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【契約書のトリセツ】「契約書を取り交わさない」という選択肢|不利な契約書を押し付けられたときの実務感覚

ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。

目次

本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。


1.契約書は、必ず取り交わした方がよいのか?

契約書についてお話ししていると、私はよく、

「契約書は作った方がよいです」
「契約条件は、先に提示した方が有利です」
「ルールは作った側が強いです」

という話をします。
契約書は、取引のルールを言語化する文書です。

  • 誰が、何を、いつまでに行うのか
  • 代金はいくらで、いつ支払うのか
  • 納品後の検収はどうするのか
  • 不具合があった場合、誰がどこまで責任を負うのか
  • 取引を終了するときは、どのような手続を取るのか

こうしたことをあらかじめ決めておけば、後日のトラブルを減らすことができます。
その意味では、契約書は非常に重要です。

ただし、ここで一つ注意が必要です。
契約書は、いつでも、どんな内容でも、取り交わせばよいというものではありません。

特に、年度末や期末のタイミングでは注意が必要です。
大企業や取引先から、急に契約書が送られてきて、

「今年度中に契約書を取り交わさないと、来年度の取引は始められません」
「社内手続上、今月中に締結が必要です」
「この契約書で進めないと発注できません」

と言われることがあります。
もちろん、本当に社内手続上必要な場合もあります。
しかし、忙しい時期に、十分な検討時間もないまま契約書への押印を迫られることもあります。
そして、よく読んでみると、自社にとってかなり不利な内容が並んでいる。

こういう場面で、どう考えるべきでしょうか。
契約書は、必ず取り交わさなければならないのでしょうか。
今回は、あえて少し逆説的に、「契約書を取り交わさないという選択肢」について整理します。


2.不利すぎる契約書なら、取り交わさない方がよい場合もある

結論から言うと、不利すぎる契約書であれば、取り交わさない方がよい場合があります。
もちろん、原則として契約書はあった方がよいです。

  • 取引条件が明確になる
  • トラブル時の判断軸になる
  • 社内で説明しやすくなる
  • 相手との認識のズレを減らせる
  • 後日の証拠にもなる

これは間違いありません。
ただし、それはあくまで、内容が一定程度合理的であり、自社が守れる契約書である場合です。

もし契約書の内容が、

  • 一方的に自社だけに重い責任を負わせている
  • 損害賠償が無制限に近い
  • 取引終了が極端に難しい
  • 相手方だけが自由に条件変更できる
  • 自社の将来の販売ルートや事業展開を過度に縛る
  • 守れない納期や義務が入っている
  • 解除や中途解約の条件が極端に不利

こういうものであれば、契約書があること自体がリスクになります。

契約書は、サインした瞬間に「守るべき約束」になります。

「忙しかったので、よく読まずに押しました」
「年度末で急かされたので、とりあえず締結しました」
「相手からこの書式でないと取引できないと言われました」

という事情があったとしても、契約書にサインすれば、その内容に拘束されるのが原則です。
だからこそ、契約書を取り交わさないという選択肢も、頭の片隅に置いておく必要があります。

契約自由の原則からすれば、契約を結ぶ自由がある一方で、契約を結ばない自由もあります。
契約書の内容を決める自由がある一方で、その契約書では結ばないと判断する自由もあります。

契約書とは、取引の解像度を上げるツールです。
しかし、解像度を上げた結果、あまりにも不利な条件が見えたのであれば、
その契約を結ばないという判断も、立派な契約実務です。


3.年度末に「今月中に締結しないと取引できません」と迫られる

実務でよくあるのが、年度末や期末の契約書ラッシュです。
3月、9月、12月など、会社によって期末の時期は異なります。
この時期になると、取引先から急に契約書が送られてくることがあります。

「今月中に締結してください」
「来年度の取引開始に必要です」
「社内稟議の関係で、早急に返送してください」
「押印済みの原本を至急お願いします」

こう言われると、こちらも焦ります。
特に、その取引先との取引が大きい場合はなおさらです。

「この契約書を結ばないと、来年度の売上がなくなるかもしれない」
「この取引が止まると、資金繰りに影響する」
「ここで揉めると、今後の関係が悪くなるのではないか」

そう考えてしまいます。

相手が大企業であれば、なおさらプレッシャーがあります。
相手の担当者から、

「この契約書でないと発注できません」
「当社の標準契約書なので変更できません」
「他社さんはこの条件で締結しています」

と言われることもあります。しかし、ここで焦ってはいけません。
契約書の内容をよく見ると、かなり重い条件が入っていることがあります。

たとえば、

  • 他社との取引を制限する条項
  • 相手の承諾がないと新しい販路を開拓できない条項
  • 不利な条件が自動更新される条項
  • 中途解約を難しくする条項
  • 損害賠償や保証責任を広く負わせる条項

