ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
1.はじめに
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
新しい取引の前に、こんな場面に出くわしたことはありませんか?
「この書類、秘密保持誓約書ですので、署名をお願いします」
「あれ?NDA(秘密保持契約書)じゃないんですね?」
「まあ、どちらも“秘密を守る”って内容なので…同じようなものです」
──こうした会話、実務ではよく聞かれます。
たしかに「秘密を守る」という趣旨は共通していますが、
実は「契約書」と「誓約書」では、法的な位置づけや効力に違いがあります。
そしてその違いを正しく理解していないと、
「守られると思っていた秘密が、実は守られなかった」
という事態にもなりかねません。
この記事では、秘密保持契約書(NDA)と秘密保持誓約書の違いをわかりやすく整理し、
なぜあえて誓約書が選ばれることがあるのか、その背景や判断基準についても丁寧に解説します。
2.秘密保持契約書(NDA)と誓約書の違いとは?
まず最初に押さえておきたいのは、
秘密保持契約書と誓約書は、見た目が似ていても、文書としての性質が異なるという点です。
| 比較項目 | 秘密保持契約書(NDA) | 秘密保持誓約書 |
|---|---|---|
| 文書としての性質 | 双方の合意に基づく契約 | 一方的な意思表示(宣言) |
| 当事者 | 双方(通常は企業と企業) | 原則として一方のみ(従業員や委託者など) |
| 効力の強さ | 高い(契約違反で損害賠償等) | 内容により限定されることも(証拠価値はあり) |
| 主な使用場面 | 企業間の情報共有・提携前交渉など | 社員・業務委託者・講師・参加者への注意喚起 |
| 署名・押印 | 双方が署名または記名押印 | 通常、提出者本人のみが署名 |
秘密保持契約書(NDA)は、主に企業同士が対等な立場で情報交換を行う際に用いられます。
両者が署名・押印し、「情報を守る義務をお互いに負う」という合意を形成するものです。
一方、秘密保持誓約書は、一方の当事者が自分の意思で「秘密を守る」と宣言するものです。
たとえば、入社時に社員が会社へ提出する誓約書、業務委託者への提出書類などが該当します。
3.契約書は「合意の証」、誓約書は「宣言の証」
契約書と誓約書のもっとも本質的な違いはここにあります。
- 契約書は、当事者同士の“合意”を前提とする文書です。
双方がその内容を理解し、承諾し、署名して初めて成立します。
そのため、後になって一方が義務を果たさなかった場合でも、契約違反として法的に追及しやすいという特徴があります。 - 誓約書は、一方が「こうします」と“宣言”する形式です。
相手方の同意がなくても提出自体は成立しますが、
法的効力の観点では、契約書に比べるとどうしても限定的です。
とはいえ、誓約書にまったく効力がないわけではありません。
実際に相手方がその誓約書を受け取り、内容に基づいた対応をしていた場合などは、
黙示的に契約が成立していると判断されることもあります。
つまり、「契約書だから強い」「誓約書だから弱い」と機械的に判断するのではなく、
誰と誰が、どんな関係で、何を守らせたいのかを見極める必要があるのです。
4.秘密保持契約書(NDA)が必要になる場面とは?
秘密保持契約書は、次のようなケースで活用されます。
- 新規取引のための事前打ち合わせ
- 技術情報・ノウハウの共有
- 共同開発・協業プロジェクト
- 業務提携や資本提携の検討段階
- M&Aのデューデリジェンス(企業調査)
このように、双方が重要な情報を開示する状況では、
「片方にだけ守秘義務を課す」形式では足りません。
そこでNDAを締結し、お互いに義務と責任を明確にすることで、安心して情報をやり取りできる環境をつくるわけです。
5.誓約書がよく使われるのはどんなとき?
一方、誓約書が有効に機能するのは、次のようなケースです。
- 社員やアルバイトの入社時
- 外部講師・委託者との初回契約時
- SNSガイドライン・就業規則の遵守確認
- セミナーやイベント参加者へのルール説明
- 学生インターンとの秘密保持確認
このような場面では、「相手にだけ守らせたい」「教育や注意喚起を目的とする」ことが多いため、
宣言の形式である誓約書が使われます。
また、契約書のように法務部のチェックや社内承認を必要としないため、
運用のスピードや手続きの簡便さも誓約書の利点といえるでしょう。
6.それでも、なぜ誓約書を選ぶのか?実務的な5つの理由
ここで、誓約書が選ばれる理由を整理しておきます。
- 相手にだけ義務を課したい(片務的な内容で十分)
- 契約書だと心理的ハードルが高い(相手に構えさせたくない)
- 社内手続きや承認フローを省略したい(契約書の形式が煩雑)
- 教育・モラル啓発・遵守確認が目的(内容より形式を重視)
- “最低限の証拠”として残したい(言った・言わないを避けたい)
とくに⑤の「証拠」としての誓約書は、実務上とても重要です。
誓約書があれば、「確かにこの内容で約束した」という意思の証拠となり、
仮に法的に争うことになっても、有利な材料になることがあります。
7.大切なのは「書式」よりも「中身」
誓約書か契約書かを問わず、書面に記載された内容そのものが最も大切です。
形式だけ整っていても、中身が不十分であれば意味をなしません。
以下のような点が具体的に記載されているか、チェックしてみてください:
- 守るべき情報の範囲(営業情報・技術情報など)
- 情報開示の目的(業務委託の検討のため等)
- 秘密保持の期間
- 禁止事項の具体例(SNS投稿・家族への漏洩等)
- 違反時の対応(損害賠償・契約解除など)
- 書面の有効期間、解釈に関する準拠法
タイトルや見た目ではなく、内容が適切かどうかを基準に判断する。
それが、トラブルを防ぎ、法的にも実務的にも有効な書面をつくるコツです。
8.おわりに|秘密を守るには、合意と中身のバランスを見極めて
秘密保持に関する文書は、「出せば安心」ではありません。
相手との関係性、情報の重み、目的に応じて、最適な書面を選び、中身を丁寧に整えることが大切です。
- NDA(契約書)は「合意の証」であり、トラブル対応にも強い
- 誓約書は「宣言の証」として、自覚促進や証拠保全に効果的
- 書式よりも中身。条文の具体性が最重要
- 判断の基本は「何を、誰に、どこまで守らせたいか」
この視点を忘れなければ、
形式に振り回されず、自信を持って書類を選べるようになります。
音声解説
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