ビジネス契約書専門の行政書士(特にIT&クリエイター系の契約書に強い)
ビジネス法務コーディネーター®の大森靖之です。
1.法務担当者に最も必要なスキルとは何か
先日、埼玉県産業振興公社様で「初めての法務実務者研修」という講義の講師を務めさせていただきました。
これから初めて法務を担当する方々に向けて、「法務パーソンとしてどのように振る舞うべきか」「どのようなところに気をつけなければならないか」を、1日かけてお話しする研修でした。
その中で、少し時間を取ってお伝えしたのが「傾聴」、つまり、相手の話を最後までしっかりと聴くことの大切さです。
法務担当者に必要なものといえば、まず法律知識が思い浮かぶかもしれません。
しかし、法律を知っていることと、その知識を使って会社の事業を前に進められることは、まったく別の話です。
2.法律を答える前に、現場の話を最後まで聴く
法務パーソンにとって最も重要なスキルの一つは、法律知識を振りかざして話すことではありません。
現場や事業部門の話を最後まで聴くことです。
現場から新しい事業について相談を受けたとき、
それは法律に違反します。コンプライアンス上、認められません。
と言ってしまえば、話を終わらせることは簡単です。
法律という強い盾を出されたら、相談に来た人は、それ以上なかなか話せません。
しかし、法務部門は会社の事業を止めるためにあるのではありません。
役所ではないのですから、なんとかしてその事業を前に進めなければなりません。
法務の役割は、「できません」と言ってシャットアウトすることではなく、会社を儲けさせるために、事業活動の実現を法的な側面からサポートすることです。
そのためには、法律論を話し始める前に、まず相手の話を最後まで聴く必要があります。
3.法律を盾にすると、コミュニケーションが終わる
法務担当者は、法律を知っています。
そのため、現場から持ち込まれた相談の中に法的な問題を見つけると、すぐに答えを出したくなります。
「その広告表現は使えません」
「その個人情報の扱いは危険です」
「その契約条件では承認できません」
確かに、いずれも法的には正しい指摘かもしれません。
しかし、現場が本当に相談したかったのは、「この広告を絶対に出したい」という話ではなく、「この商品を必要としているお客様に、どのように情報を届ければよいか」だったかもしれません。
今の契約条件をそのまま通したいのではなく、「この会社と新しい取引を始めるには、どうすればよいか」を聞きたかったのかもしれません。
最初の言葉だけを捉えて門切り型に断ってしまえば、相談の奥にある本当の目的までたどり着けません。
法務が法律的に正しい回答をした結果、会社にとって大切な事業機会を失ってしまうこともあるのです。
4.若い頃「完璧な契約書」を作って叱られた
私にも、若かりし頃の苦い経験があります。
とある海外企業との大きな契約交渉で、営業部門の人たちと一緒に仕事をしていました。
私は英文契約書のドラフトを作り、社外の弁護士の先生にも正確なライティングをしていただきました。
そして、「法的に完璧な契約書ができました!」と自信満々で上司である部長に見せたのです。
ところが、返ってきたのは厳しい言葉でした。
この契約書の内容は何だ。お前、ちゃんと事業部長の意向を入れているのか。完璧な契約書を作ることがお前の仕事なのか。
私は、こっぴどく怒られました。上司は、さらに訥々と語りかけました。
お前は会社から給料をもらっている。その給料の原資はどこから来ている? お客様からだ。お客様に商品やサービスを提供し、対価をいただいて、そこからお前の給料が出ているんだ。
そして、こう続けました。
お前が作ったこの契約書を、お前の給料の原資を出してくれるお客様に突きつけたら、この取引がどうなるか考えてみろ。
当時の私は、相手にできる限りリスクを負わせ、自社の責任を小さくすることが「良い契約書」だと思っていました。
しかし、自社にとって100%有利な契約書は、相手にとって100%不利な契約書です。
逆の立場でそんな契約書を出されたら、「こんな会社との取引はやめてしまえ」と言いたくなるでしょう。
私はそのとき初めて、契約書が実際のお客様との関係や、ビジネスそのものに与える影響を考えていなかったことに気づきました。
5.氷山の下に沈んでいる8割の情報を聴き出す
コミュニケーションの研修では、よく「氷山の一角」という表現が使われます。
