ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
本シリーズ「契約書のトリセツ」では、
契約書にまつわる基本的な知識や実務上の注意点を、
初心者の方にもやさしく、わかりやすく解説しています。
毎回ひとつのテーマを取り上げ、現場で役立つ視点をお届けします。
1.何年経っても契約書を見直さなくてもよいのか
契約書は、一度作ったら、そのままずっと使えるものなのでしょうか。
私の事務所では、ご依頼に基づいて、その会社独自のオーダーメイドの「ビジネス契約書のひな形」を作成しています。
そうして作らせていただいた契約書であっても、平均して2年から5年に1回くらいのペースで内容を見直す、分かりやすい言葉でいえば「メンテナンス」が必要になることが非常に多いのです。
ただし、「5年経ったから直す」「まだ2年しか経っていないから大丈夫」という単純な話ではありません。
2.契約書は「経過年数」と「変化」の両方で点検する
契約書は、2年から5年に一度を一つの目安として点検することをおすすめします。
ただし、この年数は法律で決められた期限ではなく、あくまで私の実務経験に基づく目安です。
本当に重要なのは、契約書を作った時点から、自社のビジネスにどのような変化があったのかです。
代表的な見直しのタイミングは、次の3つです。
- 法令改正があった時
- 取引実務、つまり現場のやり方が変わった時
- 事業承継などによって経営体制が変わった時
これらに共通しているのは、契約書に書かれた内容と現在の取引との間に「差分」が生まれることです。
したがって、契約書のメンテナンスは、単に年数だけで判断するのではなく、
「契約書を作った時と今とで、何が変わったのか」
という視点で考える必要があります。
3.契約書は紙の注文書、現場はメールで発注
例えば、契約書に次のようなルールが書かれていたとします。
発注者は、所定の注文書を交付することにより発注するものとします。
契約を結んだ当初は、電話で仮発注をした後、紙の注文書と注文請書を取り交わしていました。
ところが、取引が長く続くうちに、担当者同士がメールで発注内容を確認するようになった。
最近では、EDIなどの電子データ交換システムやクラウドサービスを利用している。
このような変化は、現場ではよく起こります。
「お互い分かっているから大丈夫だろう」
「メールで発注して、相手も返信しているのだから問題ないだろう」
仲が良い時は、それでも取引が回ります。
しかし、いざトラブルになって仲が悪くなると話は別です。
相手から「契約書に書かれている注文書と請書を交わすという正式なプロセスを踏んでいない。
だから、この注文自体が成立していない」と揚げ足を取られる可能性があります。
第三者から見ても、「契約書に書かれた手続を実際には行っていない」という事実は、契約の成立や内容を判断するうえで問題になり得ます。
契約書と現場の実態がズレている状態を放置するのは、リスクになり得るのです。
4.契約書は変わらないが、ビジネスは変わり続ける
契約書は、営業活動の中でお互いに話し合って決めたことを言語化し、「凍結保存」しておく文書です。
一度締結した契約書が、自動的に現在の実務へアップデートされることはありません。
一方、ビジネスは変わり続けます。
- 電話やFAXがメールに変わる
- 紙の注文書がEDIに変わる
- 検査方法が目視からシステム判定に変わる
- 取り扱う商品やサービスが増える
- 担当部署や責任者が変わる
- 社長交代によって経営方針が変わる
つまり、契約書そのものが動いて古くなるのではありません。
契約書を締結時点に残したまま、現場だけが先へ進んでいくのです。
特に、取引基本契約書のような分厚くて大きな契約書では、一つの条項に「第19条の規定に関しては第6条を準用する」といったリンクが張り巡らされています。
受発注や検査のルールが実態と合わなくなると、その差分が請求、契約不適合責任、損害賠償など、ほかの条項にも波及することがあります。
この「曖昧さの積み重ね」がコミュニケーションロスを生み、トラブルの元にもなるのです。
5.契約書に生じる3種類の「差分」
契約書をメンテナンスすべきタイミングは、次の3種類の差分として整理できます。
