ビジネス法務

【契約書のトリセツ】もし契約書がなかったらどうなる?―地政学リスクに備える考え方

ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。

目次

本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。


1.もし契約書がなかったらどうなるのか

「もし契約書がなかったら、どうなるのでしょうか」

この問いに対する答えは、法律論だけで言えばシンプルです。
まずは両者で協議して決めることになる。
(法律云々はトラブルが発生した後の話)

一見すると、悪くない答えに見えるかもしれません。

  • 「話し合って決めるなら、それでいいじゃないか」
  • 「むしろ柔軟でよさそうだ」

そう感じる方もいると思います。

ただ、ここに大きな落とし穴があります。

実務の現場で長く契約に関わっていると、この「両者協議で決める」という言葉が、
必ずしも平和的でも合理的でもないことがよく分かります。
むしろ、契約書がない状態での協議ほど、危ういものはないと感じる場面が少なくありません。


2.「両者協議して決める」は本当に良いことなのか

私たち日本人は、小さい頃から「話し合いは良いことだ」と教わります。

  • 揉めたら話し合う
  • 白黒をつけすぎず、お互い譲り合う
  • 両者協議で解決する

これは一般論としては立派な考え方です。
ただ、ビジネスの世界に持ち込むと、少し話が変わってきます。
なぜなら、協議というのは、当事者の立場がある程度対等であって初めて機能する概念だからです。

ここを見落としてしまうと、「契約書がなくても後で話し合えばいい」という発想になりやすい。
ですが、実務ではむしろ逆です。

  • 契約書がないからこそ、後で揉める
  • 契約書がないからこそ、協議が機能しない
  • 契約書がないからこそ、力の強い側に押し切られる

そういうことが現実には起こり得ます。
このあたりが、契約実務の少し残酷なところです。


3.なぜビジネスの現場では協議がうまく機能しないのか

協議がうまくいかない最大の理由は、力関係が対等ではないからです。

たとえば、

  • 相手が大企業である
  • こちらがフリーランスである
  • 相手が発注者で、こちらが受注者である
  • 相手が「払う側」で、こちらが「もらう側」である

このような関係では、協議の前提がそもそも崩れています。

実務では、どうしてもお金を支払う側の方が強くなりがちです。

  • 「支払いませんよ」と言われたら困る
  • 「他を探します」と言われたら困る
  • 「今回の件は見送ります」と言われたら困る

こういう事情がある以上、形式的に「両者協議で決める」と言っても、
現実には力の弱い側が譲歩するしかないことが多い。

だから、契約書がない状態での「両者協議」は、きれいな言葉に見えても、実際にはかなり玉虫色です。
そして多くの場合、力の強い側に有利な形で決まっていくことになります。

とりわけ、このブログにたどり着く方は、

  • 中小・ベンチャー企業
  • フリーランス
  • クリエイター
  • 起業したばかりの方

であることが多いと思います。

そういう立場の方にとって、「契約書がないまま協議する」というのは、
かなり不利なゲームをすることに近いとも言えます。


4.土台となる契約書があってこその協議

ここで大事なのは、協議そのものが悪いわけではないということです。
問題なのは、「ルールが何も決まっていない状態で協議すること」です。

逆に言えば、土台となる契約書がきちんと存在していて、その中に、

  • 追加料金が発生した場合は両者協議で決める
  • 支払い条件の変更は両者協議で決める
  • 仕様変更時のスケジュールは両者協議で決める

といった条項があるなら、この「協議」は意味を持ちます。
なぜなら、ベースとなるルールがすでにあるからです。

つまり、

  • 何もないところでの協議(いわば「空中戦」)
    ではなく、
  • 契約という土台の上での協議(いわば「地上戦」)

になるわけです。
この差は非常に大きいです。

前者は、実質的には力関係勝負になりやすい。
後者は、「契約書にこう書いてありますよね」と言える分だけ、弱い立場の側にも武器がある。

これは、実務に入ると本当によく分かります。

だから私は、契約書を作るときには「両者協議で決める」という余白をできるだけ減らしつつ、
どうしても余白が必要な部分だけを限定して残す、という発想が大切だと思っています。


