正しい
- リスクを減らすことも正しい
- 責任を限定することも正しい
ただし、それを突き詰めすぎると、経営的にはマイナスになることがあります。
なぜなら、契約書が原因で商談が止まることがあるからです。
- 営業が見積りを出す
- お客様も前向きになる
- 金額もほぼ合意する
- 「では契約書を送ります」となる
ここまでは順調です。
ところが、契約書を出した瞬間に、相手の顔色が変わる。
「この内容はさすがに受けられません」
「法務の確認が必要です」
「この責任範囲は重すぎます」
「この契約条件なら、別の会社も検討します」
こうなることがあります。
せっかく商談がまとまりかけていたのに、契約書で止まる。
これは実はよくあることなのです。
つまり、契約書は法律だけで考えてはいけません。
「経営の全体最適」で考える必要があります。
法律的には部分最適でも、経営全体では失注につながるかもしれない。
逆に、少し譲ることで契約が成立し、長期的に良い取引になることもあります。
契約書とは、取引の解像度を上げるツールです。
その取引を成立させるためには、自社の守りだけでなく、相手が受け入れられる内容かどうかも見なければなりません。
3.見積は詰めるのに、契約書で油断する営業パーソン
営業パーソンが特に注意すべきなのは、商談の最後です。
営業の現場では、見積にはかなり神経を使います。
- いくらで出すか
- 値引きできるか
- 利益は残るか
- 競合と比べて高すぎないか
- 決裁を通せる金額か
ここは非常に丁寧に考えるはずです。
ところが、契約書になると急に関心が薄くなることがあります。
「契約書は法務の仕事です」
「会社のひな形を送ればいいですよね」
「金額は合意しているので、あとは押印だけです」
「契約条件はいつものフォーマットで大丈夫です」
こういう感覚です。
しかし、ここが盲点です。
営業にとって、商談のゴールは見積を出すことではありません。
契約書にサインしてもらうことです。
さらに言えば、代金を回収するところまでが仕事です。
見積で合意しても、契約書で止まれば売上にはなりません。
特に相手が大企業の場合、契約書は相手の法務部門に回ります。
営業担当者同士では前向きでも、法務が見た瞬間に、
「この条項は受けられません」
「責任範囲が広すぎます」
「解除条項が一方的です」
「損害賠償の上限がありません」
「知的財産の帰属が不明確です」
という指摘が入ることがあります。
そこから修正交渉が始まる。
時間がかかる。
納期が後ろ倒しになる。
社内の熱量が下がる。
相手が別の会社を検討し始める。
そして、いつの間にか失注する。
この流れは、営業パーソンにとって非常にもったいないです。
契約書は、商談の後処理ではありません。
商談の最後にある、重要なクロージングツールです。
4.契約は、相手との関係で成り立つ
契約書作成で一番大事なのは、契約は相手との関係で成り立つ、という視点です。
自社にとって有利な契約書を作ることはできます。
しかし、それを相手が受け入れるかどうかは別問題です。
ここには、自社の実力が出ます。
- 圧倒的な商品力がある
- 他社では代替できない技術がある
- ブランド力がある
- 価格競争にならない強みがある
- 相手がどうしても取引したい理由がある
こういう場合は、ある程度強い契約条件でも受け入れられるかもしれません。
一方で、同じようなサービスを提供する会社が他にもある場合はどうでしょうか。
契約条件が高飛車すぎると、相手はこう思います。
「この条件なら、別の会社でいいのではないか」
「取引開始後も融通が利かなそうだ」
「リスクをこちらに押しつける会社なのではないか」
「この会社と長く付き合うのは不安だ」
契約書は、相手に自社の姿勢を伝える文書でもあります。
強すぎる契約書は、自社を守るようでいて、相手に警戒感を与えることがあります。
もちろん、相手に迎合しすぎる必要はありません。
相手に言われるがまま、不利な条件を飲む必要もありません。
ただ、自社の実力、相手との力関係、取引の重要性、価格、納期、代替可能性を踏まえて、
契約条件を設計する必要があります。
このバランスが難しいのです。
5.「サインした方が得だ」と思わせる契約条件にする
では、どのような契約書がよいのでしょうか。
一つの目安は、相手が、
「この条件ならサインした方が得だ」
と思えることです。
これは、相手に有利な契約書にするという意味ではありません。
自社を守りつつ、相手にとっても受け入れやすい落とし所を作るという意味です。
たとえば、価格がかなり魅力的であれば、ある程度の契約条件は受け入れられるかもしれません。
逆に、価格が高めであれば、契約条件まで厳しすぎると相手は離れます。
納期が短く、相手にとってメリットが大きい場合は、多少こちら側の条件を通しやすいかもしれません。
一方で、納期に余裕があり、競合も多いなら、強すぎる条項は失注要因になります。
契約条件は、単独で決まるものではありません。
価格、納期、サービス内容、競争優位、相手との関係性とセットで決まります。
