ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.「お互いに同じ条件です」なら、安心ですか?
契約書を確認していて、「この義務は、うちだけが負うわけではない」と分かると、少し安心しませんか。
「甲および乙は……」
と書かれていて、両者に同じ義務が課されている。
相手にも同じことをお願いするのだから、お互い様でよいのではないか。そう考えることもあると思います。
しかし、ここで一つ確認していただきたいのです。
「本当に自社が、その契約書に書かれている義務を果たせますか?」
両者に同じ義務があっても、それを実行する体制や負担まで同じとは限りません。
条件が平等かどうかと、自社で守れるかどうかは、分けて確認する必要があります。
今回は、市販のひな形を使うときにも、相手から提示された契約書を読むときにも、気を付けたい点をお話しします。
2.「甲および乙は」を読み流していませんか?
書籍やインターネット、そして生成AIを通じて、契約書のひな形を手に入れやすくなりました。
これ自体は非常によいことなのですが、やはり手に入れたひな形を、そのまま使っている事例は見受けられます。
ひな形をそのまま使う問題は、実際のビジネスの実態にマッチしていないことです。
その中でも見落としやすいのが、自社に課されている義務です。
相手にだけ有利な条項であれば、「これは困ります」と気付きやすいでしょう。
ところが、主語が「甲および乙」になっていると、「お互い様だから、まあいいじゃないか」と、その先の確認が甘くなることがあります。
自社からひな形を提示する場合も同じです。
相手に守ってほしいと思って入れた条項が、自社にも適用されている。
相手への要求として読んでいるうちに、自分も約束していることを忘れてしまうわけです。
パッと見て「すごく立派でよい契約書だな」と思っても、一つ一つの条文、特に自社に課されている義務は、立ち止まって確認していきたいものです。
3.同じ義務でも、実行する負担は同じではない
一番分かりやすいのは、秘密保持の条項です。
例えば、
「相手から受け取った紙の秘密資料は、鍵のかかったキャビネットに保管し、必要のある役職員しか閲覧できないようにする」
と書かれていたとします。両者に同じ管理を求めること自体が、おかしいわけではありません。
しかし、現状、それは本当に実行できますか、というお話なのです。
すでに保管場所や管理担当者が決まっている会社であれば、普段の業務の中で対応できるかもしれません。
一方、これから保管場所を用意し、鍵の管理方法を決め、社員に周知しなければならない会社もあります。
同じ一文でも、一方は今までどおり、もう一方は新しい仕事が増える。
同じ条件だからといって、同じ負担になるわけではありません。
これは、会社の規模だけで決まる話でもありません。
扱う情報や働き方、すでに整っている管理方法によっても違います。
契約書の上では両者平等でも、実際に守るのは、それぞれの会社の現場です。
そこまで見なければ、その条件を受け入れてよいかは判断できません。
4.契約書の一文を、日々の作業に置き換える
契約を結んだからには、その約束を社内の実務に落とし込まなければなりません。
秘密情報の管理であれば、例えば次のような確認が必要になります。
| 契約書に書かれた義務の例 | 現場で確認すること |
|---|---|
| 開示する秘密情報に秘密表示を付ける | 誰が、どの資料に、いつ表示するのか |
| 紙の秘密資料を施錠して保管する | 保管場所はあるか。鍵は誰が管理するのか |
| 閲覧できる役職員を限定する | 誰に閲覧を認め、アクセス権限をどう設定するのか |
なお、契約書によっては、「マル秘などの表示が付いている情報だけを、秘密として扱う」という決め方もあります。
この場合、表示を付け忘れると、秘密にしてほしい情報が契約上の保護の対象から外れてしまうことがあります。
「表示を付けることになっているか」だけでなく、「付けなかったらどうなるか」も確認しておきたいところです。
必要に応じて、社内ルールを作る。社員に周知する。管理責任者を決める。
パッと思いつくだけでも、これだけ「やらなければならないこと」が出てきます。
契約書を担当者の引き出しにしまっておくだけでは、約束は守れません。
そして、契約で約束した管理を実際には行っていなければ、情報漏えいが起きていなくても、その管理義務に違反することはあり得ます。
直ちに損害賠償が発生するとは限りませんが、「漏れていないから問題ない」とは言い切れないのです。
5.守れない義務は、どうすればよいのか?
では、自社で実行できない条件が見つかったら、どうすればよいでしょうか。
何でも削除すればよい、という話ではありません。
まずは、その条件が何のために必要なのかを確認します。
情報を守る必要はあるけれど、指定された保管方法が自社の働き方に合わないのであれば、別の方法で同じ目的を果たせないかを考える。
取引上欠かせない管理であれば、必要な体制を整えることも検討します。
一方、目の前の取引には必要のない義務や、対象が広すぎる義務であれば、削除や範囲の限定を相談する余地があります。
体制を整えるのか、実行できる条件へ修正するのか、不要な部分を削るのか。契約を結ぶ前に整理しておくことです。
法律的におかしな条文でなくても、自社の現在の体制や相手との関係を考えたときに、本当に機能するのか。
この現場の視点を持っていただきたいと思います。
6.「甲および乙は」を「自社は」に読み替えてみる
確認の方法としておすすめしたいのが、「甲および乙は」を、いったん「自社は」に読み替えてみることです。
「自社は、相手から受け取った秘密情報を、この方法で管理します」
こう読むと、お互いの約束だったものが、自社の具体的な仕事として見えてきませんか。そのうえで、
- 誰が担当するのか
- 今の業務で実行できるのか
- 追加の手間や費用はかかるのか
を確認します。契約書の担当者だけでは分からなければ、実際に情報を扱う社員や、システムの担当者に聞いてみてください。
秘密保持に限らず、報告や通知、資料の保存など、自社が何かをしなければならない条項にも使える読み方です。
「相手も同じ義務を負うから」ではなく、「自社はこれを実行できるから」と判断できるところまで、具体的にしておきたいのです。
7.まとめ|「お互い様」の前に、自社が守れるかを確認する
両者に同じ義務が課されていても、それだけで安心はできません。契約書を読むときには、次の三つを確認してみてください。
- 双方に同じ義務があっても、実行する負担まで同じとは限らない。
- 条文を、担当者や日々の作業に置き換えて考える。
- 守れない条件は、契約前に体制の整備や条文の調整を検討する。
立派なひな形であっても、目の前の取引で本当に機能するかどうかは、別の話です。
「お互い様だから、まあいいじゃないか」で終わらせず、「では、うちでは誰がどう守るのか」まで確認する。
まずは契約書の「甲および乙は」という一文から、読み直してみていただければと思います。

【音声解説】
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🔎 参考記事
ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
ご関心があれば、あわせてご覧ください。
【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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