5.想定内だけでなく、想定外を織り込むのが契約書の役割

契約書を作る意味は、単に「今わかっていることを書く」だけではありません。
もっと重要なのは、当事者が見落としているリスクを先回りして織り込むことです。

自分で契約書を作ると、どうしても自分の業界、自分の商売、自分の頭の中にある“想定内”のことしか書けません。

私たち専門家は、いろいろな業界・業種・取引の失敗例やトラブル例を見てきているので、
当事者にとっては「想定外」のことも思いつくこともあります。

たとえば、

  • 自然災害だけでなく感染症流行も不可抗力に入れなくてよいか
  • 海外からの輸入停止はどう扱うか
  • サプライチェーン分断時の責任分担はどうするか
  • 発注が急に止まったときの補償はどうするか
  • 契約解除時の精算をどうするか

こういった点です。

契約書を作り込む作業とは、ある意味で、「曖昧な部分を白黒つける作業」です。
そしてそのときに重要なのは、想定内のことを網羅するだけでなく、
「想定外だけれど起こり得ること」をどこまで見越せるかです。

この“少し先を読む力”が、契約書の精度を上げる上で重要だと思っています。


6.コロナ禍で顕在化した「曖昧な契約」の恐ろしさ

この話は、コロナ禍を経て一気に現実味を帯びました。

コロナ前は、

  • 「今まで口約束でやってきたし問題なかった」
  • 「契約書なんて堅苦しいものはいらない」
  • 「そこまで細かく決めなくてもなんとかなる」

という空気が、まだかなりありました。

ところが、コロナ禍で、

  • 仕事が急に止まる
  • サプライチェーンが止まる
  • 外注先に発注できなくなる
  • イベントや案件が突然消える
  • フリーランスの仕事がいきなり切られる

こういったことが一気に起きました。
そのときに何が起きたか。
今まで曖昧にしてきた契約条件が、一気にトラブルとして噴き出したのです。

  • 誰が損失を負担するのか
  • 仕事を打ち切るなら、どこまで補償するのか
  • 納品できないとき、責任はどうなるのか
  • 外部業者が離れてしまったとき、関係はどう整理するのか

今まで「なんとなく」で回っていたものが、非常時には一気に破綻します。

実際、コロナ前には「契約書なんていらない」と言っていた企業から、
アフターコロナでは契約整備の相談が増えた、というのは、まさにその象徴です。

結局のところ、契約書というのは平時のためだけにあるのではありません。
有事のときに“どうするか”を先に決めておくためのものと言えます。

現在(2026年4月時点)は、ウクライナ問題や中東問題など、地政学リスクが増大しています。
上記コロナ禍の動きは示唆的ではないでしょうか。
地政学リスクもまた、平時には見えにくい想定外のリスクです。
契約書でどこまで備えるかを、今一度考えてみてください。


7.まとめ|契約書は“曖昧さを先回りして潰す道具”である

今回のポイントを整理します。

  • 契約書がなければ、原則として「両者協議で決める」ことになる
  • ただし、ビジネスの現場では力関係があるため、その協議は必ずしも対等に機能しない
  • 特に中小企業、フリーランス、クリエイターにとっては不利になりやすい
  • だからこそ、契約書という土台を先に作っておくことが重要
  • 協議は、何もないところでやるのではなく、契約の上でやるから意味がある
  • 契約書は想定内だけでなく、想定外まで見越して作り込む必要がある
  • コロナ禍は、曖昧な契約条件の危険性を一気に可視化した

そして何より大事なのは、契約書は、“曖昧さを先回りして潰す道具”であるということです。

話し合いは大切です。
でも、話し合いが機能するためにも、先に決めるべきことは決めておく必要があります。

契約書があるからこそ、協議が武器になる。
契約書がないままの協議は、ただの力関係勝負になりやすい。

この違いを意識するだけでも、契約書に対する見方はかなり変わるはずです。


【音声解説】

本記事の内容は、
音声配信『契約書に強くなる!ラジオ』でも解説しています。
▽ 音声はこちら(stand.fm)


🔎 参考記事

ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
ご関心があれば、あわせてご覧ください。


【執筆者】

ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
現場で実際に使える判断基準を前提に、契約実務を整理しています。


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「この場合はどう考える?」「ここが気になる」
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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