ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
はじめに
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
契約書を作るとき、誰もがまず考えるのは「やること(業務内容)」です。
しかし、実務で本当にトラブルに発展しやすいのは「やらないこと」を摺り合わせていないせいで起きる“認識のズレ”。
特に業務委託契約では、仕事が始まったあとにこう言われがちです。
「これ、ついでにお願いできないかな?」
「え、そこまでやってくれないの?」
「そこも含まれてると思ってたけど?」
こうしたいざこざを防ぐには、「やること」だけでなく、「やらないこと」もあらかじめ契約で明文化しておくことがとても重要です。
「やらないことの明文化」が必要な理由
契約書は本来、「義務(やること)」を明確にする文書ですが、
やらないことが書いていないと、“やってくれるもの”と期待されてしまうのが現実です。
とくにフリーランスや小規模事業者など、業務委託で動く立場にある人は、
一度関係性ができると「これもお願い」「ついでにこれも」と、追加業務が口頭ベースで増えていく傾向があります。
しかも、「それは契約に含まれていません」と言いにくい心理的プレッシャーがあるため、
気づけばサービス残業状態になっていることも。
その防波堤になるのが、「やらないこと」を契約で先に線引きしておくことです。
それによって、曖昧な期待や無意識の押しつけから、自分を守ることができます。
業務委託契約でよくある「頼まれてないのに…」事例
以下は、実際の現場で頻発する“追加業務トラブル”の一例です。
✅ SNS運用の契約で…
- 投稿作業の契約だったのに、DM対応や炎上時のクレーム返信まで任される。
- 契約書に“やらないこと”が書かれていないと、「それも含まれてるでしょ?」と言われやすい。
✅ Web制作やデザイン業務で…
- 修正回数があいまいで、無限に直しを求められる。
- 「素材差し替え」や「構成変更」など、報酬外の作業が当たり前のように依頼される。
✅ IT業務や事務代行の現場で…
- 「ちょっとこれもお願いできる?」という“ついで業務”がどんどん膨らむ。
- 担当外の調整ややりとりまで、知らないうちに負わされる。
「線引き」を明文化する条文例とその意味
では、契約書で「やらないこと」を明確にするにはどう書けばよいのでしょうか?
実務でよく使われる条文例と、心理的な防御の視点をあわせて解説します。
📌条文例①:業務範囲の限定
本契約に基づき受託者が行う業務は、別紙記載の内容に限られ、その他の業務は本契約の対象外とする。
業務内容が「別紙」にしっかり書かれていることが前提です。
たとえば「SNS業務」ではなく、「Instagramへの投稿原稿の作成および画像加工を週2本」など、具体的な単位で明記を。
📌条文例②:やらないことの明示
委託者および受託者は、以下の業務については本件業務の対象外であることを確認する。
・SNS上のDM返信や個別メッセージ対応
・顧客からの直接問い合わせ対応
・クレーム処理および補償交渉 等
ここでのポイントは、「お願いされても対応しません」と先に宣言すること。
“等”だけで終わらせず、代表的な例を列挙することで期待値が明確になります。
📌条文例③:追加業務のルールと「心理的圧力」への対抗策
発注者が追加の業務を希望する場合は、受託者の承諾を得たうえで、別途書面にて内容および報酬条件を定めるものとする。
実務では、「口頭で頼まれたら断りづらい」という心理的な圧力が常にあります。
「書面で定める」という一文は、受託者にとっての心理的セーフティネットになります。
また、以下のように補強するのもおすすめです。
💬補強バージョン:
受託者は、書面により別途合意された業務以外について、追加業務として対応する義務を負わない。
まとめ
「そんなに線引きして、相手に嫌われないかな…」と思うかもしれません。
でも実際には、その逆です。
- 「これは契約に入っていないのでできません」と丁寧に伝えること
- 「ここから先は追加料金が発生します」と最初に説明しておくこと
こうした行為こそが、プロフェッショナルとしての誠実さ。
むしろ、曖昧にしてあとで揉める方が信頼を損ないます。
契約書は「できること」だけを書くものではありません。
むしろ「できないこと」「やらないこと」を言葉にしておくことで、
あなたの価値と、限界と、信頼のすべてを守ってくれるツールになります。
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