| 生じる差分 | 具体例 | 放置した場合の問題 |
|---|---|---|
| 法律との差分 | 民法改正、業法や規制の変更 | 現行法と合わない表現や責任条件が残る |
| 現場との差分 | 紙の発注からメール・EDIへ移行 | 契約書の手続と実際の運用が食い違う |
| 経営方針との差分 | 事業承継、代表者や事業方針の変更 | 先代の不利な条件や古い運用が残る |
一つ目は、法令改正による差分です。
例えば、2020年4月に施行された改正民法では、従来の「瑕疵担保責任」に代わり、「契約不適合責任」という考え方が導入されました。
もちろん、「瑕疵」という言葉が残っているだけで、直ちに契約書が使えなくなるわけではありません。
契約書の中で意味や責任範囲が明確に定義されていれば、修正が不要な場合もあります。
ただし、民法のような基本法や、建設業、産業廃棄物処理業などの業法が改正された時は、見直しのサインです。
二つ目は、現場との間に生じる差分です。
これは法令改正よりも気づきにくく、放置されやすい問題です。
注文方法、納品方法、検査、請求、連絡手段などが変わっていないか、実際に契約を運用する担当者へ確認する必要があります。
三つ目は、経営方針との間に生じる差分です。
特に事業承継は、古い契約書や不利な契約条件をまとめて見直す絶好のタイミングになります。
6.対応策|契約書と現場の「差分点検」を行う
契約書のメンテナンスは、契約書だけを眺めていてもできません。
現在の取引実務と照らし合わせる必要があります。
具体的には、次の順番で進めます。
- 現在使っている契約書、覚書、注文書などを集める
- 営業、製造、制作、経理などへ実際の運用を確認する
- 契約書に書かれた手続と現場の手順を比較する
- 法令改正、商品、サービス、組織体制の変更を確認する
- 見つかった差分を覚書または新しい契約書で修正する
特に、担当者変更や事業承継は、相手に契約書の見直しを持ちかけやすいタイミングです。
自社にとって不利な契約条件を突然、
「うちに不利なので直してください」
と申し入れても、相手にとっては有利な条件を手放すことになるため、簡単には応じてくれません。
そのような場合には、例えば次のように伝えます。
この度、担当体制が変わりましたので、現在の取引実態に合わせて契約内容を整理させていただけないでしょうか。
事業承継であれば、
この度、社長が代わりましたので、現在の取引実態に合わせた条件で契約書を更新させていただけないでしょうか。
と提案できます。
契約書のメンテナンスは、文章を直すだけの作業ではありません。
相手に契約条件の見直しを切り出すタイミングまで設計する作業なのです。
7.まとめ|契約書に書かれたルールを、現在の現場へ戻す
契約書には、一律の「賞味期限」があるわけではありません。
ただし、法律、現場の運用、経営方針が変われば、締結時に凍結保存した内容と現在の取引との間に差分が生まれます。
そのため、2年から5年に一度を目安に点検しつつ、次の変化があった時には、年数を待たずに見直すことをおすすめします。
- 法令改正があった時
- 取引実務と契約書の内容がかけ離れてきた時
- 事業承継や社内体制の変更があった時
特に注意したいのは、法令改正だけではありません。
電話からメールへ、紙からEDIへと取引方法が変わっているのに、契約書だけが昔のまま残っていないでしょうか。
契約書のメンテナンスとは、古い法律用語を新しい言葉へ置き換えるだけの作業ではありません。
契約書に書かれたルールを、現在の現場へ戻す作業です。
お手元の契約書を見ながら、「この契約を結んだ時と比べて、今は何が変わっただろう」と確認してみてください。
その差分が見つかった時こそ、契約書を見直すタイミングです。

【音声解説】
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🔎 参考記事
ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
ご関心があれば、あわせてご覧ください。
【執筆者】
ビジネス法務コーディネーター®/行政書士 大森 靖之
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