ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.自社に有利な修正が通らなければ、原案を飲むしかないのか
大企業や元請企業から契約書が送られてきたので確認してみると、無制限の損害賠償や高額な違約金など、自社にとって不利な条件が書かれている。
そのままサインするのは怖い。
しかし、自社に有利な条件へ変更してもらえるほど交渉力も強くない。
契約を断れば、目の前の売上まで失ってしまいます。
このような場合、相手の原案を飲むか、取引を諦めるかの二択しかないのでしょうか。
結論から申し上げると、そうではありません。
契約交渉には、明らかに不利な条件を「あえて確定させない」という第三の着地点があります。
2.契約交渉では「負けを確定させない」という考え方がある
契約交渉というと、自社に有利な条件を勝ち取ることだと思われがちです。
もちろん、自社に有利で合理的な条件へ修正できるのであれば、それが理想です。
しかし、中小ベンチャー企業が、取引上の力関係で上にある大企業を相手にする場合、理想どおりに交渉できるとは限りません。
そこで重要になるのが、
「甲乙協議の上決定する」
という表現です。
自社にとって不利な条件が明確に書かれているのであれば、「この部分は、発生した事案に応じて甲乙協議の上、決定する形に変更できませんか」と提案する。
これによって、少なくとも不利な条件が契約締結時点で確定することは避けられます。
契約交渉では、勝てなくても「負けを確定させない」という考え方があるのです。
3.「受け入れるか、断るか」の二択にしてしまう
契約書は、営業活動の中で話し合って決めたことを言語化し、「凍結保存」しておくものです。
営業活動の一番仲の良い、テンションが高い時には、相手の良いところしか見えません。
お付き合いする前の恋人のように、「この会社なら大丈夫だろう」と思ってしまいます。
しかし、その後にボタンを掛け違えたり、コミュニケーションが途絶えたり、相手がカンカンに怒ったりする可能性もあります。
そのときに契約書を引っ張り出し、「あの時は、こういう条件で合意しましたよね」と確認するわけです。
だからこそ、契約条件はできるだけ具体的に決める。これが契約書作成のセオリーです。
一方で、このセオリーを鵜呑みにして「何でも細かく決めなければならない」と考えると、交渉力の弱い側は自爆することがあります。
不利な条件まで細かく確定させてしまえば、その内容も凍結保存され、将来の自社を縛るからです。
4.「未決定」にも交渉上の価値がある
契約交渉には、実際には次の三つの着地点があります。
| 交渉の着地点 | 契約上の状態 | 自社への影響 |
|---|---|---|
| 相手の原案を受け入れる | 不利な条件が確定する | 将来の負担が契約時点で固定される |
| 自社案へ変更する | 合理的な条件が確定する | 理想的だが、力関係によっては難しい |
| 甲乙協議に変更する | 結論を確定させない | 不確実性は残るが、交渉の余地も残る |
「未決定」と聞くと、問題を先送り、あるいは棚上げしているだけのように見えます。
しかし、「損害賠償は無制限とする」「違約金として1,000万円を支払う」と明確に書かれるよりは、発生した事案の内容や損害の程度を踏まえて協議できる方が、自社にとって合理的なことがあります。
もちろん、「甲乙協議」と書けば責任を免れられるわけではありません。
実際に損害を与えれば、法律や契約内容に基づいて責任を問われる可能性があります。
それでも、具体的な金額や範囲を自社に不利な形で確定させないことには、交渉上の価値があります。
5.高額な違約金を「協議」へ移す三段階交渉
例えば、相手から提示された契約書に、次の条項があったとします。
「受託者が納期に遅れた場合、違約金として1,000万円を支払うものとする」
自社にとって明らかに重い条件であれば、そのまま飲んではいけません。
まずは、合理的な修正案を提示します。
「違約金は、当該取引における委託料相当額を上限とする」
これが通らない場合には、次のカウンターとして協議型を提示します。
「納期遅延に伴う対応については、その原因、遅延期間および実際に生じた損害を踏まえ、甲乙協議の上決定する」
自社の理想案を通せなかったとしても、1,000万円という不利益の確定は避けられます。
20個ある契約条件のうち、たった一つの条件で揉めて商談全体が破談になるのであれば、このように結論を先送りし、取引を前へ進めることも一つの経営判断です。
6.交渉案を三段階で準備する
契約書の修正交渉を行う際は、最初から「受け入れるか、拒否するか」の二択にしないことが大切です。
あらかじめ、次の三段階で着地点を準備しておきます。
- 自社にとって理想的な条件
- 業界水準として受け入れられる条件
- 結論を確定させず、甲乙協議へ移す条件
ただし、何でも「甲乙協議」にすればよいわけではありません。
代金、支払時期、納期、業務範囲、検査条件、知的財産権の帰属など、日常の取引を動かすために必要な条件を棚上げすると、現場が動けなくなります。
一方、発生頻度が低く、実際に事案が起きなければ金額や対応方法を決めにくい事項については、協議の余地を残すことが選択肢になります。
「何を凍結保存し、何を将来の協議に残す」のか。
このメリハリこそが、契約交渉における重要な判断です。
7.契約交渉は、目先の売上と将来のリスクを調整する作業である
契約書の専門書では、「甲乙協議の上、決定する」という表現は、何も決めていないのと同じなので、できるだけ具体的に書くべきだと説明されることがあります。
それは教科書的には正しい考え方です。
しかし、実際のビジネスでは、交渉力の強い側と弱い側が、常に対等に条件を決められるわけではありません。
大企業向けのセオリーを中小企業がそのまま鵜呑みにすると、かえって不合理で理不尽な条件を確定させてしまうことがあります。
目先のキャッシュを確保するために商談を前へ進めたい。しかし、将来、自社の経営を揺るがすような責任までは負いたくない。
その間を調整する手段として、「甲乙協議」という第三の着地点があります。
契約交渉は、すべての条件で勝つためだけに行うものではありません。
自社にとって不利な条件で負けることを、契約締結の時点で確定させないための作業でもあるのです。

【音声解説】
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🔎 参考記事
ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
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【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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