ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
目次
- 1.商談で話したことは、本当に残っているでしょうか
- 2.契約書は、話し合った内容を揺るがない形に残すもの
- 3.話したつもり、決めたつもりでズレる
- 4.商談の温度感は、時間が経つと残らない
- 5.実例:商談内容を契約書に変換する
- 6.商談後に契約書を作る前のチェックリスト
- 7.まとめ:契約書は、商談を揺るがない形に残すためにある
- 🔎 参考記事
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.商談で話したことは、本当に残っているでしょうか
人の記憶は、思っている以上に曖昧です。
たとえば、3日前のランチに何を食べたか、すぐに思い出せるでしょうか。
少し考えれば、おぼろげに思い出せるかもしれません。
では、1か月前の夕食はどうでしょうか。
特別な日でない限り、すぐには思い出せないのではないでしょうか。
商談も同じです。
その場では、話した内容をよく覚えているつもりでも、時間が経つと細部は曖昧になります。
商談では、いろいろなことが話し合われます。
- いくらでやるのか
- いつまでに納品するのか
- 何を納品するのか
- どこまで修正対応するのか
- 検収はどうするのか
- いつ請求できるのか
- いつ支払ってもらえるのか
- 追加対応が出たら、追加費用をもらえるのか
商談の場では、双方が納得しているように見えることがあります。
「それでお願いします」
「その条件で大丈夫です」
「細かいところは後で調整しましょう」
「だいたいその方向で進めましょう」
その場では、話がまとまったように感じます。
しかし、時間が経つと、商談で話した内容は少しずつ揺らぎます。
- 担当者の記憶が曖昧になる
- 社内で別の人が関わる
- 見積書とメールの内容が微妙に違う
- 納品後に追加要望が出る
- 「そこまで含まれていると思っていた」と言われる
このようなズレは、珍しいことではありません。
だからこそ、契約書が必要になります。
契約書は、商談で話したことを、あとから確認できる形に残すためのものです。
いわば、契約書は「商談の凍結保存」です。
2.契約書は、話し合った内容を揺るがない形に残すもの
契約書は、難しい法律用語を並べるための文書ではありません。
商談で話し合った内容を、あとから見ても分かる形に整える文書です。
商談で決めたはずのことが、契約書に書かれていなければ、後で確認できません。
反対に、商談で話していないことが契約書に入っていれば、
相手から「そんな話は聞いていない」と言われる可能性があります。
つまり、契約書で大切なのは、商談と契約書をつなげることです。
商談で話すことと、契約書に落とすことは、次のように対応します。
| 商談で話すこと | 契約書に落とすこと |
|---|---|
| いくらでやるか | 報酬・代金 |
| いつ納めるか | 納期 |
| 何を納めるか | 成果物・納品物 |
| 何をもって完了か | 検収基準・業務完了条件 |
| いつ払うか | 支払条件 |
| 修正はどこまでか | 修正回数・無償対応範囲 |
| 追加対応はどうするか | 追加費用・変更手続 |
| 中止・終了時はどうするか | 解約・解除・精算条項 |
この対応関係が整理されている契約書は、実務で使いやすい契約書です。
逆に、この対応関係が崩れている契約書は、見た目は立派でも、現場では使いにくくなります。
契約書は、商談を飛ばすためのものではありません。
商談で決めた内容を、揺るがない形で残すためのものです。
3.話したつもり、決めたつもりでズレる
よくあるのは、「商談では話したはず」という状態です。
たとえば、制作業務で次のようなやり取りがあったとします。
「トップページと会社概要ページを作ります」
「問い合わせページも簡単にお願いします」
「修正はある程度対応します」
「納期は来月中を目安にしましょう」
「請求は納品後で大丈夫です」
商談の場では、これで話が進むかもしれません。
しかし、契約書や発注書に落とし込まれていないと、後から問題になります。
| 商談時の表現 | 後から起こりやすいズレ |
|---|---|
| 簡単にお願いします | どこまでが簡単なのか分からない |
| ある程度対応します | 修正回数や範囲が分からない |
| 来月中を目安に | 具体的な納期が分からない |
| 納品後に請求 | 検収後なのか、納品直後なのか分からない |
| 必要に応じて追加対応 | 有償か無償か分からない |
商談では、言葉が柔らかくなりがちです。
- 関係性を壊したくない
- 細かいことを言いすぎたくない
- まずは前向きに進めたい
- 相手の反応を見ながら調整したい
この感覚自体は、自然です。
しかし、柔らかい言葉のまま取引を進めると、後で解釈が分かれます。
- 「簡単に」と言った
- 「ある程度」と言った
- 「目安」と言った
- 「必要に応じて」と言った
これらの言葉は、商談では便利です。
しかし、契約書では危険です。
なぜなら、人によって受け止め方が違うからです。
契約書は、このような曖昧な商談表現を、実務で使える条件に変換するための文書でもあります。
4.商談の温度感は、時間が経つと残らない
商談の場には、温度感があります。
- 相手の表情
- その場の雰囲気
- 話の流れ
- 言葉のニュアンス
- 「これは大丈夫そうだ」という感覚