ここが、契約書作成の難しいところです。
ここで一つ視点を加えます。
薄利多売型のビジネスであれば、契約書や取引条件はむしろ重要です。
一件あたりの利益が大きくないからこそ、追加対応、無償修正、支払遅延、検収の長期化、
例外的な値引きが積み重なると、すぐに利益が削られます。
薄利多売型では、一件ごとに細かい交渉をするのではなく、あらかじめ標準条件を明確にしておくことが大切です。
- どこまでが基本料金に含まれるのか
- どこからが追加費用なのか
- 支払条件はどうするのか
- キャンセルや変更があった場合にどう扱うのか
- 検収や納品後の対応はどこまで行うのか
こうした条件を契約書や利用規約、申込書、発注条件などで標準化しておく。
これによって、営業効率を落とさず、利益の漏れを防ぐことができます。
一方で、高利益追求型のビジネスでは、一件ごとの金額が大きい分、個別案件ごとのリスクも大きくなります。
そのため、責任範囲、検収、追加費用、損害賠償、解除条件、成果物の権利関係などを、
案件ごとに丁寧に設計する必要があります。
つまり、薄利多売型でも、高利益追求型でも、契約書は重要です。
違うのは、作り込み方です。
薄利多売型では、利益を漏らさないための標準条件を整える。
高利益追求型では、個別案件のリスクと収益性に合わせて条件を設計する。
どちらも、契約書を経営の全体最適の中で考える必要があります。
つまり、契約書はビジネスモデルによって変わります。
- 薄利多売なのか
- 高付加価値型なのか
- 継続取引なのか
- 単発取引なのか
- 相手は法人なのか、消費者なのか
- 自社にどの程度の競争優位があるのか
これらを見ずに、自社に有利な条項だけを集めても、使いやすい契約書にはなりません。
契約書作成は、経営と法律の連立方程式を解く作業です。
6.経営者と営業が契約書を見るときのチェックポイント
経営者や営業パーソンが契約書を見るときは、次の5つの視点が有効です。
①この契約書は、自社の実力に合っているか
強い契約条件を出すだけの競争優位があるのか。
相手がそれでも取引したいと思う理由があるのか。
同じ条件を出したとき、競合に流れないか。
ここを見る必要があります。
②相手がサインする理由があるか
相手にとって、価格、納期、品質、安心感、実績、対応力などのメリットがあるか。
契約条件が多少重くても、それを上回る価値を示せているか。
契約書だけでなく、提案全体で考えることが大切です。
③営業が説明できる契約書になっているか
営業担当者が、契約書の基本的な条件を説明できない場合、相手は不安になります。
「法務が作ったので分かりません」
「会社のひな形なので変えられません」
「とりあえずこれでお願いします」
これでは、クロージング力が下がります。
営業が最低限説明できる契約書にすること。
これも重要です。
④消費者向け取引では、強すぎる条項になっていないか
相手が消費者の場合は、特に注意が必要です。
事業者同士の契約とは違い、消費者保護法制の視点が入ります。
過度に一方的な条項や、消費者に不利益な条項は、法的に問題となる可能性があります。
ここは専門家確認が必要な場面です。
⑤契約書が原因で失注していないか
過去の商談を振り返ってみてください。
見積までは進んだ。
条件もほぼ合意した。
でも、契約書を出した後に止まった。
こういう案件が複数あるなら、契約書が営業上のボトルネックになっている可能性があります。
契約書は守りの文書であると同時に、営業の最後の一押しにも関わる文書です。
ここを経営課題として見る必要があります。
7.まとめ|契約書は、相手にサインされて初めて機能する
今回のポイントを整理します。
- 自社に有利な契約書を作ること自体は間違っていない
- ただし、契約は相手がサインして初めて成立する
- 法律的な部分最適を突き詰めすぎると、経営全体では失注につながることがある
- 営業パーソンは、見積りだけでなく契約書のクロージングまで意識する必要がある
- 契約書が原因で商談が止まるケースは実際にある
- 契約条件は、価格、納期、競争優位、相手との力関係とセットで考える
- 薄利多売型か高付加価値型かによって、契約書の設計も変わる
- 消費者向け取引では、強すぎる条項に特に注意が必要である
そして何より大事なのは、契約書は自社だけを見る文書ではないということです。
自社を守る。
相手にも納得してもらう。
営業が説明できる。
経営全体として取引が成立する。
このバランスが必要です。
契約書作成は、経営判断そのものです。
そして、そのさじ加減こそが、契約実務で一番難しく、一番大事なところなのだと思います。

【音声解説】
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【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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