こうした条項は、締結した直後には大きな問題に見えないことがあります。
しかし、契約期間が続くにつれて、じわじわと効いてきます。

契約書は、押印した瞬間に終わる書類ではありません。
むしろ、押印した後に、事業の自由度や収益性を左右する文書です。
年度末の忙しさに紛れて、不利な契約書をそのまま受け入れてしまう。
これは本当に危ないです。


4.本質|契約自由の原則には「結ばない自由」も含まれる

契約実務の本質を考えるうえで、契約自由の原則は非常に重要です。
契約自由の原則とは、簡単に言えば、

  • 誰と契約するか
  • どのような内容で契約するか
  • どのような方式で契約するか
  • そもそも契約するかどうか

これらを、当事者が自由に決められるという考え方です。

もちろん、強行法規や公序良俗、消費者保護、労働法制、下請・取引適正化関係など、
自由に決められない領域もあります。
ただ、事業者同士の取引では、原則として契約内容を当事者間で決めることができます。

これをビジネスの現場の言葉に置き換えれば、

ルールは作った側が強い。

こういうことです。
相手が契約書を作って先に出してくる。
そこには、相手にとって有利なルールが入っていることが多いです。これは当然です。

契約書を作る側は、自社のリスクを減らし、自社に有利な条件を入れようとします。
だからこそ、こちらも契約書を読む必要があります。
修正案を出す必要があります。
場合によっては、自社案を提示する必要があります。

ただ、もう一つ大事な視点があります。

ルールは作った側が強い。
しかし、そのルールを受け入れない自由もある。

ここです。
相手が不利な契約書を出してきたからといって、必ずそれにサインしなければならないわけではありません。

  • 修正を求める
  • 協議を求める
  • 一部だけ合意する
  • 個別の注文書・注文請書で対応する
  • しばらく契約書締結を棚上げする
  • 場合によっては、取引自体を見送る

こうした選択肢があります。

契約書を結ばなければ、法律関係がゼロになるわけではありません。
すでに個別取引が成立していれば、
民法や商法などの法律、注文書・請書、見積書、メール、実際の取引経過などをもとに処理されることになります。

もちろん、契約書がないことによる不明確さは残ります。
しかし、あまりにも一方的で不利な契約書にサインするよりは、契約書がない方がまだましという場面もあります。

これは、契約書を軽視する話ではありません。
むしろ、契約書の重さを知っているからこその判断です。


5.実例・実務ポイント|長期継続契約では「将来を縛る条項」に注意する

特に注意したいのは、長期継続的な契約です。

  • 取引基本契約書
  • 継続的売買契約書
  • 製造委託基本契約書
  • 販売代理店契約書
  • 業務委託基本契約書
  • 継続的なサービス提供契約書

こうした契約書は、一度締結すると、一定期間継続します。

  • 1年契約
  • 自動更新
  • 解約には数か月前の通知が必要
  • 中途解約が制限されている
  • 契約終了後も一定の義務が残る

こういう形になっていることが多いです。

実務上、「4,000円の印紙を貼るような契約書」は、長期継続的な関係を前提とする重要な契約であることが少なくありません。
もちろん、印紙の有無だけで契約の危険度が決まるわけではありません。
ただ、長期継続的な取引を前提とする契約書は、慎重に読むべきです。

なぜなら、不利な条件が一度入ると、後から直すのが非常に大変だからです。
たとえば、次のような条項には注意が必要です。

注意すべき条項何が危ないか確認したいポイント
独占取引条項他社への販売や別ルートでの取引が制限される自社の販路拡大や将来の事業展開を妨げないか
事前承諾条項新しい販売先、外注先、提携先を開拓するたびに相手の承諾が必要になる相手の承諾がないと事業判断が止まる内容になっていないか
自動更新条項不利な条件が翌年以降も継続する更新停止の期限・方法を自社で管理できるか
中途解約制限条件が合わなくなっても離脱しにくい何か月前に通知すれば終了できるか、違約金はないか
最低購入義務・供給義務売上や生産能力にかかわらず義務を負う自社の生産能力・在庫・資金繰りと合っているか
一方的解除条項相手だけが有利に取引を終了できる自社側にも合理的な解除・終了の手段があるか
無制限の損害賠償契約金額を超える損失を負う可能性がある上限額・対象損害・請求期間を限定できないか
過度な保証義務自社で管理できない範囲まで責任を負う保証期間・保証範囲・対象外事項が明確か

こうした条項は、目先の売上だけを見ていると見落としがちです。
しかし、将来の経営の自由度に大きく影響します。

一度、不利な条件で基本契約を締結してしまうと、後から、

「やっぱりこの条件は厳しいので変えてください」

と言っても、相手は簡単には応じません。

昔の不平等条約の話に近いところがあります。
一度、不利な条約を結んでしまうと、後で平等な内容に戻すためには、ものすごいエネルギーが必要になります。
契約書も同じです。
目先の取引を始めるための契約書が、数年後の事業展開を縛る足かせになることがあります。
だからこそ、とりわけ長期継続契約は、忙しさの中で急いで締結してはいけません。