しかし、契約実務では、この温度感に頼りすぎると危険です。
なぜなら、契約後に取引を動かすのは、商談に参加していない人かもしれないからです。
- 営業担当者が話した内容を、現場担当者が実行する
- 経営者が合意した内容を、経理担当者が請求処理する
- 制作担当者が納品した内容を、相手方の別部署が検収する
- 契約締結後に、相手方の担当者が異動する
このようなことは普通に起こります。
そのときに必要なのは、「あのとき、こういう雰囲気でした」という説明ではありません。
- 何を、いつまでに、いくらで、どの範囲まで行うのか
- どの時点で完了とするのか
- 追加対応が出たときはどうするのか
- 支払はいつ発生するのか
これらを、あとから見ても分かる形にしておくことです。
契約書は、商談の温度感をそのまま残すものではありません。
商談で決まった条件を、第三者が見ても分かる形に整理するものです。
だからこそ、契約書は「商談の凍結保存」なのです。
商談で話したことを、その場の空気に依存させず、文字として保存する。
これが、契約書の大切な役割です。
5.実例:商談内容を契約書に変換する
商談内容を契約書に落とすときは、抽象的な言葉を具体的な条件に変える必要があります。
たとえば、次のような変換です。
| 商談での言い方 | 契約書での書き方 |
|---|---|
| なるべく早く納品します | 令和○年○月○日までに納品する |
| 修正は対応します | 無償修正は○回までとする |
| 確認後に支払います | 検収完了月の翌月末日までに支払う |
| 必要な資料をもらって進めます | 発注者は○日までに原稿・画像素材を提供する |
| 追加があれば相談します | 仕様変更・追加業務は別途見積のうえ合意する |
| 何か問題があれば対応します | 契約不適合責任・保証期間・対応範囲を定める |
この変換作業をしないまま契約書を作ると、条文と実態がズレます。
たとえば、商談では「素材の提供が遅れたら納期も延ばす」という話をしていた。
しかし、契約書には「納期は○月○日」とだけ書かれている。
この場合、相手から素材の提供が遅れたにもかかわらず、納期遅れを指摘される可能性があります。
また、商談では「大幅な方向性変更は追加費用」と話していた。
しかし、契約書には追加費用のルールが書かれていない。
この場合、追加作業なのか、無償修正なのかで揉める可能性があります。
商談で話したことは、契約書に落とさなければ、あとから使えるルールになりません。
契約書は、商談内容を実務で使える形に変換するための文書なのです。
6.商談後に契約書を作る前のチェックリスト
契約書を作る前に、商談内容を整理するだけで、契約書の精度は大きく変わります。
次のような項目を確認してみてください。
| 確認項目 | 契約書に反映する内容 |
|---|---|
| 取引の目的 | 何のための契約か |
| 業務範囲 | どこまで行うか、どこから対象外か |
| 成果物 | 何を納品するか |
| 納期 | いつまでに納品するか |
| 発注者の協力事項 | 原稿・素材・情報提供など |
| 検収条件 | 何をもって合格とするか |
| 報酬・代金 | 金額、消費税、振込手数料 |
| 支払条件 | 請求時期、支払期日 |
| 修正対応 | 回数、期間、範囲 |
| 追加対応 | 追加費用、見積、変更合意 |
| 中止・解約 | 途中終了時の精算 |
| 責任範囲 | 損害賠償、契約不適合責任、免責・責任制限 |
このチェックリストを見れば分かるとおり、契約書は法務だけの問題ではありません。
- 営業で話した内容
- 現場が実行する内容
- 経理が請求・入金管理する内容
- 経営者が判断した価格や責任範囲
これらを一つの文書にまとめる必要があります。
契約書は、商談の記録であると同時に、社内を動かす設計図でもあります。
商談内容が契約書に反映されていなければ、社内の各部署も同じ前提で動けません。
だからこそ、契約書を作る前には、商談で何を決めたのかを整理することが重要です。
7.まとめ:契約書は、商談を揺るがない形に残すためにある
契約書は、相手を縛るためだけのものではありません。
難しい法律用語を並べるためのものでもありません。
契約書は、商談で話し合った内容を、あとから確認できる形に残すためのものです。
話しただけでは、時間が経つとズレます。
- 担当者が変わる
- 記憶が薄れる
- 社内の受け止め方が変わる
- 納品後に追加要望が出る
- 「そこまで含まれていると思っていた」と言われる
このようなズレを防ぐために、契約書があります。
契約書とは、取引の解像度を上げるツールです。
そして、取引の解像度を上げるということは、商談で話した内容を、
実務で使える条件に変換することでもあります。
契約書は、商談の凍結保存である。
この視点を持つと、契約書は単なる形式的な書類ではなくなります。
商談で前向きに揉めた内容を、きちんと残すために作るものなのです。

【音声解説】
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🔎 参考記事
ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
ご関心があれば、あわせてご覧ください。
【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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