ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.「大手企業とNDAを結びました」とSNSに投稿してよいのか
大手企業との商談が進み、秘密保持契約書、いわゆるNDAを締結した。
中小ベンチャー企業の経営者にとっては、うれしい出来事です。
会社の実力が認められたように感じますし、社員にも伝えたい。
会社の実績として、SNSで発信したくなることもあるでしょう。
そこで、相手の社名を隠し、契約書の表紙だけを撮影して、次のように投稿したとします。
「本日、某大手企業様とNDAを締結しました。新しいプロジェクトが動き始めます!」
社名を書かなければ、問題ないのでしょうか。
2.NDA締結後は、5つの確認が終わるまで発信しない
結論から申し上げると、NDAを締結した後の情報発信は、相手の社名を隠せば大丈夫というほど単純ではありません。
NDAによっては、開示された図面や技術情報だけでなく、取引を検討している事実や、NDAを締結した事実そのものが秘密情報に含まれています。
また、社名を書いていなくても、訪問日、場所、写真、製品分野、設備などを組み合わせると、業界関係者には相手企業を推測されるかもしれません。
大手企業との商談が進んだうれしさは分かります。
しかし、正式な発表について相手と合意するまでは、基本的に「口チャック」です。
3.良かれと思った宣伝が、信用を失わせる
私がSNSを見ていると、ときどきNDAの表紙を撮影し、
「某社と秘密保持契約を締結しました」
と投稿している経営者の方がいらっしゃいます。
相手の社名には画像処理が施され、具体的な技術情報も書かれていません。
投稿した本人にも、秘密を漏らそうという意識はありません。
むしろ、「新しい仕事が始まりそうだ」「会社の技術力を知ってもらいたい」という、良かれと思っての発信です。
しかし、取引相手から見た印象は違うかもしれません。
- まだ水面下で検討している段階なのに、もうSNSへ出してしまうのか
- この会社に図面や開発情報を預けて、本当に大丈夫だろうか
このように思われれば、損害賠償を請求される以前に、その後の商談が進まなくなる可能性があります。
NDA違反で最初に失うものは、お金ではなく「これから始まるはずだった取引」かもしれないのです。
4.NDAは、本取引前に行われる「信用テスト」
NDAには、通常、商品価格、報酬、支払期限などは書かれていません。
NDAを結んだからといって、具体的な発注が決まったわけではないからです。
あくまで、
「これから取引や協業ができるかを検討するために、一歩踏み込んだ情報を交換しましょう。その代わり、受け取った情報は口外しないでください」
という契約です。
言ってみれば、NDAは「口チャックの契約書」です。
同時に、NDA締結後の期間は、相手から試されている期間でもあります。
- 図面、ノウハウ、顧客情報などを適切に扱えるか
- 関係のない社員に話さないか
- 宣伝に使わないか
- 必要なときに相手へ確認できるか
そこを見たうえで、相手は本取引へ進むかどうかを判断され得ます。
NDAは、秘密情報を守るためだけの契約ではありません。
「この会社なら安心して情報を預けられるか」を見極める、取引前の信用テストと考えた方がよいケースが多いのです。
5.社名を隠しても、情報をつなげれば相手が見える
たとえば、金属加工会社の経営者が、SNSへ次の情報を投稿したとします。
「今日は県外の大手メーカーを訪問しました」
投稿には、訪問先周辺の風景、会議室で撮影したNDAの表紙、開発予定の部品についての簡単な説明が添えられていました。
相手の社名は消してあります。
しかし、その会社が得意とする加工技術、訪問先の地域、写真に写り込んだ建物、投稿時期などを組み合わせれば、業界の人には相手企業やプロジェクトを推測できるかもしれません。
情報漏えいは、一つの決定的な情報から起きるとは限りません。
本人にとっては何でもない小さな情報がつながり、全体像が見えてしまうことがあります。
また、注意すべき相手は社外の人だけではありません。
NDAには、秘密情報を開示できる社内の役員・従業員を、業務上その情報を知る必要がある人に限定する条項が設けられていることがあります。
その場合、全社員が集まる朝礼で取引先名やプロジェクトの内容を発表することにも注意が必要です。
6.NDA締結後に確認したい5つのポイント
情報を発信したり、社内で共有したりする前に、次の5点を確認します。
| 確認するポイント | 実務上の注意 |
|---|---|
| ① 契約の存在 | NDAを締結した事実や、取引を検討・交渉している事実も秘密情報に含まれていないか |
| ② 社内共有の範囲 | 役員・従業員であれば全員に話してよいのか、業務上必要な人に限定されているか |
| ③ 推測される情報 | 社名を消しても、写真、場所、日付、製品分野などから相手や案件を推測されないか |
| ④ 使用する媒体 | SNSだけでなく、営業資料、採用資料、取引実績、セミナー、ポートフォリオへの掲載も制限されていないか |
| ⑤ 相手の承諾 | 公表する時期、媒体、表現について、相手から書面やメールで承諾を得ているか |
中小企業庁が公表している秘密保持契約書のひな形
▼ダウンロードはこちらから
にも、秘密情報だけでなく、相手方と検討・交渉を行っている事実や、契約の存在を秘密として保持する規定があります。
公表したい事情があるなら、自己判断で発信するのではなく、相手へ確認を行うのが安全な運用です。
「当社のSNSで、貴社名を出さずにプロジェクトの開始を紹介してもよいでしょうか」
「正式発表は、いつ、どのような表現で行いますか」
このように確認できる会社であることも、情報管理能力の一つです。
7.まとめ|NDAを結んだら、正式発表までは「口チャック」
NDA締結は、取引実績の完成ではありません。本取引へ進むための入口です。
秘密情報を外部へ送らないことだけが情報管理ではありません。
誰が、何を知り、いつ、どこまで話してよいのかを管理することが重要です。
大手企業との商談が進めば、誰かに話したくなる気持ちは分かります。
しかし、コラボレーションは自社だけの常識では進められません。
NDAを締結したら、正式な発表について相手と合意するまでは、水面下で動く。公表したいときは、必ず相手へ確認する。
その「口チャック」ができる会社かどうかを、取引相手は見ています。

【音声解説】
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🔎 参考記事
ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
ご関心があれば、あわせてご覧ください。
【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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