6.対応策|不利な契約書を出されたときの現実的な返し方

では、不利な契約書を急に出された場合、どう対応すればよいのでしょうか。

まず大事なのは、すぐに押印しないことです。

「社内で確認します」
「内容を精査します」
「当社として守れる内容か確認します」
「当社の顧問弁護士にも確認する必要があるので、少しお時間をいただけますか」
「この条項については、経営陣の判断が必要なので、次回の取締役会までお待ちいただけますか」

この一言を返すだけでも、だいぶ違います。

次に、問題点を整理します。

  • どの条項が不利なのか
  • なぜ守れないのか
  • どの条項なら修正すれば受け入れられるのか
  • どの条項は絶対に受け入れられないのか
  • この契約を結ばない場合、取引にどの程度影響があるのか

ここを整理します。
そのうえで、相手には次のような返し方が考えられます。

ご提示いただいた契約書につきましては、当社として簡単に承諾できる内容ではないため、もう少し時間をかけて確認させていただきたく存じます。

これまでの個別取引は特段大きな問題なく進んでおりますので、当面は個別の注文書・注文請書等により条件を確認しながら進めさせていただく形をご相談できれば幸いです。

基本契約書の締結については、責任範囲、契約期間、解約条件等を含め、改めて協議させていただければと存じます。

このように、いきなり全面拒絶するのではなく、

  • すぐには承諾できない
  • もう少し検討したい
  • 当面は個別契約や注文書で対応したい
  • 基本契約については改めて協議したい

という形で、棚上げ・先送りをする方法があります。

もちろん、相手との力関係によっては難しい場合もあります。
どうしてもその契約を結ばないと取引が切れる、という場面もあるでしょう。
その場合でも、少なくとも、

  • どこが不利なのか
  • どのリスクを飲むのか
  • どのリスクは飲めないのか
  • 価格や納期に反映できないか
  • 別途覚書で調整できないか

これらを検討するべきです。

契約書を取り交わさないという選択肢は、常に最善という意味ではありません。
ただ、その選択肢を持っているだけで、交渉の見え方は変わります。
「サインするしかない」と思うと、相手の条件をそのまま飲むしかなくなります。
しかし、「この契約書なら、結ばない方がましという選択肢もある」と思えれば、少し冷静に判断できます。


7.まとめ|契約書を結ばない判断も、契約実務である

今回のポイントを整理します。

  • 契約書は原則として重要だが、どんな内容でも取り交わせばよいわけではない
  • 年度末や期末には、急いで契約書の締結を迫られることがある
  • 忙しさに紛れて不利な契約書にサインすると、後々大きな足かせになる
  • 契約自由の原則には、契約を結ぶ自由だけでなく、結ばない自由も含まれる
  • 不利すぎる契約書であれば、契約書がない方がまだましな場合もある
  • 長期継続契約、自動更新、独占取引、事前承諾条項などは特に注意が必要
  • 不利な契約書を出されたら、すぐに押印せず、確認・協議・棚上げの選択肢を検討する
  • 当面は個別の注文書・注文請書で対応するという方法もある

契約書とは、取引の解像度を上げるツールです。
ただし、その解像度を上げた結果、あまりにも不利な条件が見えたなら、無理にサインする必要はありません。

契約書を取り交わすことだけが正解ではありません。

  • 不利な契約書を結ばない
  • もう少し時間をかけて協議する
  • 個別取引ごとに条件を確認する
  • 法律の原則に委ねた方がまだよいかを検討する
  • 取引そのものを見直す

これも、契約実務です。

契約書に強くなるということは、契約書を何でも結ぶことではありません。
契約書の重さを理解したうえで、

「この内容なら結ぶ」
「この内容なら修正する」
「この内容なら結ばない」

と判断できるようになることです。

特に年度末や期末の忙しい時期ほど、契約書を急いで処理してしまいがちです。
しかし、契約書はサインした後に効いてくる文書です。
目の前の取引を失いたくないという気持ちは分かります。
ただ、その契約書が将来の事業展開を縛る足かせになる可能性もあります。

だからこそ、契約書を受け取ったときは、一度立ち止まってください。

「この契約書は、本当に結ぶべきなのか」

そう考えることも、契約書に強くなるための大切な一歩です。


【音声解説】

本記事の内容は、
音声配信『契約書に強くなる!ラジオ』でも解説しています。
▽ 音声はこちら(stand.fm)


🔎 参考記事

ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
ご関心があれば、あわせてご覧ください。


【執筆者】

ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
現場で実際に使える判断基準を前提に、契約実務を整理しています。


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