会話の中で最初に出てくる情報は、海面から見えている一部分にすぎません。
その下には、まだ言葉になっていない事情や目的が隠れています。
| 海面から見えている情報 | 氷山の下にある情報 |
|---|---|
| この契約条件で進めたい | なぜこの条件が必要なのか |
| 新しいサービスを始めたい | 誰に、どのような価値を届けたいのか |
| 相手の契約書に押印したい | 取引を急ぐ事情や力関係は何か |
| この広告表現を使いたい | 本当に伝えたい商品の魅力は何か |
| 法律上できるか知りたい | どこまでなら変更や譲歩ができるのか |
この氷山の下に沈んでいる情報を引き出すのが、傾聴です。
例えば、現時点では法令上難しい事業であっても、話を最後まで聴けば、
「半年後に施行される新しい制度を使えば実現できるかもしれない」
「今のうちに行政へ問い合わせ、必要な許認可の準備を進めよう」
「サービスの提供方法を少し変えれば、別の形で実現できる」
といった代替案が見つかることがあります。
上っ面の話だけを聴いて「できません」と断っていたら、この着地点にはたどり着けません。
6.「できること」を探すために聴く
傾聴というと、相手の希望を何でも受け入れることのように聞こえるかもしれません。
もちろん、そうではありません。法令やコンプライアンス上、どうしてもできないことは、できないとはっきり伝える必要があります。
ただし、最初から「できない理由」を探すのではなく、まずは「どうすれば実現できるか」という前提で話を聴くことが重要です。
現場から相談を受けたときは、次のような順番で整理するとよいでしょう。
- 何を実現したいのか
- なぜ、それを実現したいのか
- 誰に、どのような価値を提供するのか
- 変更できない条件は何か
- 方法や時期を変える余地はあるか
- 法的な問題を避けながら実現できる代替案はないか
ビジネスの最前線にいる現場の方々が持ってくる情報や、「これ、いけそうじゃない?」という肌感覚は、実は正しいことが多いものです。
だからこそ、法務は「喋る仕事」ではなく、「聴く仕事」だと思ってちょうどよいのです。
7.「不条理」を感じたときだけ、法律論で戦う
私が大学の民法の授業で教わり、今でも深く納得している言葉があります。
不当だ、不合理だというときは、法律論ではなく感情論で話し合いなさい。法律論で徹底的に戦うのは、「不条理」を感じたときだけにしろ。
ここでいう不条理とは、筋道から完全に外れ、話し合いそのものが成り立たない状態です。
一般的なビジネスで、そこまでの不条理に遭遇することは多くありません。
一見すると厳しい規制であっても、事業の方法や条件を変えることで実現できる場合があります。
法令によっては適用除外や別の手続が用意されていることもあります。
法務パーソンの仕事は、最初から法律論を振りかざして戦うことではありません。
幅広く情報を聴き出し、自社にとって有利で、取引先との関係も壊さず、事業が円滑に進む着地点を見つけることです。
8.まとめ|生きた契約書は、傾聴から生まれる
契約書は、法律知識だけで作れるものではありません。
- 経営者がどのような会社にしたいのか
- 事業部門がどのような取引を実現したいのか
- 現場で何が起きているのか
- 取引先は何を心配しているのか。
これらを最後まで聴いた上で、双方が守るべき条件を言葉にしていく必要があります。
法的に完璧であっても、現場の意向が入っていなければ、その契約書はビジネスの役に立ちません。
反対に、社内外の声をしっかりと聴き、自社を守りながら事業を前に進める着地点を言語化した契約書は、現場で実際に使われる「生きた契約書」になります。
法律を答える前に、まず聴く。
法務パーソンに求められるのは、法律を盾にして事業を止める力ではなく、傾聴によって可能性を引き出し、事業を前へ進める力なのではないでしょうか。

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🔎 参考記事
ここで触れている内容について、こちらの記事でも別角度で解説しております。
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【執筆者】
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